1)神経回路の働きはシステムとしての脳機能の源であり、本研究の進展により、神経回路の形成と機能の理解は脳の理解に直結することが期待される。
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ネットワーク制御に関し、本研究を通じて、大脳皮質のコラム、海馬、小脳等において、比較的少数の神経細胞からなる神経回路(局所回路)がどのように信号をやり取りして、脳情報処理の機能単位として働くかについての研究の進展が期待される。従来の電気生理学に加え、特異的発現分子と蛍光蛋白を用いた特定の神経細胞の可視化、カルシウムシグナルを指標にした多数の神経細胞からの活動同時計測、ケージド化合物による単一神経細胞刺激法など、多くの新技術を結集することにより、脳の様々な部位の局所神経回路の動作様式が明らかにされることが期待される。 |
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チャネルロドプシンやハロロドプシンといった、光を感受して神経細胞を興奮(チャネルロドプシン)させたり、逆に抑制したり(ハロロドプシン)する分子を特定の神経細胞に発現させ、局所神経回路の働きを光によって操作することによって脳の情報処理や動物行動に現れる変化を観察し、局所神経回路の機能が明らかにされることも期待される。 |
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2)本研究の進展により、標的認識制御やシナプス制御の異常等が原因と考えられる発達障害、精神・神経障害の早期診断・治療につながることが期待される。
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脳のシナプスを形成し、それを維持する分子(シナプスオーガナイザー)については、2000年代に入っていくつかの候補が同定され(Wint-7a,neuroligin,SynCAM,EphB,FGF22,cbln1等)、その機構が研究されているが、これら少数の分子で複雑で精緻な脳のネットワーク構築を説明することは到底不可能である。今後本研究を通じて、新たなシナプスオーガナイザーの探索とその機構の分子レベルの追求が盛んに行われ、その知見が飛躍的に増大することが期待される。 |
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シナプス形成異常のあるモデル動物の脳に投与すると、シナプス形成を促進し行動異常を緩和する分子(cbln1等)も知られつつあるが、本研究を通じて多くのシナプスオーガナイザー候補分子について、同様の動物実験が行われ、発達期のシナプス形成不全や加齢によるシナプス減少などのヒトの病態を視野に入れた、将来の臨床応用に有望ないくつかの候補分子が明らかになることが期待される。 |
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3)本研究の進展により、記憶・学習の機構理解や成熟脳におけるシナプス機能維持機構が解明され、加齢による認知症対策への貢献が期待される。
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機能単位としての「局所神経回路」が多数集積した大脳皮質、神経核などの「領域・領野」の形成については、これまでに多くの転写因子やシグナル伝達系が同定されてきたが、精緻な脳の形成過程を説明するには全く不十分な段階である。例えば大脳皮質は霊長類では50以上の領野に分かれるが、その形成の分子機構はほとんどわかっていない。本研究を通じて、脳の各領域・領野の形成とそれを構成する神経細胞・グリア細胞の発生・分化・移動の分子機構の研究が飛躍的に進展し、ヒトの発生・発達異常に関連した多くの遺伝子が同定されることが期待される。 |
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成熟動物におけるシナプス伝達の調節や機能維持機構については、海馬、大脳皮質、小脳等を中心に、関連する分子基盤の研究が進展するとともに、モデル動物を用いたネットワークレベル、システムレベルの機能発現の研究が進み、本研究を通じて、シナプスの機能変化が如何にして学習・記憶・忘却につながるかの理解の飛躍的進展が期待される。特に、2000年以降、神経細胞の樹状突起スパイン(シナプス前部が接触している樹状突起の棘状構造物で、神経伝達物質を受け取る受容体と様々なシグナル伝達分子が集積している)の形状変化がシナプス機能と対応することが明らかとなり、ある種の精神遅滞や精神疾患では、樹状突起スパインに異常が認められることが明らかにされており、本研究を通じて、学習・記憶・忘却の構造的基盤として、樹状突起スパイン機能の分子機構の研究が飛躍的に進み、ヒトの精神遅滞や精神疾患の原因究明のための重要な基礎データを提供することが期待される。 |
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4)本研究の進展により、環境や経験に依存する臨界期(感受性期)の機構が明らかになり、将来的には教育への応用が期待される。
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生後発達期の経験に依存した神経回路再編成と臨界期については、大脳皮質、小脳、視床などを主な研究対象として、飛躍的に研究が進展することが考えられる。大脳皮質視覚野では、ある種の抑制性ニューロンの成熟が臨界期の決定に重要であることが最近明らかにされ、神経回路再編成の分子機構の解明が進んでいる。また臨界期を遅らせたり早めたりすることが動物実験レベルでは可能になりつつある。本研究を通じて視覚野だけでなく、体性感覚野、聴覚野をはじめとして大脳皮質の様々な領域で神経回路再編成の分子機構の解明とネットワークレベル、システムレベルの機能発現の研究が進み、モデル動物レベルでは臨界期の制御が可能になることが期待される。 |
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小脳や視床において、シナプスの刈り込み(誕生直後の動物の脳にはシナプスが過剰に存在するが、生後の環境・経験によって、必要なシナプス結合のみが強化されて残存し、他は除去される現象)の仕組みが研究されてきたが、本研究を通じてその分子機構と臨界期の理解が飛躍的に進展し、実験動物レベルで、「刈り込み」を促進したり阻害したりすることが可能になることが期待される。また、ネットワークレベルの研究が進み、「刈り込み」の機能的意義が明らかになることが期待される。 |
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脳の部位によって神経回路再編成と臨界期の分子機構が多様であることが明らかとなり、各脳部位に対応した臨界期の制御方策に向けた研究やさらには、臨界期を過ぎた成熟動物において臨界期を再来させ、「脳を若返らせる」ことを目指した基礎的研究へとつながることが期待される。 |