平成17年8月23日

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新しいバクテリア細胞運動の分子メカニズムを解明

 JST(理事長:沖村憲樹)と大阪市立大学(学長:金児曉嗣)は、運動性のバクテリアの一種であるマイコプラズマの細胞から作製した"ゴースト"にATP(アデノシン三リン酸)(注)を加えることでマイコプラズマの運動を再現し、バクテリアであるマイコプラズマの運動がATPのエネルギーによることを世界で初めて証明した。
 多くの運動性バクテリアで見られる"(バクテリアの)べん毛運動"では、細胞外部から内部へのイオンの流れによりべん毛モーターを回転させる。ところが、運動性のバクテリアの中には、イオンの流れではなく、真核生物と同じようにATPをエネルギー源として動くものの存在が示唆されていた。しかし、これまでにそれが証明されたことはなかった。
 マイコプラズマはヒト肺炎などで知られる病原菌で、宿主の細胞にはり付いたまま "滑走運動"を行う。マイコプラズマゲノムの塩基配列や、これまでに同定された運動に関するタンパク質の構造から、マイコプラズマの運動が既知のものとは全く異なるメカニズムであると考えられていた。本研究では、ガラス上を滑走するマイコプラズマ細胞の膜を界面活性剤で短時間に溶かし、細胞質を取り除くことにより、生存も運動もできない"ゴースト"をガラス上に作製した。これにATPを加えることで、ゴーストを生きている細胞と同じ速度で運動させることに成功した。この結果により、バクテリアの運動にATPをエネルギー源とするものがあることが世界で初めて証明された。マイコプラズマの滑走運動はマイコプラズマ感染に深く関連するため、今回の成果は新たな生体運動の分子メカニズム研究分野の確立につながるだけでなく、マイコプラズマ性疾患の治療薬の開発にも大きく貢献できるものと考えられる。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「生体分子の形と機能」研究領域(研究総括:郷信広)における研究テーマ「マイコプラズマ滑走運動の分子メカニズム」の研究者・宮田真人(大阪市立大学・大学院理学研究科・助教授)らによるもので、米国科学誌「アメリカ科学アカデミー紀要」(8月22日付)電子版に掲載される。


【研究成果の概要】


■研究の背景と経緯

 マイコプラズマはヒト肺炎などで知られる病原菌で、宿主の細胞にはり付いたまま "滑走運動"を行う。その細胞は長さ1ミクロン前後のフィラメント状あるいは楕円状で、片方の端に膜突起を持ち(図1)、細くなった端(膜突起)でガラスや動物細胞にはり付き、はり付いたまま、細くなった側に向かって動く。例えば、滑走運動の速度は肺炎菌のMycoplasma pneumoniaeの場合は毎秒0.4-1ミクロン、最も速いMycoplasma mobileでは毎秒2-4.5ミクロンにも及ぶ(以下のURLを参照のこと。
http://www.sci.osaka-cu.ac.jp/~miyata/myco1.htm,
http://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/44/5/44_218/_applist/-char/ja/)。しかし、マイコプラズマゲノムの塩基配列を見ても、既知のバクテリア運動のタンパク質や、ほとんどの真核生物の運動を担うミオシンのようなモータータンパク質(注)をコードする遺伝子などは見つからず、マイコプラズマの運動が既知のものとは全く異なるメカニズムであると考えられていた。 宮田研究者らはこれまでに滑走運動に直接関与する3つの巨大なタンパク質をMycoplasma mobileから同定、単離した。Gli123、Gli349、Gli521と名づけられた3つのタンパク質は、膜突起の基部(neck)に局在しており(図2)、既知のタンパク質とは全く異なる分子構造を持っていることを明らかにした。また、滑走しているマイコプラズマを凍結してフリーズフラクチャー電子顕微鏡法(注)で観察し、50ナノメートル長のスパイク様構造物が多数neck部分から突き出しており、それぞれの先端がガラス表面に接している様子を明らかにした。以上の発見を踏まえて、宮田研究者らは、「主にGli349で形成された足(スパイク様構造物)が、Gli521あるいは別のタンパク質から生じた力によって動かされ、ガラスへの結合、ストローク、解離、もどり、をくり返して細胞を前に押し出す。」というモデルを提案した(図3)。

