研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
熱帯林の林冠における生態圏―気圏相互作用のメカニズムの解明
2.研究代表者
研究代表者 浅野 透 総合地球環境学研究所 教授
3.研究概要
 熱帯林は、高い生物多様性と生物生産性に支えられ、大気との間に複雑で活性の高い相互作用をもっている。近年、エルニーニョ・南方振動と熱帯樹木の一斉開花・結実、あるいは異常乾燥による樹木の一斉枯死とその後の更新などのように、地球規模の環境変動が熱帯林生態系の維持に大きな影響を及ぼす可能性が指摘されている。一方では、環境変動に起因する撹乱によって、熱帯林の炭素・水収支が大きく時間的・空間的に変動し、その結果が大気へフィードバックされる。
 このような生態圏と気圏の相互作用の多くは、両者の境界層としての林冠における生態プロセスに支配されている。しかし、これまで有効な林冠アクセスシステムや広域の生態プロセスを把握する手法が開発されなかったため、因果関係やメカニズムの解明が進まず、地球科学と生態学のギャップとして残されてきた。
 本研究では、林冠クレーンシステムによる3次元的なプロセス解明と、気象と生物現象の解析を結合することにより、地球規模の環境変動が熱帯樹木の一斉開花および生態系に及ぼす影響、熱帯林の炭素・水収支の時間的・空間的変動などの解明を目指す。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 本研究は(1)一斉開花のメカニズムとその生態系における意義の解明、(2)熱帯林における炭素・水収支の解明、(3)林冠の構造・機能の広域的把握などの3課題から成っている。
 マレーシア連邦サラワク州ランビル国立公園に設置される林冠クレーンの建設が当初の計画より一年余りの遅れとなった。マレーシア政府の機構改革や生物多様性条約にかかわる方針決定の遅延など、予期せざる現地の政治的事情に起因する遅れであり、残念ではあるがやむを得ない。一方、その間、既設の「塔」や「林冠吊り橋」を使っての調査と既発表の関連文献の整理によって、作業仮説が精緻となり、それに基づく予備的観測・解析が行われた。これらにより、1999年末に観測体制は整い、2000年3月林冠クレーン完成後、各種観測が順次開始され、その後順調に進んでいる。
一斉開花に関しては 1) 気候条件 2) 土壌の栄養塩ダイナミックス 3) 生理生態的メカニズム 4) 植物食昆虫の多様性等の観点から着手されている。
 炭素・水収支に関しては、群落レベルでの推定値とフラックス観測値を比較し、大まかな収支計算が可能となりつつある。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 一斉開花に関しての至近要因(生理生態的要因)と究極要因(進化的要因)の研究はかなり進展しており、今後もう一度この現象が生じるならばある程度の結論が得られるであろう。また「一斉開花」時における植物―動物間の相互作用と「平常」時におけるそれとの関連についても多くの知見が得られている。
 炭素・水収支に関する林冠動態の調査研究は、林冠のみでなく、森林内部における動態を含めて進んできている。二酸化炭素、顕熱・潜熱フラックス、土壌水分、樹冠遮断量、樹液流速度等についてのデータセットが構築され、解析がなされつつある。
 林冠状態の広域的把握については、本研究領域内の研究課題「衛星観測による植物生産量推定手法の開発」(本多研究代表)のラジコンヘリを用いた観測に参加し、林冠面3次元構造についてクレーンサイト全域に広げることができた。地形3次元データと合わせ、樹高や樹幹ボリュームの推定など、今後の研究の展開を可能とするデータが蓄積された。
4−3.総合的評価
 他に例のない特有の現象である一斉開花に関しては、それが生ずるメカニズムの解明に焦点があてられている。その機構解明を通して、植物と動物(昆虫など)の相互依存など生態系に関するより一般的知見が得られるかもしれない。一斉開花のトリガーとなる気候・気象学的要因の他に、一斉開花の生理生態学的機構の解明や、植物と動物の相互関係―種子捕食者飽食仮説、送粉促進仮説、遺伝子流動促進仮説などこれまで提唱されてきた諸仮説―の検証・進化的要因の解明への貢献が期待される。なお、一斉開花に関する過去の長期にわたるデータの収集・調査が望まれる。
 「一斉開花」時の動物と植物の相互作用が、「平常」の森林動態を如何に変化させ、それが炭素や水の動態に如何に関連するかに関して作業仮説が得られるならば、生態圏の「歴史問題」を大きく拓く端緒となり、それと気圏との相互作用に対しても重要な成果になるであろう。
 炭素・水収支に関しては他の地域の森林におけるそれらと対比検討することが望まれる。世界最高級の林冠クレーンが設置されたのであるから、本施設を用いた将来の研究計画も準備しておくことが望ましい。世界的林冠クレーンネットワークの中核として機能することを期待する。
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