(お知らせ)


平成12年8月22日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
電話(048)-226-5606(総務部広報担当)

「神経回路形成の新しいメカニズムを発見」

 科学技術振興事業団(理事長 川崎雅弘)の戦略的基礎研究推進事業の研究テーマ「神経系形成におけるGlial cells missing遺伝子の機能」(研究代表者:堀田凱樹国立遺伝学研究所所長/教授)で進めている研究の一環として、神経回路形成において神経軸索(以下軸索、注1図1)の伸長を制御する新しいメカニズムを見い出した。この研究成果は、国立遺伝学研究所の堀田凱樹所長、広海健教授と科学技術振興事業団の平本正輝研究員らによって得られたもので、8月24日付の英国科学雑誌「ネイチャー」に発表される。
 脳は多様な神経細胞からできており、情報処理機としての機能を果たすにはそれぞれの神経細胞から伸びている軸索が他の神経細胞と結合し、正しい回路を形成する必要がある。軸索の先端には成長円錐(注2図1)という手の様な構造があり、これが伸びていくべき道筋を見つけ、正しい回路が形成される。神経回路形成のメカニズムとして、古くから化学走性仮説が考えられていた。化学走性仮説とは進むべき方向に位置する細胞から分泌される化学物質を成長円錐上に存在する受容体(図1)が感知し、化学物質の濃度の濃い方向を見いだし、化学物質を分泌する細胞に向かって軸索が伸びていくというものである。
 これまでに軸索を誘導するものとして、ネトリンと呼ばれる化学物質(蛋白質の一種)が発見されており、またこのネトリンと結合するフラズルドと呼ばれる受容体が発見されている。成長円錐上に存在するフラズルドは、分泌されて拡散したネトリンの濃度勾配を読み取って軸索を伸長させると考えられている。しかし生体内でのネトリンの濃度勾配が実際に観察された例はなく、拡散によってできたネトリンの濃度勾配が軸索を導くというモデルは想像上のものにすぎなかった。
 今回、これまでの考え方とは異なる新しい神経回路形成のメカニズムがショウジョウバエを用いた実験から発見された。平本博士らは、ネトリンが分泌された細胞から周囲に一様に拡散してできるものとは全く違う分布の仕方をしていることに気づいた。平本博士らは解析を進め、ネトリンは一様に拡散しているのではなく、フラズルドと結合して特定の領域に分布することを示した。フラズルドには特定の場所に集まる能力があり、この能力により、ネトリンは分泌源とは全く違う場所で正確な位置に配置されることが示された(図2)。この正確なネトリンの配置パターンを基に軸索が正しく誘導される。すなわちネトリン受容体として同定されたフラズルドは、ネトリンの分布を決定するという役割を担っていたのである。
 本研究の重要なポイントは、ネトリンが結合分子であるフラズルドの働きで分泌源から離れた場所に正確なパターンで再配置されるという新しい「位置情報メカニズム」を発見したことである。また、この結果はフラズルドに再配置されたネトリンを認識する新規のネトリン受容体が存在することをも示唆している。
 この研究成果は、神経組織の損傷や変性といった障害から神経回路を再生させるための治療に道筋をつける可能性があると思われる。

 この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
 研究領域:脳を知る(研究統括:大塚正徳日本臓器製薬(株)生物活性科学研究所顧問)
 研究期間:平成7年度-平成12年度

補足説明

(注1)神経細胞体から伸びる突起のこと。別の神経細胞へ信号を伝える役割を持つ。
(注2)神経細胞が突起をのばすときに先端に見られる平たい不定形構造のこと。

本件問い合わせ先:
(研究内容について)
   平本正輝(ひらもとまさてる)
    国立遺伝学研究所 発生遺伝研究部門 
 〒411-8540 静岡県 三島市 谷田1111
 TEL:0559-81-6810
 FAX:0559-81-6768
(事業について)
   石田秋生(いしだあきお)
    科学技術振興事業団 基礎研究推進部 
 〒332-0012 川口市本町4-1-8
 TEL:048-226-5635
 FAX:048-226-1164

This page updated on August 24, 2000

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