取材レポート

【イベントレポート】第3回研究公正シンポジウム「研究不正--起こさせないために、起こってしまったら」

 研究不正を防止するために、研究機関はどのようにして公正な研究活動を推進すればよいでしょうか? また、研究不正事案に対して適切な調査を行うためには何が必要となるでしょうか?
 これらをテーマに、2019年9月9日に日本学術振興会(JSPS)と公正研究推進協会(APRIN)の主催の下、科学技術振興機構(JST)と日本医療研究開発機構(AMED)が共催し、第3回研究公正シンポジウム「研究不正-起こさせないために、起こってしまったら」が都内で開催されました。
 本レポートでは、基調講演、招待講演、パネルディスカッションの中から幾つかの内容を取り上げて紹介します。

シンポジウムの様子
シンポジウムの様子


基調講演「研究倫理教育と不正調査: 望まれる国際化」

市川家國氏
市川家國氏

 基調講演では、APRIN専務理事である市川家國氏(信州大学医学部特任教授、Vanderbilt大学名誉教授)により、グローバルな研究倫理教育の普及等を推進するAPRINの活動が報告されました。

 はじめに、日本における研究不正事案の調査プロセスの標準化を目指した活動に関する報告が行われました。
 APRINが事務局となる医生命科学系分科会の研究不正調査標準化会議(2017年7月発足)は、九回にわたる会議や関係省庁・団体のヒアリングを経て、論文「研究不正調査に際しての着眼点および自己チェック項目―調査の手続きと報告書の標準化に向けて」※1を発表しました。不正調査を行う研究機関の不正調査の助けになるとともに、不正調査の標準化に寄与することを期待したものです。

 次に、研究倫理教育用の教材について、以下の二件が報告されました。
 一件目は、医学系国際誌の投稿規程(特に倫理規範部分)を日本の研究者に熟知していただき、投稿時の記載不備により研究者自身が不利益を被ることのないよう支援するための教材に関する報告です。
 近年、国際誌の投稿規程は、大幅に刷新されています。特に医学系国際誌は、発表内容の再現性を下げる要因を研究計画・実施・解析など全ての段階から排除できるよう、倫理規範を大幅に改定し、投稿規程に反映させています。 市川氏を研究開発代表者として信州大学と大阪市立大学で行われた日本医療研究開発機構(AMED)研究公正高度化モデル開発支援事業「医系国際誌が規範とする研究の信頼性にかかる倫理教育プログラム」(通称:AMED支援国際誌プロジェクト、平成28年度〜30年度に実施)では主要国際誌の投稿規程を整理し、研究者に強く求められる項目について学習教材を作成・公開しました。

 二件目は、国内の、特に臨床業務を主に行っている医学系研究者を対象にした倫理学習教材に関する報告です。
 研究者は倫理規範を身に着けておくべきという認識のもと、医学系の学会では個別に倫理指針を策定し、倫理を学修する機会を設けるようになってきました。しかし、複数の学会に所属する医学系研究者が学会ごとに倫理教育を学修すると重複が発生し非効率となります。そこで日本医学会連合は、研究者利便性の観点から、加盟学会(2019年11月現在132学会)共通の倫理学修機会を設けることとし、その実現に貢献するため、市川氏を研究開発代表者とする信州大学をはじめ大阪市立大学、京都府立医科大学、APRIN等で連携・協力体制を組み教材作成を行っているとの報告がありました(通称:AMED支援研究者皆学修プロジェクト、令和元年度〜令和3年度に実施)。

 市川氏はこれらの取り組みにより、日本の研究の質の向上に寄与したいと抱負を述べました。そして最後に、研究者一人一人も国や所属機関任せにせず、主体的に研究公正に取り組もう、と呼びかけました。

※1「研究不正調査に際しての着眼点および自己チェック項目 ―調査の手続きと報告書の標準化に向けて」学術の動向/23 巻12 号(2018) https://doi.org/10.5363/tits.23.12_80


