現在、青色発光ダイオード(LED)やDVDレーザーなどに用いられているInGaNには、結晶を成長させるのに適した「基板」が存在しないことから、ガリウム砒素(GaAs)など従来のLED材料の100万倍もの構造欠陥(結晶としての不完全性や欠損)が存在します。このため、常識的には光を発することはほぼ不可能な材料といえます。それにも拘らず高輝度な光を発するため、表示素子や照明、光記録デバイスなどに使用され、2008年には年1兆円規模に育つと予測される半導体発光デバイスの市場を担う主役となっています。
しかしながら、何故よく光るのかという根本的な理由についてははっきりと解っていませんでした。今回、筑波大学の秩父・上殿助教授らとJSTの研究グループは、パルスレーザー光を用いた千億分の一秒という超短時間領域での発光計測や、電子の反物質である「陽電子」という粒子を使って結晶中の正孔(正の電荷を運ぶ粒子)の動きを調べることにより、その理由が、インジウム(In)を含む窒化物半導体では、正孔がInと窒素(N)の原子数個程度からなる集まり(局在状態という)に効果的に捕えられ、エネルギーが熱にならずに効率良く光に変換されるからであることを明らかにしました。
この現象は、窒化インジウムアルミニウム(AlInN)や窒化アルミニウムインジウムガリウム(AlInGaN)等の材料にあてはまるだけでなく、他の発光材料でも効果的に局在状態を作ることにより発光効率を飛躍的に向上させることができる可能性を示すもので、「原子サイズでの不均一結晶」を各種発光デバイスへ積極的に応用展開することが期待されます。今後は、計測技術のさらなる向上を進め、他の材料も視野に入れた不均一結晶の応用展開を探索する予定です。
この成果は筑波大学 数理物質科学研究科・21世紀COEプログラム 秩父重英 助教授、上殿明良 助教授とJSTの創造科学技術推進事業(ERATO)「中村不均一結晶プロジェクト」(総括責任者:中村修二 カリフォルニア大学サンタバーバラ校・教授、秩父助教授もグループリーダーとして兼任)が共同で進めている研究の一環として得られた成果で、本研究成果の一部は、英国科学誌「Nature Materials」に、2006年9月3日付(英国時間)オンライン版に公開され、10月1日付の誌面に掲載されます。
○ 研究の背景
窒化インジウムガリウム(InGaN)の量子井戸注1を発光部に用いた「青色・緑色LED」は1994年に開発されて以来、表示素子や信号機、照明、光記録デバイスなど、2008年には年1兆円規模に育つ半導体発光デバイスの市場を担う主役となっています。しかしながら、InGaN結晶にはエピタキシャル単結晶成長注2に適した格子定数の合う基板が存在し無いことから、比較的安価で高温に耐えるサファイヤが基板として使われています。このため、ガリウム砒素などの従来のLED材料の100万倍もの構造欠陥が発生してしまいます。そのような構造欠陥や点欠陥(原子の欠損部など)があると、電子と正孔のペアは発光せずにそこに捕まってしまい、両者が結びつく(再結合する)際のエネルギーを熱として放出してしまうため、窒化ガリウム(GaN)やInGaNは常識的には光を発することはほぼ不可能と思われていました。実際、欠陥の多いGaNは室温では殆ど光りません。 ところが、InGaNはそれにも拘らず高輝度発光するため、多くの発光デバイスに使われてきています。しかしながら、「何故、多量の欠陥があるのに明るく光るのか」という根本的な理由については、はっきりと解っていませんでした。
○ 研究の経緯
筑波大学とJSTは、十兆分の一秒だけ点灯するパルスレーザ光を用いて半導体薄膜に瞬間的に電子・正孔を励起し、それらが再結合する際に発する光を千億分の一秒程度の時間分解能で計測する「時間分解フォトルミネッセンス測定」、半導体に電子を注入してその移動距離を見積もることができる「空間分解カソードルミネッセンスマッピング測定」、および電子の反物質注3である「陽電子」という粒子を半導体に打ち込み、陽電子が電子と対消滅する際に出されるガンマ線を計測して、点欠陥(原子の欠損)や、陽電子を散乱・捕獲する「原子配列が乱れた部分」の検出を行える「低速陽電子消滅測定」などを、 GaNやIn量の異なるInGaN混晶注4に対して系統的に行いました。
○ 成果の内容
