研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
仲介因子を介した遺伝子発現制御の解明
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  石井 俊輔  理化学研究所 主任研究
主たる研究参加者  緒方 一博  横浜市立大学医学部 教授
3.研究内容及び成果
 CBP などのコアクティベーターやN-CoRなどのコリプレッサーの仲介因子はプロモーター上流のエンハンサー・サイレンサーに結合する転写制御因子とコアプロモーターに結合するTBP などの基本転写因子との間のブリッジ役の分子として同定された。仲介因子はヒストンをアセチル化する酵素(HAT: histone acetylatransferase)や逆にアセチル基を除く酵素(HDAC: histone deacetylase)と複合体を形成することから、ヒストンのアセチル化を介してクロマチン構造を変化させ、遺伝子発現を制御する。このように、仲介因子の研究は従来ブラックボックスであったクロマチン構造を介した遺伝子発現制御の研究に新たな分野を開きつつある。本研究では生体防御系における仲介因子の役割の解明を目指して、Mybなどの造血・免疫系において重要な役割を果たす転写因子の仲介因子について種々の角度から解析した。
 
1)Ski/Snoはコリプレッサーであり、がん抑制因子としても機能する
 ski遺伝子は20年以上前に発がん遺伝子として見い出され、その機能は長らく不明であった。代表者らはski遺伝子産物(Ski)およびその関連因子として同定したSnoがHDACと複合体を形成し、コリプレッサーとして機能することを初めて明らかにした。さらに、Ski/Snoは2つのがん抑制因子MadとRbの活性に必須であることから、Ski/Snoはある状況下では細胞増殖を負に制御し、がん抑制因子としても機能することを示した。この研究が端緒となり、TGF-βシグナル伝達経路で作用する転写因子Smadの活性がSki/Snoによって負に制御されるという、一連の研究成果が他の研究グループによって報告された。
 
2)Ski/Snoによる他の転写因子の制御
 Ski/Snoが関与する遺伝子発現ネットワークを明らかにするため、Ski/Snoと結合する転写因子を解析した。脳腫瘍の発症や形態形成に関与する転写因子GLI3にもSki/SnoとCBPが結合して、活性を制御することが示された。さらに、Ski/Snoがメチル化DNAに結合するリプレッサーMeCP2にも結合し、メチル化DNAを介した転写抑制に必須であり、ゲノムインプリンティングなどにも関与することを見出した。
 
3)コリプレッサーと核内構造体− 白血病発症メカニズム
 Skiと結合する因子をスクリーニングする過程で、PMLがSkiに結合することを見い出した。PMLはレチノイン酸受容体RARαとの融合遺伝子PML-RARαが急性白血病APLを引き起こすことから見い出され、核内のNuclear Bodyと呼ばれる点状構造に局在している。一連の解析からPMLはコリプレッサー複合体に結合して、転写抑制machineryをNuclear Bodyに局在させ、この領域に特定遺伝子がリクルートされることによって、転写が抑制されることが示唆された。さらに、PML-RARαがいびつな形でコリプレッサー複合体に結合すると、Nuclear Bodyへの局在が乱れ、がん抑制因子MadやRb活性の低下が起こり、白血病の発症に至ることが示された。このように、コリプレッサーと核内構造体との相互作用を解析することによって、白血病発症の分子メカニズムを明らかにすると共に、「仲介因子を介した核内構造体による転写制御」という遺伝子発現制御の興味深い点を明らかにすることができた。
 
4)Myb活性の仲介因子による制御
 mybがん遺伝子産物(Myb)はAACNG配列に結合し、転写を制御することによって、造血系細胞の増殖・分化を制御している。MybはC/EBPβなどの転写因子と協調的に一群の標的遺伝子の転写を誘導する。私達はMyb-C/EBPβ-DNA複合体の構造を決定し、これらの転写因子がDNAループを形成させることを明らかにした(横浜市立大学・緒方教授のグループとの共同研究)。そして、MybにはコアクティベーターCBPとSkiなどのコリプレッサーが競合的に結合すること、Mybはコアクティベーターと結合すると転写を活性化し、コリプレッサーと結合すると転写を抑制することを明らかにした。このように仲介因子の研究によって、転写活性化因子と抑制因子の区別がなくなりつつある。さらにc-myb遺伝子のC端側欠失によるOncigenic activationが、コリプレッサーの結合部位の欠失によることが明らかにされた。これは仲介因子の解析によって初めて明らかになった「プロトオンコジーンの活性化メカニズム」である。一方、代表者らはMyb活性の制御に関連する新規の仲介因子を遺伝学的にスクリーニングする系をショウジョウバエを用いて作製した。そしてこの系を用いてMybとCBPとの両方に結合してコアクティベーターとして機能する新規のRNAヘリカーゼ(Rham)を同定した。
 