招待講演「研究不正の背景と研究公正推進の課題」

相原博昭氏
相原博昭氏

 招待講演として、東京大学副学長の相原博昭氏により、東京大学の研究不正調査経験に基づく不正発生の背景、および東京大学で現在目指している方策例について紹介がありました。

 相原氏は、研究不正が発生しやすくなる背景として、例えば以下のような要因が考えられると説明しました。
  • 仮説にあわせた図表やデータの操作を容認してしまう考え方
  • 目的とする結果を出せない原因を、本人の能力不足が原因だと決めつけるなど若い研究者に対する誤った指導
  • ラボメンバーが研究公正上の疑問を抱いた時に相談できない閉鎖的な研究環境
東京大学では、研究不正を防ぐために、
  • 実験データ等の保存・共有体制のルールの策定※2
  • 研究者のキャリアに合わせ、かつ学生の多様性に配慮した研究倫理教育の実施
  • ラボメンバーが研究について議論しやすい、オープンな組織づくり
などの方策を進めているそうです。

 最後に相原氏は、「研究倫理(Research Integrity)はサイエンスを前進させるためにある」ということを常に意識したいと述べるとともに、研究倫理は研究者本人のために最低限必要なものであること、また、大学としては教育機関としての責任の重さを自覚して、研究公正を推進する仕組みを作っていきたいと抱負を述べました。

※2 国立大学法人東京大学における研究資料等の保存に関する指針


パネルディスカッション「研究不正の事前防止策と事後対応策」

パネルディスカッション風景
パネルディスカッション風景

 パネルディスカッションは、井野瀬久美惠氏(甲南大学文学部教授)、中村征樹氏(大阪大学全学教育推進機構准教授)、三木浩一氏(慶應義塾大学院法務研究科教授)による話題提供が行われたのち、先の二演者(市川氏、相原氏)を加えた五名とAPRIN理事長である浅島誠氏(東京大学名誉教授、帝京大学特任教授、日本学術振興会学術顧問)の司会で行われました。
 ディスカッションの議題は、本シンポジウム参加者への事前アンケートで要望が高かった三つを取り上げ、会場からの質疑応答も交えながら活発に進められました。

 最初の議題は、「実効性のある研究不正防止策・再発防止策」で、パネリストからは、様々な防止策が紹介されました。
 例えば、日常の研究活動の中で研究公正を意識し、研究活動を振り返る体制が必要であることや、研究倫理教育は被教育者の経験値に合わせ適切な段階で適切な教材を使用すべきであること、などがあげられました。ほかにも、研究室のマネジメントに関する会場からの質問には、メンター制度の導入(教授とは別にメンターを設け、学生と面談をする)などの方法により第三者の目が入るようにすることで、研究室の風通しを良くし、研究不正の防止に繋げることができることが紹介されました。

 二つ目の議題は、「不正を認定する際の判断基準」です。三木氏および相原氏より、画像を加工することは不正となるが、判断基準は研究分野や研究者の所属している科学者コミュニティによって異なるため、具体的な基準は示しにくいことなどが述べられました。

 三つ目の議題「不正事案の調査にあたり留意すべきこと」では、研究不正が発生した時に大学・研究機関によって調査内容に差が生じないよう、具体的なケース例に対応した手順書の策定が重要であるとの意見が提案されました。
 これらのほか会場から、事務職員に向けた研究倫理教材の作成を求める声が上がり、研究者のみならず大学・研究機関の構成員全体で研究公正を学び、取り組むことの必要性が認識されました。

 最後に浅島氏より、研究公正活動を通じて日本の研究が世界から信頼されるようになる、大学・研究機関全体で研究公正に取り組み、研究不正の起きない環境を整備していこうと閉会挨拶があり、半日間のシンポジウムは好評のうちに終幕しました。

※シンポジウムの資料はJSPSのウェブサイトで見ることができます。