取材レポート

Wiley Executive Seminarレポート ~出版倫理を考える講演とワーク~

 平成29年7月30日(日)、東京国際フォーラムにて、Wiley Executive Seminarが開催されました。これは世界的な学術出版社であるWiley社が、編集委員などの立場で学会誌出版に関わる人々を対象に毎年開催しているセミナーです。
 三部構成のセミナーの三つ目が、"Peer Review & Ethics"と題したピアレビューと倫理の問題についての講演とワークでした。本レポートではこの第三部について報告します。

 学術雑誌におけるピアレビューとは、投稿論文が学術雑誌に掲載されるにあたり専門家による評価を受けるシステムのことです。出版倫理に関する相談機関にCOPE (Committee on Publication Ethics:出版倫理委員会)という非営利団体があり、情報提供や助言を行っています。
 第三部では日本医科大学の坂本長逸名誉教授が座長を務め、東京工業大学の札野順教授がピアレビューにおける倫理的問題について概要を説明しました。その後、COPE Council MemberのTrevor Lane博士からCOPEに寄せられた出版倫理に関する相談事例(以下「ケース」と記述)が提示され、事例を用いた参加者によるグループワークを行いました。

【札野教授講演】ピアレビューにおける倫理的問題(http://www.wiley.co.jp/topics/seminar2017.html)

 札野講師は、ピアレビューでは何が倫理的問題と考えられているか? という問いから講演を始めました。
 札野講師は、Taylor & Francisという国際学術出版社の、Peer Review in 2015―a global view―という白書から抜粋したランキングを示しました。このランキングによると、研究者から見たピアレビューにおける倫理的問題の1位は "Seniority Bias" (著名な研究者/研究機関が投稿する論文は信用される)です。

他にランキング上位にあがっているものとして、
  • Regional Bias(地域(国)などによるバイアス)
  • Review Rings(知り合い同士が査読し、採択し合う)
  • Competitor Delay(競争相手の論文の査読を意図的に遅らせる)
  • Competitor Espionage(投稿論文を却下した査読者が他誌にて同様のテーマを発表する)
があります。

ケース分類グラフ
札野講師が当日紹介したCOPEのスライドより。
Peer Review関係のケースが急上昇していることが分かります。(赤丸は報告作成者が追記)
https://publicationethics.org/files/u7141/Hames_presentation_final2.pdf

ピアレビューに関する相談件数の増加

 近年、ピアレビューに関する相談は増加しています。先述したとおりCOPEでは出版社からの相談を受けて助言しており、それぞれのケースは助言と併せてウェブサイトで公表されています。公表されたケース数は現在500以上になります。
 札野講師は、平成26年3月に発表されたケース分類グラフを紹介しました。ケースの中で多いのは「データに関して」「二重投稿に関して」などですが、「ピアレビューに関して」が急上昇していることが分かります(右図)。

COPEガイドライン
ガイドライン「COPE Ethical Guidelines for Peer Reviewers」
 相談件数の増大傾向の中、2013年にCOPEは、このピアレビューについてガイドライン「COPE Ethical Guidelines for Peer Reviewers」を作り発表※1しています。これは査読者が守るべき重要ポイント(専門性、守秘義務、利害対立など)について簡潔に書かれているものです。札野講師は「私ももっと早く欲しかった」とその活用を強く勧めていました。
※1報告者注:平成29年9月にVersion2に更新されました。

ピアレビューでの倫理的問題の原因と解決案

 なぜ、ピアレビューに関する倫理的問題が起きるのでしょうか?
 札野講師は私見とことわった上で、以下三つの観点から要因を整理しました。

  • 査読者の問題〕査読者が守るべき事柄は上記「ガイドライン」にまとめられているが、それらの内容を査読者に教育・訓練する機会が作りにくい状況になることがある。また、先端的領域や学際的領域などにおいては、査読者になれる人の数自体が不足しがちになるという問題もある
  • 編集者の問題〕話題性のある分野の論文や著者を選んでしまうことや、編集委員長が著者から掲載を依頼されるなど圧力がかかるケース、雑誌の存続という経済的葛藤、査読者への指示の不足等が問題の原因となることがある
  • システム全体の問題〕一部ジャーナルでの低質なレビューの横行があり、ピアレビューシステム全体の公正性に対して、責任の所在が不明確な状況がある

