
取材レポート
第47回日本分子生物学会年会 研究倫理ランチョンセミナー
「最近の学術論文の動向:フェイク論文が増えている?学術的品質保証の必要性」取材報告

今回は11月28日に行われた研究倫理ランチョンセミナー「最近の学術論文の動向:フェイク論文が増えている?学術的品質保証の必要性」(座長:大谷直子氏)について詳細を報告します。
このセミナーでは、学術的品質保証における重要なポイントとして、主にデータの品質管理とデータの再現性について話題提供があり、パネルディスカッションでは研究データの品質保証のための心がけや、分子生物学における特有の研究データ管理の難しさなどが議論されました。
「透明性のある論文パブリケーションとオープンサイエンス 実験ベンチからジャーナル発表への過程」
Bernd Pulverer 氏 (Head, EMBO press/Chief Editor, EMBO Reports)

Bernd Pulverer氏は、様々な画像編集の事例を紹介されながら、不正には「操作ミスや怠慢、意図せず発生する画像の美化」「データの選択的報告」「捏造・改ざん」があり、EMBOではこれらをⅠ~Ⅲにクラス分けして対応していると述べられました。これらを検出するためにはAIを活用した画像重複の検知ソフトの活用や、EMBOが先駆者のひとりとして取り入れた、source dataのセクションを受理原稿に取り入れることも意義があると話されました。
次に、基礎生物学の論文において再現性が低い原因として、プロトコルや元データの欠如、統計・選別された報告、研究の公正性の問題などが挙げられ、特にデータと方法/プロトコルは再現性に通じる重要な点であると述べられました。これらを改善する方法として、査読プロセスにオープンサイエンス査読経路(Open Science Peer Review)を活用することを紹介されました。これは、公開された論文や元データを基にAIがオープンライブラリーを活用して品質チェックを行い、データ審判員が審査をする仕組みであり、その結果を用いて著者に対して必要に応じて図表の修正や論文辞退を求め、著者による自己修正を促進することが有効であると話されました。
最後に、より強靭に科学が発展していくために、研究室、研究機関、資金配分機関、ジャーナルがそれぞれの立場で推進できる対策を示され、各組織が協力して実施していくことが理想的であるとされました。
(以下、挙げられた対策を一部抜粋)
研究室 : オープンで協力的な環境の構築、独立した検証の実施、科学+倫理教育の推進、
デジタルデータやプロトコル・試薬の保存
研究機関 :投稿前の監督、オープンで協力的な環境、研究評価の改革、研究公正責任者(RIO)の設置
資金配分機関:科学的アプローチ/否定的データ+確証的データを評価する、元データ/プロトコル/
試薬の保存・報告の義務化、研究評価の専門化
ジャーナル : システム化した公正性スクリーニング、データの検証、オープンサイエンスの支援
「データ検証の重要性について 慎重な検証のすゝめ」
原 英二 氏(大阪大学微生物病研究所)

原氏が共著者となった論文において、他の著者が担当したモデルマウスの実験で再現性が得られないとの指摘を聞くことが度々ありました。原氏は共著者の責任から調査を行い、疑念を抱くポイントを見出し、マウスの提供元や論文著者、同様の研究を行う他の研究者との意見交換や、自ら多くの検証実験を行うなど多大な労力を払った結果、モデルマウスに原因があったことを突き止められました。
この経験を踏まえ、原氏は共著者となる論文については他者の実験内容についてもしっかりと確認し、内容に疑念を持った場合には勇気を持って質問することの重要性を強調されました。また、モデルマウスの実験は2~3年もの長い期間を要するものもあることから、不適切なマウスや方法を用いた場合、研究時間が無駄になるリスクがあると指摘されました。このような損失を防ぐためには、出版された論文に記載されたものであっても鵜呑みにせずに、特にモデルマウスについては、まず自分でしっかり検証したうえで用いる必要があると語られました。
パネルディスカッション(データの品質保証における取り組みについて)
講師2名、大谷 直子 氏(座長)、二階堂 愛 氏、三浦 正幸 氏、吉村 昭彦 氏
座長である大谷氏がパネリストに対し、データの品質保証に対して心がけていること、留意していることについて問われ、以下のような意見が出されました。【吉村氏】
- 結論を自分の見たいものに合わせようとするのではなく、冷静に見ることが大事。データの信頼性を高めるために、「ポジティブコントロール」と「ネガティブコントロール」を入れ、研究者自身の経験や直感だけに頼るのではなく、科学的態度でデータを客観的に評価することが重要である。
- 画像データについては、装置が勝手に画像を美化してしまう機械処理の問題がある。また、学生が初めて取得するデータには多くのノイズが含まれるため、初期のデータ取得の仕方については、1対1で丁寧に指導することが必要。
- 遺伝子科学はデータをオープンにするので、公平なイメージを持たれる人も多いが、同じデータでも評価の際に恣意性が働き、研究者が自分に有利なデータだけを選んで報告してしまう傾向がある。その結果を使って他者が研究を進めてしまうため、影響が大きい。近年ベンチマーク研究の価値が高まっており、いろんな手法を並べて同じサンプルで比較しようという研究の成果がトップジャーナルに出るようになってきた。これは(適切な評価を行うためにも)よい兆候である。
- どのデータを、どのプログラムで、どのライブラリーで、どのOSで走らせるかで結果が異なる。再現性の確保にはOSやソフトウェア環境を統一するなど、実験や解析の「環境」を整えることが欠かせない。
- 自身の研究室では、論文を投稿する前に、重要なデータについてはできる限り他の研究者に再現性をとってもらうことを推奨している。また、マウスの実験では個体差が激しいため、恣意的な判断を防ぐために、投薬をブラインド化して解析し、最後につき合わせるという方法をとっている。
- ライフサイエンスの実験データは非常にノイズを伴うものであり、試薬や実験対象をブラインド化することは重要かつ有効な手段である。
会場とパネリストとの意見交換の時間では、更に興味深い意見が出されました。
【二階堂氏】
- 研究者は実験の道具や手法に対して興味を持ったほうがよい。単にキットを買って手順通りに使用し、いい結果が出たら採用すると考える人もいるが、その背後で起こっている原理を知ることで、実験に対する自信を持てるようになり、ネガティブな結果や失敗も減り、実験が楽しいと思える好循環が生まれる。ラボ全体でこの様な盛り上げていく雰囲気づくりができれば、研究室主宰者(PI)がすべてを抱えることなく、チームで研究していくことができる。
- (査読の段階で)『このデータがあればアクセプトできる』『この結果が出ればよい』といったコメントがつくと、それに併せて無理をしてデータを作ってしまうことがあり、そういったコメントは避けた方が良い。無理して結果を出させないように周囲も配慮をしなければいけないだろう。
参加者は教員・PI等研究者が多く、研究データの品質管理を行う当事者として、今後の課題などについて議論を交わされる活気あるセミナーでした。

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