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平成16年度採択課題 研究終了にあたって

「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」研究総括 谷口 直之

 本研究領域はポストゲノム研究のなかにあって中心的な役割を果たすものであり、第3の生命鎖と呼ばれる糖鎖の生物機能の解明を行い、その利用のための基盤的な技術の開発を目指したものである。
 糖鎖はタンパク質の50%以上に付加されており、ゲノムやタンパク質の研究にくらべて、多様性にとみ、また解析の複雑さから研究がどちらかというと避けられてきた嫌いがある。しかし、我が国の研究者は糖鎖を合成する遺伝子の6割以上を同定し、また、その糖鎖の機能解析に多くの実績を持ち、国際的にリードする領域である。
 本研究領域は平成14年度に募集を開始したが、第三期募集にあたる平成16年度の応募件数は41件であり、多くの優れた研究提案があった。領域アドバイザーと共に書類選考により12件を選考し、面接選考を経て4件を採択した。採択に当たっては、研究が、国際性、独創性、創造性に富んだものであることと、研究計画が具体的で、将来、応用への基盤的な技術開発へ貢献できるものを選出した。また選考にあたっては利害関係にある選考委員は選考に参加せず、公正な選考に努めた。
 採択後は、研究報告会や研究実施報告書を参考に領域アドバイザーのご意見を取り入れ、研究上の問題点、その解決方法などを指導した。また、研究テーマが拡大し過ぎたときには軌道修正や、国際的に競合していたが残念ながら先行されてしまったテーマについては具体的なテーマの方向転換や修正などを指示した。
 平成16年度採択課題の中から多くの成果が生まれ、引き続き我が国が国際的にこの領域でリードできる地位を占めることができた。以下に各チームの研究成果を簡潔に記述する。

木下チーム
(1) 糖鎖生合成時の動態と機能発現に関し、英国で発見された先天性GPIアンカー欠損症が、小胞体でのGPIアンカー生合成の低下のために起こっており、それがPIGM遺伝子のプロモーター変異によっている事を証明した。さらにNa Butyrateによってヒストンのアセチル化を回復させると生合成が回復することを発見し、英国グループによって治療に用いられた。一方、哺乳動物のGPIアンカー型タンパク質の多くが、1アルキル2アシル型ホスファチジルイノシトールを持っていることに関し、これが生合成の第3ステップ後にジアシル型から劇的に変化すること、それにペルオキシソームのアルキルリン脂質生合成経路が必要であることを示した。
 腎・泌尿器領域の疾患における糖鎖発現を検討した結果、前立腺癌に特徴的な糖鎖構造を明らかにした。
 膵がんの新しい腫瘍マーカーであるフコシル化ハプトグロビンの産生に関与するフコシル化制御因子として、IL6を同定した。フコシル化ハプトグロビンのレクチンELISAキットを作製し、臨床応用の可能性を検討する。フコシル化制御因子の1つであるGMD遺伝子の変異を大腸癌で発見し、腫瘍免疫との関連を解析した。
(2) 糖鎖の膜上動態と機能発現に関しては、小胞体で生合成されたGPIアンカー型タンパク質の不飽和脂肪酸が、ゴルジ体膜上で新規のPGAP2PGAP3遺伝子の関与のもと、飽和脂肪酸に置き換えられる脂肪酸リモデリングが起こることを発見し、それが脂質ラフトへの濃縮に必須な現象であることを証明した。また、GPIアンカー型タンパク質が小胞体からゴルジ体へ輸送される際に、第2マンノースに付加されているエタノールアミンリン酸側鎖が新規遺伝子PGAP5によって除去される糖鎖リモデリングを発見した。これが小胞体からの効率的な輸送に必要であることを示し、タンパク質の膜アンカーに脂質だけでなく複雑な糖鎖が含まれていることの意義のひとつを明らかにした。さらに、GPIアンカー型タンパク質だけでなく、広く糖タンパク質と糖脂質の輸送及びN-O-型糖鎖の構造形成に、ゴルジ体のpHが重要であること、その制御に新規の塩素イオンチャンネルGPHRがプロトンポンプのカウンターイオンチャンネルとして働くことが必須であることを明らかにした。
 リサイクリングエンドソームが、細胞内膜輸送の多くの経路で重要な中継地点として機能していることを示した。
 インテグリン二量体の形成に重要な糖鎖付加部位を同定した。
(3)糖鎖プロセッシングの動態と機能発現に関し、GPIアンカー型タンパク質が精巣で細胞膜から遊離することを追求し、精巣型アンギオテンシン変換酵素(tACE)がGPIを切断するGPIase活性を持つこと、tACEによるGPI切断が受精能獲得に必要であることがわかった。

鍔田チーム
 CD22機能抑制によりナイーブBリンパ球でも記憶Bリンパ球の反応に変換できることを明らかにし、改変糖鎖リガンド合成により効果的なCD22阻害剤の開発に成功した。さらに、CD22欠損Bリンパ球の移入やCD22阻害剤によりインフルエンザ感染抵抗性を増強できることを明らかにした。
 CD72についても、糖鎖結合活性があり、自己免疫の制御等の免疫応答で重要な役割を果たすことを明らかにした。
 CD22/Siglec2の糖鎖リガンドが、これまでの報告とは異なりB細胞機能の抑制因子であることを明らかにするとともに、その発現がNeu5GcからNeu5Acへの分子種の変化やβセクレターゼによる産生酵素のプロセッシングなどにより制御されることを明らかにした。

平林チーム
 プルキンエ細胞特異的グルコシルセラミド(GlcCer)合成酵素遺伝子のノックアウトマウスの解析により、神経細胞での糖脂質合成は相手側のミエリンの形態と機能維持に必須であること;ゼブラフィッシュの初期発生の解析系を使うことにより、GlcCerは中胚葉由来の脊索の形成に直接関与していること、等を見いだした。また、胎児脳内の新奇糖脂質、ホスファチジルグルコシド(PG)の完全構造決定に成功した。PGは、スフィンゴ糖脂質とは独立した脂質ラフトを形成し、神経幹細胞からアストログリア系譜への細胞分化に関わっていた。また、リゾ体PGは、強力な成長円錐反発因子活性を有する生理活性脂質であった。

本家チーム
 脂質ラフト免疫法により、膜マイクロドメイン局在の新奇分子に対する抗体を得た。
 独自に発見したEnzyme-Mediated Activation of Radical Sources(EMARS)反応を用いて、生細胞の細胞膜上で会合する分子群を同定する方法を開発した。
 未熟胸腺細胞のCD8陽性細胞傷害性T細胞あるいはCD4陽性ヘルパーT細胞への分化決定の際、T細胞レセプターは胸腺上皮細胞上の膜マイクロドメインに会合しているMHC class II分子のみを認識することを明らかにした。
 脂質ラフト免疫法に明らかな抗腫瘍効果を確認した。

 平成16年度採択課題およびCREST糖鎖の終了にあたり、適切な助言をいただいた領域アドバイザーの塚田 裕先生、川嵜 敏佑先生、鈴木 明身先生、成松 久先生、若槻 壮市先生、また研究の遂行を手助けいただいた、西澤技術参事をはじめ糖鎖研究事務所の皆さんに厚く御礼申しあげる。

以上