取材レポート

「2018年度全国公正研究推進会議 ~今求められる公正な研究(技術系・中等教育含む)の新知識~」報告レポート

 一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)は、研究倫理関連教材や勉強会の提供などを通じたグローバルな研究倫理の啓発、研究機関や各種学術団体の研究活動の積極的な支援を目的として、2016年に設立された団体です。年に一度シンポジウム「全国公正研究推進会議」を開催し、国内外から研究倫理の専門家等を招いて、研究倫理に関する議論を深めています。2018年度全国公正研究推進会議は2019年1月25日に東京大学安田講堂にて開催されました。

 はじめに、信州大学医学部の特任教授であり、APRINの専務理事でもある市川家國氏より全体の概要が紹介されました。市川氏は研究倫理の現状と課題を述べ、それに関連した最近のAPRINの活動成果について以下の通り紹介しました。

本レポートでは後者に焦点をあて、内容を報告します。

医学系における研究倫理

 市川家國氏は、AMED平成28年度研究公正高度化モデル開発支援事業「医系国際誌が規範とする研究の信頼性にかかる倫理教育プログラム(通称:AMED支援国際誌プロジェクト)」の研究開発代表者でもあります(本プロジェクトは2019年3月31日をもって終了しています)。APRINの医学系における研究倫理教材の一部は、このAMED国際誌プロジェクトにおいて作成されたものだと、市川氏より紹介されました。同プロジェクトでは、日本の研究者が医系国際誌の求めるルールを学習する目的で、医学系分野でのデータの収集と扱い(画像処理を含む)や再現性確保のための統計解析などの内容を中心に教材を作成し、順次公開しています。
 医学系分野の論文に見られる問題点と統計の関係について、以下2つの講演でも取り上げられました。

適切な統計教育が求められている

 海外からの招待講演者であるTorbay and South Devon NHS Foundation Trustのジョン・カーライル氏は、臨床研究の論文撤回事例を調べると、試験群および比較群の持つパラメータのバラつき度が不均一であった例があり、この点をもとに、データの "ねつ造"に気づくことができたと述べました。つまり、統計的解析手法を用いることで、あらかじめ論文の「データねつ造」の可能性の有無を検出できます。
 またカーライル氏は、データ共有・管理体制が確立されれば、適切な統計処理手法やデータの公正さを客観的に調べることができ、論文の撤回を防ぐ方法のひとつとなるのではないかと私見を述べました。

 大阪市立大学医学研究科医療統計学教授の新谷歩氏も、生命科学論文の誤りや不正の事例をいくつか紹介しました。その中で、データの不自然性(ねつ造・改ざん)が統計解析技術を用いて検出できたと述べました。
 また新谷氏は、研究計画の段階は重要で、どのような研究をデザインし、データを集め、どのように統計解析するかを吟味しなくてはいけないこと、その中で、グループ割り付けの際のランダム性は、人の手で作ることはできないので適切な統計的手法が必要となることを説明しました。
 これらのことから新谷氏は、医学研究における生物統計学の教育が大変重要なのだと述べました。そして自身も「AMED国際誌プロジェクト」にてAPRINのeラーニング教材として生物統計学を学べる単元を作成するとともに、「統計ブートキャンプ」を開催していることを報告しました。

ジョン・カーライル氏写真
ジョン・カーライル氏
新谷 歩氏写真
新谷 歩氏

技術者の倫理

 早稲田大学理工学部名誉教授の依田照彦氏は、昨今の日本で企業の不祥事・不正が後を絶たないことなどから、APRINがeラーニング教材の新領域として「技術者向けの倫理」を作成し、『技術倫理 〜技術者の観点から〜』『技術開発におけるリスクマネジメント』『情報技術に関する倫理』の3単元をリリースしたことを報告し、特に『技術倫理 〜技術者の観点から〜』の単元を取り上げ、以下のように解説しました。
 この単元で、受講者は、技術倫理の必要性・考え方および責任ある技術開発の行為を学びます。
 この単元は、技術者の判断が社会に重大な影響を及ぼした事例をいくつか取り上げ、技術者が果たさなくてはならない責任について述べています。受講者は、責任ある行動をとり、結果に対する責任を果たし、根拠を求められたときに遡って根拠を追跡でき、規則や法令を遵守することなどの徹底を、日頃から意識していなくてはならないことも学びます。
 更に受講者はこの単元で、判断が曖昧になりやすい「線引き問題」や正しい判断に影響しかねない「利益相反」についても学習します。技術者は、世の中の役に立つことをするとともに、社会の発展に貢献しなくてはなりません。
 依田氏は以上のような観点から教材作成に取り組んだと述べました。

 この会議の中では、現在も引き続き「技術者向けの倫理」の新しい単元の開発を進めているとの報告もありました。

会場風景写真
講演会場の様子

医学系における研究倫理

 東京工業大学教育・国際連携本部特任教授の岩本光正氏は、APRINのeラーニング教材『中等教育における研究倫理:基礎編』のリリースと、その開発の背景を以下の通り報告しました。
 近年、中等教育においても課題研究を取り入れる学校が増え、またその成果をレポートや国内外のコンテスト等で発表する機会が多くなり、研究倫理の必要性を問われる場が多くなってきました。しかしこれまで中高生向けの研究倫理教育は教材に乏しく、現場の教員にその質・量が委ねられていました。そのため中等教育の教員より、生徒指導に関連して研究倫理についての問合せがAPRINに寄せられるようになり、これが中等教育向けの研究倫理教育のeラーニング教材を開発するきっかけとなりました。
 このeラーニング教材は専門性の高い高等教育機関向けの教材とは異なり、内容が一般的になるように心がけ、平易な言葉を用い、1コマ(45分)の授業時間で修了できる量にするなどの工夫が施されています。

中等教育における研究倫理の現状と必要性

 東邦大学理学部講師の村本哲哉氏は、高校生向けの国際科学コンテストについて応募規定とともに紹介しました。そして、研究倫理に関わる様々なルールが細かく定められており、これらを守らないと出場停止になる場合もあることを説明し、「誠実な研究活動を日本でも高校生からやっていただきたい」と述べました。
 市川高等学校教諭の堀亨氏は、高校での課題研究の取り組み例を紹介しました。課題研究では教科書をなぞる実験ではなく、自分で"問い"を立てて実験や観察を行います。研究開始前には禁止事項を殊更に強調することをあえて避けて生徒が研究活動に対して萎縮しないようにし、研究の過程で必要に応じ倫理的ルール等を教えながら、研究の面白さを理解してもらうよう努めています。
 一方、神戸大学アドミッションセンター特命准教授の進藤明彦氏からは、一般的な中等教育の現場では、研究倫理教育の取り組みはまだまだ難航しているのが現状であることも紹介されました。

 最後に、APRINが引き続き「中等教育教材」の新たな単元の開発も進めていることも報告されました。

分科会の写真
分科会の様子

 2018年度全国公正研究推進会議は、終日をかけて多くの課題を取扱い、研究公正の課題を確認して閉会となりました。