ヒトを含む哺乳類では、目から入ってくる光情報を視覚として感じるだけでなく、生体リズムの調節にも利用している。視覚の場合、光は目に存在する視細胞でキャッチされるが、体内時計*1の調節では、光は視細胞とは別の"光感受性神経節細胞*2"によりキャッチされる(図1)。その体内時計の光受容は、光感受性神経節細胞に存在するメラノプシンという光受容蛋白質*3によりなされており、現在メラノプシンの機能解析は国際的に熾烈な競争となっている。 今回研究チームは、脊椎動物の祖先である脊索動物(ナメクジウオ)のメラノプシンの機能解析に初めて成功し、光受容細胞の性質の基礎となるメラノプシンの光反応特性や光情報の伝達システムが、哺乳類の視細胞のシステムとは全く異なり、昆虫やイカ、タコの視細胞のものと極めて類似していることを明らかにした。これは、哺乳類の体内時計の光センサーである神経節細胞が、無脊椎動物の視細胞と起源を同じにするという驚くべき進化のシナリオ(図2)を強く示唆する結果である。つまり、ヒトを含む哺乳類の目の中には、視覚を司る視細胞の他に無脊椎動物の視細胞タイプの細胞が形態を変化させて体内時計の調整のために同居していると言える。
本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」研究領域(研究総括:大島 泰郎(共和化工株式会社環境微生物学研究所所長))の研究テーマ「ロドプシンをモデルとしたG蛋白質共役型受容体の構造・機能解析」において、寺北明久(京都大学大学院理学研究科助教授)および七田芳則(同教授)らによって得られたもので、平成17年6月7日付の米国科学雑誌「Current Biology」で発表される。
【成果の概要】
研究の背景:
光センサーの機能を持つ細胞は、構造的な特徴に基づき2種類に分けられ、1つはヒトをはじめとする脊椎動物の視細胞に代表される"繊毛型光受容細胞*4"であり、もう1つは無脊椎動物の視細胞に一般的な"感桿型光受容細胞*4"である。繊毛型光受容細胞は脊椎動物にも無脊椎動物にも存在するが、感桿型光受容細胞は脊椎動物には認められない。しかしながら、細胞の発生・分化にかかわる遺伝子のいくつかが、無脊椎動物の視覚の感桿型光受容細胞と哺乳動物の体内時計の調節に係わる光感受性神経節細胞で共通であることから、体内時計の光感受性神経節細胞が無脊椎動物の感桿型光受容細胞から進化した可能性が示唆された。
研究成果:
本研究で我々は、脊椎動物の祖先型無脊椎動物である脊索動物のナメクジウオが、"視覚以外"の光受容を担うと考えられている感桿型光受容細胞を持っていることに着目し、そこで光をキャッチする蛋白質と光情報を伝達する蛋白質を解析した。その結果、光をキャッチする光受容蛋白質が哺乳動物の光受容神経節細胞で機能しているメラノプシンであること、そしてメラノプシンが無脊椎動物の視細胞と同じ情報伝達のシステムを駆動していることが明らかとなった。さらに我々は、光受容細胞の特徴と密接に関わるメラノプシンの分子特性の解析に初めて成功し、メラノプシンは、そのアミノ酸配列(構造)から無脊椎動物の視覚の光受容蛋白質(視物質)の仲間であると考えられていたが、実際の機能的特徴も、無脊椎動物の視物質と酷似していることを発見した(図3)。つまり、無脊椎動物から脊索動物を経て脊椎動物へと進化する過程で、視覚で機能していた感桿型光受容細胞が視覚機能からはずれ、その形態を神経節細胞へと変化させたと言える(図2)。
これまでの研究から光情報を光受容細胞内で処理するシステムとして、3種類が知られている。興味深いことに、それらの中でメラノプシンと無脊椎動物視細胞の視物質に共通の光情報処理システムのみが、光をキャッチした際に神経発火を引き起こすことが出来る。このことが、無脊椎動物から脊椎動物への進化過程で起きた光受容細胞の"視覚"から"体内時計"への生理機能の転換と関係していると思われる。今後、無脊椎動物の視覚や光感覚との比較研究が、ヒトの体内時計への光入力系のさらなる解明を加速すると期待できる。
■用語説明 |
■ 図1 |
■ 図2 |
■ 図3 |
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【論文名】
“Cephalochordate Melanopsin: Evolutionary Linkage between Invertebrate Visual Cells and Vertebrate Photosensitive Retinal Ganglion Cells”
(頭索動物のメラノプシン:無脊椎動物の視細胞と脊椎動物の光感受性網膜神経節細胞の進化的関連)
doi :10.1016/j.cub.2005.04.063
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりである。
JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」研究領域
(研究総括: | 大島 泰郎 共和化工株式会社環境微生物学研究所 所長/ |
前 東京薬科大学生命科学部 教授) | |
研究テーマ: | 「ロドプシンをモデルとしたG蛋白質共役型受容体の構造・機能解析」 |
研究代表者: | 七田 芳則 京都大学大学院理学研究科 教授) |
研究期間: | 平成13年度~平成18年度 |
【本件問い合わせ先】
寺北 明久(てらきた あきひさ)
京都大学 大学院理学研究科 生物科学専攻 生物物理学教室
〒606-8502 京都市左京区北白川追分町
TEL: 075-753-4243, FAX: 075-753-4210
E-mail:
七田 芳則(しちだ よしのり)
京都大学 大学院理学研究科 生物科学専攻 生物物理学教室
〒606-8502 京都市左京区北白川追分町
TEL: 075-753-4213, FAX: 075-753-4210
E-mail:
佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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