半導体を用いたLEDの発光効率は、光の源である電子と正孔のペアが発光にかかる「発光再結合寿命注5」と、欠陥に捕まって光にならず熱となってしまうのにかかる「非発光再結合寿命注5」のバランスで決まります。前者が短く、後者が長ければ発光効率は高くなります。欠陥の量が多くなると非発光再結合が起こりやすくなるため後者が短くなり、発光効率が低下します。 例えば図1に示すように、従来からのLED材料であるガリウム砒素(GaAs)やガリウムリン(GaP)では、欠陥の量が1平方センチメートルあたり1万個~10万個になると殆ど光を出さなくなってしまいます。GaNでも100万個を越えると光らなくなります。ところが、InGaNでは1平方センチメートルあたり1億~10億個あっても比較的高い発光効率を示し、この不思議な現象に半導体研究者の興味が集まっていました。
(1)発光効率とInの関係
筑波大学とJSTは先ず、半導体のバンドギャップ注6以上のエネルギーの光を当てて電子と正孔のペアを励起し、続いて起こる電子と正孔のペアの再結合による発光の波長や強度を測定する「フォトルミネッセンス測定」をGaN結晶、InGaN混晶、そしてAlGaN混晶に対してマイナス260度付近から室温まで系統的に行い、室温において電子と正孔のペアが光に転換される率(内部量子効率と定義する)が組成に対して変化することを明らかにしました。すなわち、欠陥の密度がおおよそ同じである場合、GaNにAlNを加えたAlGaN混晶では内部量子効率が低く、InNを加えたInGaN混晶では、Inの量が多くなるにつれて内部量子効率が高くなることがわかりました。この結果から、InGaNが欠陥が多くてもよく光る原因にIn原子が関係していると考えました。
(2)発光再結合寿命・非発光再結合寿命と混晶の組成の関係
次に、上記で得られた結果が、電子と正孔のペアが光に変わる平均時間と熱に変わる平均時間の関係の違いでどのように変化しているかを調べるため、十兆分の一秒だけ点灯するパルスレーザ光を用いて半導体薄膜に瞬間的に電子と正孔のペアを励起し、それらが再結合する際に発する光を千億分の一秒程度の時間分解能で計測する「時間分解フォトルミネッセンス測定」をGaNやInGaN混晶に対して行い、InGaN混晶ではGaNに比べて「発光再結合」にかかる時間が短く(つまり光りやすい)、「非発光再結合」にかかる時間が長い(つまり光らないで熱に変わることが起きにくい)ことがわかりました。また、その傾向がInGaNに含まれるIn量が増加するにしたがって顕著となることを明らかにしました。したがって、GaNにInNを混ぜることにより、電子と正孔のペアが熱よりも光に変わりやすくなったことが示されたわけです。
(3) 電子と正孔が動ける距離とInの有無の関係
次に、半導体に電子を注入してその移動距離を見積もることができる「空間分解カソードルミネッセンスマッピング測定」をGaNやInGaNに対して行い、InGaN混晶では、GaNに比べて電子と正孔のペアの移動できる距離が短いということを明らかにしました。
(4)点欠陥の量・陽電子が動ける距離とInの有無の関係
電子の反物質である「陽電子」を試料に打ち込み、それが電子と対消滅する際に出されるガンマ線を計測して点欠陥(原子の欠損)や、陽電子を捕獲・散乱する原子配列が乱れた領域の検出をする「低速陽電子消滅測定」を行うことにより、InGaNにはGaNに比べて非発光再結合の源となる点欠陥が多いこと、また、陽電子が移動できる距離は高々4nm以下である(ほとんど動けない)ことを明らかにしました。
GaNの場合、欠陥量が多くなると試料中で陽電子が拡散する長さは短くなって非発光再結合寿命も短くなり、電子と正孔のペアが熱に変わってしまいやすくなりますが、横方向成長という特殊な技術を使って欠陥の量を減らすと、陽電子の拡散する長さは長くなり、非発光再結合寿命も長くなります。また、AlGaN混晶はGaNよりも欠陥量が多くて陽電子の拡散長が短く、非発光再結合しやすい(光りにくい)ことがわかりました。一方、InGaNの場合、GaNよりも欠陥量が多くて陽電子の拡散長が短いにもかかわらず、非発光再結合寿命が長い、すなわち非発光再結合しにくいことがわかりました。
陽電子は電子と反対の正電荷を持った粒子なので、周囲からの電場の影響を正孔と同様に受けます。したがってInGaNの中の電子と正孔のペアが動き回れない理由は、それらが欠陥に捕まるからというよりも、正孔が他の「発光に寄与する状態」にいちはやく捕らえられるからであると説明できます。つまり、In量を増やすと発光再結合しやすく、非発光再結合しにくくなるというわけです。また、励起された電子と正孔のペアが捕らえられて光る「局在状態」の大きさは、原子数個程度の大きさ以下であるということがわかりました。
