平成17年8月10日

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植物が花を咲かせるメカニズムを解明

 JST(理事長:沖村憲樹)、国立大学法人京都大学(総長:尾池和夫)、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構生物系特定産業技術研究支援センター(所長:津賀幸之介)の研究チームは、植物が花を咲かせる際に働く「花成ホルモン」の解明につながる遺伝子を発見した。
 植物は日長など環境からの情報を葉で受容し、そこで作られた物質「花成ホルモン」が芽に伝えられ花芽を形成すると考えられているが、その正体は未知のままであった。今回、研究チームは、既に見出していたFT遺伝子と新たに見出したFD遺伝子が、葉での日長の受容と芽での花芽形成を結びつける橋渡しの役割を演ずることを明らかにした。この成果は、作物・果樹や花卉植物などで花芽の形成を人為的に制御する方法の開発につながることが期待される。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)「植物の機能と制御」研究領域(研究総括:鈴木昭憲 秋田県立大学学長)の研究テーマ「植物生殖成長のキープロセスを統御する分子機構の解明」[研究代表者:経塚淳子(東京大学大学院農学生命科学研究科助教授)]チームのメンバーである荒木崇(京都大学大学院理学研究科助教授)、阿部光知(同助手)、山本純子(JST研究員)らによって得られたもので、2005年8月12日付(米国東部時間、日本では8月13日)の米国科学誌「サイエンス」に発表される。


<研究の背景と概要>

 植物は日長や温度などの環境からの情報を手がかりに花を咲かせる時期を決めている。その中でも日長は特に重要な環境要因であることが知られており、切り花としての菊の電照栽培などにも応用されている。
 日長を手がかりにして花芽の形成を開始する際に、植物は葉で光を感じ、葉の細胞が持つ体内時計を使って日長を計っていることが判っている。これまで、植物は適当な日長を受容すると、葉で何らかの物質をつくり、その物質が維管束(篩管)を通って芽に運ばれて、芽における花芽の形成を促すと考えられてきた。古く1937年に、この物質に対して「花成ホルモン」(フロリゲン)という名前が与えられたが、その後の研究にもかかわらずその実体は未知のままであった。
 今回の成果の最大のポイントは、研究チームが以前に発見したシロイヌナズナ(アブラナ科)のFT遺伝子*1(1999年にサイエンスに発表)と今回新たに見つけたFD遺伝子が葉における日長の受容と芽における花芽の形成を結びつける「橋渡し」の役割を演じていることを明らかにした点である。今回の成果はFT遺伝子からつくられるFTタンパク質が「花成ホルモン」である可能性を示すもので、永らく正体が未知であった「花成ホルモン」の解明につながると期待される。
 FT遺伝子はイネにおいても日長を手がかりにして花芽の形成を開始するのに関わっていることが知られており、研究チームがシロイヌナズナで明らかにしたのと同じことがイネやエンドウなどのほかの植物にも当てはまる可能性がある。複数の植物種に共通した「花成ホルモン」の解明により、作物・果樹や花卉植物などで花芽の形成を人為的に制御する方法の開発につながることが期待される。

<成果の具体的な説明>

 これまでの研究から、FT遺伝子はシロイヌナズナとイネにおいて植物が日長に応答して花芽形成を開始するのに関わっていることが判っていた。また、FT遺伝子の働きでFTタンパク質がつくられる場所は葉の維管束の細胞であることが、最近の研究から明らかになってきた。シロイヌナズナの場合、植物を短日条件(8時間日長)から長日条件(16時間日長)に移すと、数時間のうちに葉の維管束の細胞でFT遺伝子がオンになり働き始める。ところが、実際に花芽が形成されるのは葉からは離れた芽においてであり、葉でつくられたFTタンパク質がどのようにして花芽の形成を促すのかは未知であった。
 研究グループは、FTタンパク質が花芽形成を促進するためには、新たに見つけたFD遺伝子が必要であることを明らかにした。FD遺伝子の働きでつくられるFDタンパク質は、ほかの遺伝子のオン・オフを調節する転写調節因子と呼ばれる種類のタンパク質であり、芽でつくられて、花芽形成の最初の段階に必要とされるAP1(アペタラ1)遺伝子をオンにする役割を果たしていることが判った。FDタンパク質がAP1遺伝子をオンにするためにはFTタンパク質が必要であり、FTタンパク質はFDタンパク質と結合してFDタンパク質の働きを調節していると考えられる。これらのことから、FTタンパク質とFDタンパク質は互いに相手の働きを必要とする相互依存関係にあることが判った。
 このように、FTタンパク質は葉でつくられ、(つくられたのとは異なる場所である)芽で働くと考えられる。そこで研究グループは、本来はFTタンパク質がつくられないはずの芽でFTタンパク質をつくらせた場合にもFTタンパク質は正常に働くことを確かめた。
 これら一連の実験から、これまで結びつきが不明であった葉における日長の受容と芽における花芽形成が、1 葉の維管束の細胞でFT遺伝子が働きFTタンパク質がつくられる、2 芽でFTタンパク質がFDタンパク質と結合しその働きを調節する、3 FDタンパク質がAP1遺伝子をオンにすることで花芽形成が開始される(図1)、という段階によって結びつけられることになった。12 の間には、FTタンパク質が葉の維管束の細胞から芽の細胞に運ばれる段階(図11)が必要であるが、これが実証されれば、FTタンパク質はこれまで70年近く未知であった「花成ホルモン」の必要条件を満たすことになる。

