取材レポート

【イベントレポート】AMEDシンポジウム「研究データの重要性と公正研究の推進」

2020年10月21日(水)、日本医療研究開発機構(AMED)主催のシンポジウム「研究データの重要性と公正研究の推進」がコングレスクエア日本橋(東京)においてWEBセミナーとして開催されました。
 公正な研究活動を推進する上で研究データの適切な管理は欠かせません。本シンポジウムでは、研究不正防止に寄与する、研究データの質向上を図っていくための指導者育成について考えました。

基調講演:研究公正におけるデータの管理

浅島先生
浅島 誠 氏

 帝京大学学術顧問・特任教授の浅島 誠氏より、「研究公正におけるデータの取り扱いと役割の重要性」と題して基調講演が行われました。まず、研究データの適切な管理がいかに公正な研究活動に必要であるかということが共有されました。
 浅島氏は、これまでの国内外の研究公正の取組の流れを振り返りながら、アカデミアと比べ民間企業ではデータの保存が早くから意識され実施されてきたこと、研究データの管理を徹底すれば、研究データの質を向上させることができ、ひいては研究不正を防止し、責任ある研究活動を進めていくことができると語りました。


講演1:研究データを管理して不正発生の「機会」を減らす

不正発生の「機会」をターゲットにしたアプローチ
飯室先生
飯室 聡 氏

 国際医療福祉大学教授 飯室 聡氏より、「研究データの質向上の指導者育成のための研修プログラム」と題して講演1が行われました。飯室氏は、AMED「研究データの質向上の指導者育成事業」※1に採択されたプロジェクトの研究代表者です。

 ここ数年で研究倫理教育のコンテンツは充実し、研究倫理教育を受けることが当たり前の環境が整いました。とはいえ受講者は通常、「自分は不正行為などしない」と思っているため、研究不正を「自分ごと」として考えるのはなかなか難しいことです。
 一方、研究不正や疑わしい研究行為の多くは、そんな研究者が意図せずに「たまたま」「良かれと思って」踏み込んでしまうことが多いのです。
 こうしたケースでは、研究活動の過程に研究データを管理していく仕組みを作ることで、不正確なデータや不適切な解析が発生する機会や、不正行為に踏み込みやすい機会を減らすことができる、と飯室氏らは考えました。

不正のトライアングル
不正のトライアングル

 また、「不正のトライアングル」※2 の図(右図)を示しながら、研究倫理教育が不正発生の「動機」と「正当化」をターゲットとしているのに対して、研究データ管理活動は、不正発生の「機会」をターゲットにした新しいアプローチだとして、研究倫理教育と研究データ管理は、研究不正を抑制するための車の両輪となる取組であることを説明しました。
 そして研究者自身の研究の社会的意義を自覚させる重要な取組である研究倫理教育と並んで、研究データ管理にも積極的に取り組むべきであると語りました。

研究データの素性を明確にする
研究データ管理の3原則

 飯室氏らは、不正発生の「機会」を減らすために、研究データ管理の3原則(追跡可能性、再現可能性、プロセス管理)を定め、研究データに求めるミニマムリクワイヤメントを、追跡可能性の実現、としました。
 すなわち、「最低限、論文の図表などの結果から、元のデータに戻れる」ことを目標としたのです。追跡可能性の次に実現すべき目標として、再現可能性を設定し、これら2つの原則の確保により、不正の疑義を受けても責任ある対応をとれるようになることを目指しました。
 追跡可能性及び再現可能性を確保するには、データの「素性」を明確にする必要があります。このためには、研究の各段階で発生するメタデータについても適切に管理していかなければなりません。
 では、どのように研究データの管理を、研究現場で進めていけばよいのでしょうか。これについては次の講演で説明されました。

講演2:研究現場でデータの管理をどのように行うか

研究データ管理の3原則の実現を手掛かりに
岩田先生
岩田 洋 氏

 順天堂大学准教授の岩田 洋氏より、「日本と米国の研究室における研究データの品質管理行動に関する取り組み」と題して講演2が行われました。

 岩田氏は、「研究データ管理の3原則」を実現するための、実践可能な行動を考えていく必要があるとして、
1.追跡可能性を実現できるか、出来ないとしたらどの点に課題があるのか。
2.再現可能性※を実現できるか。
3.仮説の設定や研究計画から結果公表までの全てのプロセスを対象とした課題は何か(プロセス管理)。
それぞれの抽出された各課題に対して、対策を標準化しシステムに落とし込んでいく実践方法を説明しました。