■今回の論文の概要

 宮田研究者らは、猛毒であるヒ酸を用いてマイコプラズマ細胞中のATPの濃度を低下させた場合、そのATP濃度の低下にともない滑走運動速度の低下が見られることを明らかにしていた。このことはマイコプラズマの滑走運動がATPのエネルギーによることを示唆するものであったが、これまで行われてきたマイコプラズマ滑走運動の研究は、細胞か、あるいは単離したタンパク質を用いたものであり、細胞内部で起きている反応を直接調べることができなかった。そこで、今回の論文では細胞とタンパク質の間のギャップをつなぐものとして、ゴーストを用いた新しい実験系を確立した(図4)。すなわち、滑走に関係する装置は残したまま細胞膜、細胞質、DNAなどを除去した構造物(すなわち、ゴースト)を作製し、ゴーストにATPを加えることで、生きた細胞と同様の速度でゴーストを1時間以上動かすことに成功したのである。このゴーストでは外部から様々な条件や物質を与えることにより、滑走装置が起こす反応を直接操作することができる(図6)。 本論文ではこのゴーストを用いて、ATPとそれ以外の各種ヌクレオチド(注)が滑走装置によって利用可能であるかどうか、可能なものについてはその効率、さらにはATP類似物質の利用と阻害効果について詳細に検討した。そして、マイコプラズマの滑走運動が、1種類のATP加水分解酵素がATPを加水分解することにより起こっていることが示された。
 本研究の成果は以下のような重要な意味を持つ。すなわち、(1)バクテリアでもATPによって駆動される運動メカニズムが存在することを証明したこと、(2)マイコプラズマ滑走運動の装置をナノマシンとして詳細に研究するための系を確立したこと、(3)モータータンパク質以外の生体運動でも、無細胞のアッセイ系を作ることが可能であることを証明したこと、である。

■今後期待できる成果

 現代人にとってマイコプラズマ性肺炎は死に至るような病気ではないが、入院を要するような事態をしばしば引き起こす。それは、マイコプラズマに効果を示す抗生物質は一般的に他の抗生物質と比べて毒性が高いため、マイコプラズマ性肺炎の可能性だけでは抗生物質を処方できないことが最大の原因である。本研究で明らかにしたマイコプラズマの滑走運動はマイコプラズマ感染において重要な位置を占める上に、マイコプラズマに特異的な現象である。そのため、今回の成果を足がかりにしてマイコプラズマ滑走運動についての理解を深めることが、人間における安全性の高いマイコプラズマ特効薬の開発につながると考えられる。また、鳥や豚などの深刻なマイコプラズマ性疾患に対する特効薬開発においても重要な知見になると期待される。

【用語補足】
図1 Mycoplasma mobileの顕微鏡像
図2 neckに足(スパイク)を含む滑走装置が存在する
図3 提案されているモデル
図4 ゴースト再活性化の過程
図5 ゴーストの再活性化
図6 ゴーストでは本来細胞内部でのみ起こっている反応も外部から操作できる

【論文名】

Proc. Natl. Acad. Sci. USA
“Gliding ghosts of Mycoplasma mobile
(マイコプラズマ・モービレの滑走ゴースト)
doi :10.1073/pnas.0506114102


【研究領域等】

 JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
 「生体分子の形と機能」研究領域 (研究総括:郷 信広)
 研究課題名: マイコプラズマ滑走運動の分子メカニズム
 研究者: 宮田真人
 研究実施場所: 大阪市立大学・大学院理学研究科
 研究実施期間: 平成15年11月~平成18年度

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【問い合わせ先】

 宮田真人(ミヤタ マコト)
 大阪市立大学・大学院理学研究科・生物地球専攻
 大阪市住吉区杉本3-3-138
 TEL: 06-6605-3157  FAX: 06-6605-3158
 E-mail:

 白木澤佳子(シロキザワ ヨシコ)
 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
 研究推進部研究第二課
 埼玉県川口市本町4丁目1番8号
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