5)Skiに結合するIkaros様因子Schnurri − T細胞分化の制御
 代表者らがもともとNF-κBサイトに結合する転写因子として同定し、HIV-EPと名付けた因子は、約270 kDの大きな蛋白質で、2つのメタルフィンガー構造を含むドメインを2セット持つ。この構造はT細胞特異的な遺伝子の発現をヘテロクロマチン依存性の転写抑制によって制御するIkarosに類似している。HIV-EPファミリーは1、2、3の3つのメンバーからなっているが、ショウジョウバエの核内因子 Schnurri(Shn)と高いホモロジーを有することから、現在ではShn-1, 2, 3と呼ばれている。代表者らはShnがSkiに結合することを見い出しており、Shnはプロモーター上の2つの部位に結合して、転写制御領域の高次構造を変え、転写抑制の足場を形成するのではないかと推定している。Shnの生理機能を明らかにするため、Shn-2の変異マウスを作製・解析した結果、SP-T細胞が顕著に減少しており、Positive selectionに異常が認められた。ショウジョウバエ Shnは TGF-β/BMP/activine のホモログ dpp のシグナル伝達経路の下流で機能することが分かっているが、動物細胞でのShnの作用メカニズムは不明な点がまだ多い。このように代表者らの研究により、T細胞の分化に関与する新たな因子が同定された。
 
6)乳癌抑制因子Brca1と転写因子ATF-2−乳癌発症メカニズム
 転写因子ATF-2は私達が初めて同定した転写因子であり、JNK/p38などのストレス応答性キナーゼによって活性化されることが知られている。ATF-2変異マウスを作製・解析した結果、ホモ変異マウスはヒト胎便吸引症候群様の症状を呈し、生後すぐに呼吸不全で致死となること、ヘテロ変異マウスは長期飼育すると高頻度に乳癌を発症することが明らかとなった。一連の解析の結果、ATF-2は乳癌抑制因子として同定され転写仲介因子として機能するBrca1と複合体を形成し、一群の標的遺伝子の転写を誘導することが示された。従って、ATF-2はBrca1と同様に、ある種の乳癌の抑制因子と考えられる。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 前述の成果は、海外の学術雑誌に26編の投稿論文として発表され、その主要なものは、Nature Immunology 1報、Cell 2報、Genes & Development 2報、Molecular Cell 1報、EMBO Journa l2報、Journal of Cell Biology 1報、Molecular and Cellular Biology 1報、Journal of Biological Chemistry 11報、Oncogene 2報、Journal of Molecular Biology 2報、Mechanism of Development 1報と質が高く評価できる研究成果である。発がん遺伝子skiとこの関連遺伝子snoの産物がhistone deacetylaseと複合体を形成し、コリプレッサーとして機能すること、またある場合には細胞増殖を負に制御してがん抑制因子としても機能すること、複数のコリプレッサーが、がん遺伝子産物Mybによる転写活性化を阻害することを明らかにし、従来ブラックボックスであった核内構造体と遺伝子発現制御との関連を解き明かす手がかりを与えるものと高く評価できる。
 また、学会発表は、国内56件、国際学会8件、特許出願は国内1件、国際1件なされた。この発明の実施許諾について現在協議されている。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 コアクティベーター、コリプレッサーの転写制御における機能を多面的に追及し、発癌、免疫担当細胞の分化、更には受容体からのシグナル伝達系の一部の解析に繋がり、種々の疾患に関与することを示すなどの成果を挙げ、これらの研究がきっかけとなって、代謝調節に関わるホルモンや、アミノ酸、脂質などの遺伝子発現に対する仲介因子を介する作用が発見されるなど、関連分野への波及効果も大きい。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は、「遺伝現象における細胞核構造の役割の解明」で平成13年度科学技術振興調整費の「先導的研究等の推進」に、また、「転写メディエーターによる転写制御と生理的意義の研究」で、2002年度文部科学省科学研究補助金「特別推進研究」に採択された。また、研究開始時点では、横浜市立大学助教授であった共同研究者の緒方氏が教授に就任したことは、構造解析での成果が優れたものであることを示している。
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This page updated on September 12, 2003
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