データ管理3原則
データ管理の3原則の対象範囲

※ここでいう再現可能性とは、元データから加工・解析を経て公表結果まで再現できることを意味しており、データの取得(再実験)までは含まない。

改善を繰り返してシステムに落とし込む

 課題を見つけては対策を標準化し、システムに落とし込む方法は、企業の品質管理活動を参考にしています。企業では、良い結果(製品)を得るためには製造過程をコントロールするという方法が活用されています※3
 具体的には、生産活動についての標準手順書を定め、常に生産方法を改善し、品質改善に成功するたびに手順書を改定していくことで、より良い品質の製品を安定して生産できるシステムを構築しています。このようにしてPDCAサイクルを回して製品の品質管理活動を行い、品質の向上を目指す取組が導入されているのです。

研究データの品質管理におけるPDCAサイクル

 基礎研究でも、研究データの質の向上を図るために研究過程をコントロールするという「プロセス管理」の考え方のもと、仮説の設定や研究計画から始まるPDCAサイクル(左図)を考えます。PDCAの対象は、データ管理計画や実験ノートの作成、ラボミーティング、研究データチェック、研究室内教育など、対外発表に至るまでの過程全般に亘ります。例えば、実験データをどうノートに記録するか、電子ラボノート、ラボミーティングをどのように活用するかなど、岩田氏は様々な例を挙げました※4
 そして、もっとも重要なことは、研究室の主宰者が品質管理の原則を知り、実践していくこことだと語りました。

目標とする基礎研究室のデータ管理行動

フリーディスカッション

 最後に、講師3名に国際医療福祉大学講師 藤田 烈氏を加え、フリーディスカッションが行われました。ディスカッションでは、「ラボ内での研究者教育の方法」や「研究者育成プログラムの評価方法」など多くのテーマが論議されました。また、現在の研究は、研究データを取得してから図表になるまでのプロセスが多く、ブラックボックス化しており、その中に不正や疑わしい研究活動などの問題が発生しやすいことが指摘されました。それを防ぐためには、ラボミーティングを開催して研究の過程を透明化・可視化していくなど、研究環境を整えることが重要であるとの提案がありました。

研究データの質向上の指導者育成事業
AMEDのウェブサイトより
 ディスカッションのなかで、AMED事業採択課題「研究データの質向上の指導者育成プログラム開発事業 トライアル講習会」の報告もありました。
 当該事業は、
  1. ① 研究データの質向上の指導者を育成するためのプログラムを開発(平成30年度〜)、
  2. ② プログラムを用いた育成研修の開催(令和2年度〜)
の二段階で行われています(右図参照)。育成研修開始に先立ち、令和元年11月にトライアル講習会が開催されました。そこで、学生の技術の差、留学生対応など、研究室主宰者(PI)がそれぞれデータ管理に関して多くの悩みを抱えていることが分かりました。
 また、研究データを管理するサーバなどのインフラにおいて、研究機関ごとの整備の差が大きいことも分かりました。研究機関としての研究用データサーバが未整備で研究者個人のラップトップがデータの保管場所になっている大学の現状などが報告され、研究データ用のインフラ整備も共通の課題として指摘されました。

パネルディスカッション風景
パネルディスカッション風景

 シンポジウムの最後にAMED研究公正・業務推進部 部長の松澤 孝明氏より、AMEDでは今後上述の「研究データの質向上の指導者育成研修事業」を進め、本日議論した内容の社会実装に努力していく旨の抱負が述べられ、シンポジウムは終了しました。

  1. ※1 「研究データの質向上の指導者育成事業」
  2. ※2 米国の組織犯罪研究者ドナルド・R・クレッシーによる
  3. ※3 ISO9001として標準化されている
  4. ※4 参考「研究公正推進政策のための電子ラボノート実装ガイドライン作成を通したガバナンス研究」
     (JST戦略的創造推進事業(社会技術開発)のプログラム「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」にも採択され、2020年10月より研究開発を開始。)