このようにして、InGaNを発光部に用いた青色・緑色LEDが、多量の構造欠陥を含むにも拘らず高輝度な光を発することができる原因が、正孔のうちかなりの数が原子数個程度のサイズでインジウム-窒素(In-N)が集まった部分(局在状態)に捕えられる事によって欠陥に捕まりにくくなり、負電荷を持つ電子と再結合するときのエネルギーが効率よく光に変換される(熱にならない)からであることを明らかにしました。そのイメージは、図2のように表されます。
この現象は、窒化インジウムアルミニウム(AlInN)や窒化アルミニウムインジウムガリウム(AlInGaN)等の窒化物半導体にもあてはまるだけでなく、他の材料でも電子と正孔のペアを効果的に局在させることにより発光効率を飛躍的に向上させることができる可能性を示すもので、「原子サイズでの不均一結晶」を各種発光デバイスへ積極的に応用展開することが期待されます。
○ 今後の予定
今後は、計測技術のさらなる向上を進め、他の材料も視野に入れながら原子的な不均一結晶の応用展開を探索する予定です。
○ 掲載論文名
Origin of defect-insensitive emission probability in In-containing (Al,In,Ga)N alloy semiconductors
(インジウムを含む窒化アルミニウムインジウムガリウム混晶半導体において欠陥密度が高いにも関わらず高効率発光を呈する原因)
Nature Materials (2006) to appear on Oct. 1st.
英 ネイチャーマテリアルズ 10月1日出版予定
doi :10.1038/nmat1726
(関連論文)
Limiting factors of room-temperature nonradiative photoluminescence lifetime in polar and nonpolar GaN studied by time-resolved photoluminescence and slow positron annihilation techniques
(時間分解フォトルミネッセンス測定と低速陽電子消滅測定を用いた、極性および非極性窒化ガリウム結晶における室温非発光寿命の制限要因の研究)
Applied Physics Letters 86, 021914 (2005).
米応用物理レター 86号、論文番号021914 2005年
○JSTでの研究領域等
創造科学技術推進事業 (ERATO)
中村不均一結晶プロジェクト
総括責任者: 中村 修二(カリフォルニア大学サンタバーバラ校 教授)
研究実施場所:筑波大学内(不均一結晶評価グループ)
研究実施期間: 平成13年10月~平成19年3月
○ お問合わせ先
坂田 雅昭(サカタ マサアキ)
独立行政法人科学技術振興機構 中村不均一結晶プロジェクト事務所
〒102-0071 東京都千代田区富士見2-4-6 宝紙業5号館ビル101
TEL:03-3262-1243
FAX:03-3262-1481
e-mail:
秩父 重英(チチブ シゲフサ)、上殿 明良(ウエドノ アキラ)
国立大学法人筑波大学 数理物質科学研究科 電子・物理工学専攻
〒305-8573 茨城県つくば市天王台1-1-1
TEL:029-853-5022(秩父)、5357(上殿)
FAX:029-853-5205
e-mail:
○ プレス発表・取材に関する窓口
和田 雅裕(ワダ マサヒロ)
国立大学法人筑波大学 総務・企画部広報課 広報・報道担当
〒305-8577 茨城県つくば市天王台1-1-1
TEL:029-853-2040
FAX:029-853-2014
e-mail:
星 潤一(ホシ ジュンイチ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL:048-226-5623
FAX:048-226-5703
E-mail:
福島 三喜子(フクシマ ミキコ)
独立行政法人科学技術振興機構 総務部 広報室
〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3
TEL:03-5214-8404
FAX:03-5214-8432