 札野講師はこの低質なレビューの具体例を紹介しました。ひとつは、平成25年に高校生でも分かる誤りを含む論文を投稿してみたところ、多数のオープンジャーナルで簡単に掲載されたことを報告したScienceの記事です。また今月(平成29年7月)、でたらめな自動生成文を査読誌に投稿したところ受理・出版されたことを報告した調査記事なども紹介され、会場が驚きでどよめきました。

 札野講師は上記の問題に対して、査読者/編集者の教育・訓練を体系化・制度化することが必要だと訴えました。
 その実現に向けて、まず研究者コミュニティー、出版、学会が一体となって、ピアレビューシステム全体の公正性を考えるためのプラットフォームや組織/機関を立ち上げ、そこで査読者/編集者の質を保証する制度の検討を始める時期が来ている、との考えを述べられました。

【Lane講師によるグループワーク】COPE が相談を受けたケースを題材に

 次にLane講師より、具体的な3つのケースが紹介され、それらを題材にグループワークが行われました。参加者はグループに分かれ、それぞれ別のケースについてディスカッション・発表を行いました。
 いずれも実際にCOPEが編集者/出版社から相談を受けて助言したケースです。参加者は、各ケースに関する倫理的問題、解決のためにとるべき行動、今後の予防的手段について考えるよう促されました。

Case1 サラミ出版※2が疑われたケース
※2報告者注:一つの研究を複数の小研究に分割して細切れに出版することは、「サラミ出版」または「ボローニャ出版」と呼ばれています。(中略) これも二重投稿・二重出版と同様に,業績の水増しになるだけでなく,全体としての研究意義の把握がしにくくなり、他の科学者に無用な手間暇をかけさせるといった点からも問題です。
(日本学術振興会『科学の健全な発展のために』(グリーンブック 70ページ 4.2)

 査読者が、投稿論文の一部のデータが既に発表済みであることに気づいた。また、方法に関する段落が不明瞭なため、研究主題の新出部分と別の論文での既出部分とが見分けづらかった。
著者らは、データは新しく、一つの論文に収めるには成果が多すぎて、別のジャーナルからはデータを分割するよう依頼されたこともあると反論した。また、最新研究の仮説は過去の論文を分析して初めて見出したものだとも述べた。また、著者は過去の論文との関連性を明確にして書き直すことに同意した。
 査読者が再度分析したところ、データの約2/3が重複と判断された。編集者・読者がデータの重複部分を見分けるのは難しいと思われ、査読者はこのまま出版することが倫理上好ましくないとジャーナルに伝えた。しかし、現時点でサラミ出版と断定することまではできない。編集者はどうすべきか? (要約: 報告担当者)

参考: (COPE Case 05-07)

 討論後、このケースを検討したグループの発表は以下の通りでした。

  • ・倫理的問題を論ずるのは難しいが、論文は新規性が少ないので却下が妥当ではないか
  • ・方法を明記していないのも倫理的に問題だ
  • ・予防策としては、オリジナルが半分以上ないと新規性を認めないなど、出版社のポリシーやガイドラインを明確にしておくべきで、ポリシーを明確にせずに事後に指摘することはフェアではなく許されない

 発表に対し坂本座長からは、サラミ出版は定義が難しく判定しづらいというコメントとともに、同様の問題に重複(Duplicate)出版、余分な(Redundant)出版があり、それぞれの違いのポイントについて以下の説明がありました。

  • ・重複出版とは、同じ論文が無許可で異なる言語等で複数出版されること
  • ・余分な出版とは、重複はあるが新しい研究の焦点と仮説がある複数の論文が出版されることで、それが表明され引用されていれば、許可される場合もあること
  • ・サラミ出版とは、同じ研究の一部分であり、仮説も同じか類似している複数の論文が出版されること

