研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
回路網形成における神経活動の関与メカニズム
2.研究代表者
研究代表者 津本 忠治 大阪大学大学院医学系研究科 教授
3.研究概要
 脳神経回路網の形成は遺伝情報と神経活動性に依存する。本研究は後者のメカニズムの解析を目的とする。この目的のために、大脳視覚野を対象とし、in vivo,in vitro、培養系の手段を用いて解析する。可塑的変化の現象としては視覚野眼優位コラムの変化、LTP/LTDに注目し、入力神経の活動性と神経栄養因子の関与を系統的に検討する。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 中枢神経回路網の可塑的変化に対する神経活動性の影響を個体(猫あるいはフェレット)レベル、中枢スライス標本(ラット、マウス)、培養細胞系において多角的に解析し、研究企画を着実に進展させている。問題点の解析のアプローチが多彩で巧みであるだけでなく、問題点を明確に testable question の形で提起しているのが印象的である。仔猫の片眼を遮蔽すると遮蔽側の視覚野眼優位コラムが縮小することが知られている。この眼優位コラムの変化にLTP/LTDが関与している可能性が示唆されているが、その証明も反証も得られていない。この問題の検討中に、BDNFが視覚野ニューロン活動性と関連することが見いだされたので、BDNFの作用を検討することによって、眼優位コラムの変化とニューロンの活動性の関係を解析することを計画した。最初に、BDNFを仔猫の視覚野皮質に慢性投与すると眼優位コラムの拡張が見られた。BDNFは片眼遮蔽によって縮小したコラムも再び拡大した。しかし、これらの現象は、成熟猫では見られなかった。BDNFによるコラムの拡大に伴って、外側膝状核からの入力終末端の拡張が見られるかを現在検討中である。幼弱ラットの大脳皮質に20分間BDNFを投与すると、そのシナプス応答は8時間にわたって増強するがその後、減弱することが明らかになった。この効果も成熟動物では観察されなかった。更に、この長期シナプス増強効果はチロシンキナ−ゼ阻害剤(K252a)によってブロックされた。BDNFのシナプス増強効果を孤立培養神経細胞で検討した結果、シナプス前終末からの伝達物質の放出の促進によることが示された。また、BDNFはLTDに対しては抑制効果を示した。BDNF欠損マウス(-/-)において検討すると、LTDは容易に発現され、BDNF投与によりその発現がブロックされた。従って、正常レベルの内因性BDNFはLTDの発生を抑制し得ると推測される。BDNFとニューロン活動性の関連を検討するために、視覚野皮質ニューロンの培養細胞の核にBDFとGFPの融合遺伝子plasmid cDNAを注入し、GFP蛍光によりBDNFの挙動を解析した。その結果、BDNFは約0.3μm / secの速度で順行性にも逆行性にも軸索輸送され、軸索終末からシナプス後細胞に移行することが観察された。シナプス後細胞への移行は神経活動をtetrodotoxinでブロックすると減弱し、picrotoxinで亢進させると増加した。従来、神経栄養因子はシナプス後細胞に由来してシナプス前細胞に取り込まれると仮定されてきたが、神経活動に依存して神経終末端からBDNFが放出する本結果はBDNFの挙動に関して新たな考察を要請する。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 GFPで標識したBDNFの挙動は必ずしも内因性BDNFを反映しないという可能性もある。これを検討するために、研究代表者らはBDNFを持つGFP動物(マウス)からの皮質細胞とBDNF(-/-)マウスからの皮質細胞の共培養において、神経終末端のGFPシグナルがGFPシグナルの無い細胞体への移行する像を予備実験で観察している。これまで、BDNFがシナプス前細胞に作用してその伝達物質の放出を促進することを観察してきたが、順行性にシナプス後細胞に移行するBDNFがどのような機能を発揮するかは現在不明である。研究代表者らはシナプス後細胞へ移行したBDNFはその慢性効果に参与すると仮定して、事実、BDNFの慢性効果にはシナプス後の変化を反映する特徴が存在するかを検討した。孤立培養神経細胞にBDNFを1週間投与すると、シナプス応答はNMDAレセプターを介するほうが、AMPAレセプターを介するほうより大きくなる特徴が見られた。この効果はシナプス後Gluレセプターの応答が変化した結果と示唆される。詳細は不明であるが、今後さらに検討すべき問題と思われる。神経回路網形成の可塑性には、眼優位コラムのようにシナプス競合の現象が見られる。この競合の機構は明らかでないし、その解析をin vivoで実施するのは困難であるから、培養細胞系で検討することを計画している。そのために、GFP(green)マウスとDs-redマウスからの単離した外側膝状核(LGN)ニューロンと正常(無色)マウスから単離した皮質ニューロンの共培養を実施し、無色の皮質ニューロン上に形成された green のシナプス前終末と red のシナプス前終末の分布が green あるいは red LGN ニューロンの慢性刺激によって競合的変化が見られるかを電気生理学的にまた形態的に検討する。これは一例であるが、他に、これまで得られた結果から今後さらに検討すべき問題点が多数残されているのでこの研究はさらに発展することが期待される。
4−3.総合的評価
 本研究は非常に論理的に企画された提案であり、個々の問題点がさらに独創的発想によって検討され、早いスピ−ドで大きな project に発展している。蛍光で標識したBDNFの動態の解析は特に優れたアプローチで、この研究課題の新たな発展に寄与したと考えられる。また、中枢回路網形成の可塑性は age-dependent で、その臨界期の存在が何によって規定されるのかは明らかでないが、本研究はBDNFの効果にも age-dependence があることを示し、この問題に新しいヒントを提供している。この研究が今後も大きく発展することは殆ど疑いが無く、大きな成果が予期される。
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