取材レポート

【イベントレポート】研究公正講演会「責任ある研究活動とは」

 2019年10月1日に京都薬科大学、京都大学大学院文学研究科応用哲学・倫理学教育研究センター(CAPE)、一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)の共催、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の後援で研究講演会「責任ある研究活動とは」が京都で開催されました。

講演「国内のミスコンダクト事例とその背景」

 前半は京都薬科大学教授である田中智之氏によりライフサイエンス領域を中心に研究不正事例の解説がありました。

 講演の序盤に研究不正の捉えられ方の変化が説明されました。従来は研究不正を起こした研究者の個性・人柄に注目が集まり、やがて忘れられるということが繰り返されてきましたが、2000年代以降に大規模な研究不正が起こってからは研究コミュニティにおける構造的な問題と捉えられるようになってきています ※1,2。例えば、研究室の慣例や複数の研究機関による共同研究のあり方が問われるようになりました。研究公正に係る活動は行政や研究機関、NPOといったレベルで継続して実施されています。
 また大規模な研究不正だけでなく、研究不正として認定されない疑わしい研究活動(QRP : Questionable Research Practice)にも注目すべきとの指摘がありました。研究活動にはシロ(健全な研究活動:Good Research Practice)からクロ(FFP:ねつ造、改ざん、盗用)まで連続したグラデーションがあります※3。研究不正として認定されないシロとクロの中間であるグレーゾーンの研究活動を通じた研究環境の歪みは次第に無視できないものになっています。疑わしい研究活動のひとつである「虚偽の表示」として、1. 矛盾する結果などを隠蔽する、2. ミスリーディングする(不適切な解釈)、3. 重投稿、4. 利益相反(COI)の不適切な開示、5. 不適切な著者表示(ギフトオーサー、ゴーストオーサー)が挙げられました。

 講演の中盤で出版倫理に話題が移りました。近年、有名な学術誌における論文の大規模な訂正が話題になっていますが、出版規範委員会または出版倫理委員会(COPE : Committee on Publication Ethics)の基準に基づけば、それらの論文は原則として撤回するべきであり、訂正は不注意によるものをはじめ、わずかな部分を修正することでミスリーディングが避けられるようなケースに限られます。

 講演の終盤に強調されたことは、公正な研究活動の推進には全てのプレイヤーの厳密な公正性を求める努力が必要であるということです。すなわち研究機関、行政、資金配分機関、出版社、研究者、共同研究者、同僚研究者、メンターの総合的・相補的な努力です。研究者を中心に他のプレイヤーが環を形成するように研究公正を推進する形です。研究公正を推進するためには研究コミュニティが常に高い意識で公正性を維持しようとする姿勢が重要です※1

※1 誠実な研究活動のために(Part 1)
※2 研究公正を目指す取り組み:現状と新しい動き
※3 誠実な研究活動のために(Part 2)


講演「責任ある研究活動―教義、規範と慣行」

 後半は南オーストラリア大学准教授(注)であるトレイシー・ブレタグ氏により出版倫理の視点から責任ある研究活動について講演がありました。

 はじめに責任ある研究活動のための8つの原則(正直さHonesty、厳密さRigour、風通しのよさTransparency、公平さFairness、敬意Respect、認識Recognition、責任Accountability、提案Promotion)※4, 5が紹介されました。
 続いて研究不正は一国にとどまらず地球規模的な問題であるとの説明がありました。具体的に3件(3ヵ国)の研究不正の事例が紹介されました。一つ目の事例は、剽窃、サラミ・スライシング、データの改ざんおよび多重投稿をオンラインジャーナルに対して行ったものです。サラミ・スライシングとは、単独の論文として発表可能な内容を2つかそれ以上の論文にして出版する行為であり、しばしば業績の水増しのために行われます。不正調査の結果、2003年から2007年の間に多数の剽窃とデータの改ざんが見つかりました。二つ目の事例は、多額の公的資金による研究において改ざんが行われたもので、研究データは収集されていませんでした。三つ目の事例は、研究室に所属する多数の研究者が関与してデータを改ざんしたものです。
 そして医学系だけでなく全般的な分野において研究不正を生む要因が提示されました。研究不正の原因となる例として、博士号取得後の就労の難しさ※6、研究業績の管理や昇進がかかっている場合が挙げられます。制限を受けながら厳しい競争(有期雇用や年限のある研究プロジェクト)にさらされている状態です。田中氏の論文でも研究不正のトライアングルに ①「動機・プレッシャー」すなわち研究予算の選択と集中やインパクトファクターなどの数値可能な指標で研究者を評価する機会の増大、大学での研究職の減少が一頂点を形成していることが述べられています※2。他の二点は、②閉鎖的な研究環境や情報共有の不足といった「機会」、③不十分な研究指導体制や激しい国際競争にさらされているとする「正当化」です。
 また不適切なオーサーシップを防ぐためには明確な定義が必要です。例として南オーストラリア大学の基準※7が紹介されました。同基準によれば、プロジェクトの着想やその構想の洗練、研究データの分析と解釈、重要な箇所の下書きもしくは研究解釈に貢献するレベルの校閲に携わっているといった実質的な貢献があってはじめてオーサーシップが与えられるとしています。
 さらに責任ある研究活動をサポートする継続的なトレーニングや教育を提供することの必要性にも言及されました。メンター制度と教育に関する内容としては、トレーニングを受けた研究公正アドバイザーの配置や研究不正疑義、申し立てを受け付ける体制の整備も含まれています。
 おわりに研究不正が起こりにくい研究環境を形成するために、責任ある研究活動に関して考えるべきだとの問題提起がありました。活発な質疑応答の後、責任ある研究活動に向けた講演会は終了しました。

※4 Australian Code for the Responsible Conduct of Research 2018
※5 Editing a journal on academic integrity
※6 取材者による補足、たとえば、Nature(2011年4月21日号)doi: 10.1038/472276a、PhD大量生産時代
※7 Responsible authorship

(注) 講演時の役職。現職は教授

※講演会の資料は講演者らのウェブサイトで見ることができます。 「責任ある研究活動とは