 それを聞いた発表者は、確かに臨床試験などで設定する一次エンドポイント※3を、二つの論文に分けて使う(サラミ出版する)ことは許されない。このケースはそれとは違っているため、サラミ出版とは言い切れない、と気づきを語りました。

 Lane講師からは、COPEがこのケースに対して行った助言が紹介されました。その助言における結論としては、この論文の問題は、「余分な出版」だと判断されたとのことでした。
 すなわち、サラミ出版は対象者・方法・リサーチクエスチョンを共有して結果を分割して出版するものですが、このケースの場合はそれらの一部だけに該当するものでした。そして、データの約2/3が共通することと、異なるリサーチクエスチョンがあることから、「余分な出版」に該当し、論文の出版可否に関しては編集委員が判断すべきという助言になりました。
なお、サラミ出版の問題点については、以下のCOPEの見解がまとめとして示されました。

  • ・サラミ出版は、メタアナリシス※4を歪め、読者を混乱させ、また、過去の論文の著作権は出版社が所有している為、著作権上の問題にもなりうる
  • ・一方、過去の学会での公表済み抄録などに、新たな研究データが追加されたものの出版が許可されることもあり、必要なのは投稿時の透明性である

※3報告者注:一次エンドポイントとは、臨床試験において、目的とする効果を検証すために事前に設定される評価項目のことです。通常、1つの臨床試験に1個だけ設定します。

※4報告者注:メタアナリシスとは、複数の研究成果を統合した分析です。複数の実験結果を統合して捉えることで、データサイズが大きくなり、有意差を検出でき、薬の有効性の証明など新たな成果に繋がることがあります。従って、同一の研究成果が複数の論文等で重複して発表され、それぞれが別の実験結果として統合して分析されてしまうと、間違った結論を導く可能性があります

Case2 著者による特定の査読者排除外要請のケース

 ある医学ジャーナルに、特定の査読者を排除する要請と共に、論文が投稿された。当該論文はその分野で発表された多くのガイドラインの見解に反しており、ガイドラインに携わった専門家を査読者とすると、批判的なバイアスがかかる恐れがある、と著者が心配したためである。当該ジャーナルでは、利益相反について申告し、査読者や編集者は公平に判断できないと自ら判断した場合は外れることとなっている。
 なお、著者は過去に、もし査読にバイアスが見られたら抗議する、とジャーナルに対して連絡したことのある要注意人物である。 (要約: 報告担当者)

参考: (COPE Case 16-08)

 このケースを検討したグループは以下の通り発表しました。

  • ・分野によっては査読者の除外が許されるところもあり、投稿規程をもとに編集者で議論するしかないのではないか
  • ・もし除外を認めないのであれば投稿規程に、著者は査読者を選べないことや査読者は編集者が決めること、という内容を明記すべきである

 その後Lane講師の紹介したCOPEの助言は以下の通りでした。

  • ・まだポリシーを定めていないジャーナルの場合は、利益相反の問題になりがちである
  • ・よく知られた利益相反関係にある、あるいは特定の強い見解をもつ少人数の査読者の除外なら認めることもある
  • ・小さな分野・ジャーナルなら必ずしも要求を認めなくてよく、ジャーナル次第である
  • ・ジャーナルの方針によっては、オープン査読という方法もある

 グループワークではその他のケースとして、「却下された論文の著者が査読者の名前を公開し批判したケース」なども取り上げられました。

 本セミナーには学術誌を主宰している関係者が多く参加していました。グループワークの題材は、編集側/査読側/著者側のいずれの立場の経験も豊富な参加者たちにとって、身近で切実なものでした。討論では、編集者として実際に用いていた基準などの経験談や、著者の立場から、異なる論文でも重複部分が多くなる領域もある、という現状認識などが紹介され、実態を踏まえた活発な意見が交わされました。

当日の発表資料について、Wiley社のウェブサイトに掲載されています。 ご興味がある方はぜひご覧下さい。
http://www.wiley.co.jp/topics/seminar2017.html