<今後の展開>

 基礎研究面では、今回の発見を契機に、永らく未知であった「花成ホルモン」の正体が解明されるものと期待される。今回の成果からシロイヌナズナではFTタンパク質が「花成ホルモン」であることが予想されるが、これが正しいとすると、FTタンパク質を葉の細胞から芽の細胞に運ぶしくみが存在することになり、そのメカニズムの解明が今後の重要な課題となる。また、イネやエンドウのようなほかの植物においてもFT遺伝子とFD遺伝子が葉における日長の受容と芽における花芽の形成を結びつける「橋渡し」の役を果たしていることを検証することも、応用を視野に入れた重要な課題である。
 応用面では、複数の植物種に共通した「花成ホルモン」の解明が実現すれば花芽の形成を人為的に制御する方法の開発につながることが期待される。花卉植物のように花を観賞する植物やカリフラワーのような花野菜はもちろんのこと、穀類・豆類・果樹のような果実・種子を利用する作物では、花芽の形成を人為的に制御する技術により生産性の向上と効率化が期待できる。葉物野菜や根菜類、芋類のような花や果実・種子を利用しない作物や樹木の場合でも花芽の形成を人為的に抑制することにより、植物個体内における栄養分の配分を葉・茎・根に向けることができ、収穫部分の質の向上につながることが期待できる。従来の方法では、照明や冷暖房といったエネルギー消費の大きな方法によって栽培条件を変えることで花芽の形成を人為的に制御してきたが、今回の成果はそうしたエネルギー消費を必要としない制御技術の開発に結びつくことが期待される。また、果樹や樹木のような成熟し花を咲かせるまでに時間がかかる植物では育種に長い時間がかかるという問題があるが、今回の成果を応用することで、幼樹段階で花芽形成をおこさせることができれば、育種期間の大幅な短縮につながることも期待できる。

図1 日長の受容から花芽形成にいたるメカニズム

<用語解説>

*1 FT遺伝子
FT 遺伝子は1999 年にシロイヌナズナで見つかった遺伝子で、花成のスイッチ遺伝子と考えられてきた遺伝子である。イネにもよく似た遺伝子(Hd3a 遺伝子)があり、同じ働きをしていることがわかっている。これまで、FT 遺伝子がどのように働いて花成を引き起こすのかは不明であった。
http://www.jspp.org/17hiroba/photo_gallery/07_araki/07_araki.html
も参照。

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。

JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域:植物の機能と制御<研究総括:鈴木昭憲、秋田県立大学 学長>
研究期間:平成12年度~平成17年度

 なお、本研究は、独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」における研究課題「花芽分化誘導における光周性過程から統御過程への新規な遺伝子ネットワークの解明」(研究代表者:米田好文、東京大学大学院理学系研究科教授)および、京都大学21世紀COEプログラム「生物多様性研究の統合のための拠点形成」(拠点リーダー:佐藤矩行、京都大学大学院理学研究科教授)の研究の一環としても進められているものである。

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本件問合せ先:

荒木 崇(あらき たかし)
 国立大学法人 京都大学 大学院理学研究科 生物科学専攻
 〒606-8502 京都市左京区北白川追分町
 Tel:075-753-4135
 Fax:075-753-4137
 E-mail:

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
 独立行政法人科学技術振興機構 研究推進部 研究第一課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 Tel:048-226-5635
 Fax:048-226-1164
 E-mail:

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