研究課題別中間評価結果

1.研究課題名
脂質メディエーターの dual receptor 系と神経機能
2.研究代表者
研究代表者 清水 孝雄 東京大学大学院医学系研究科 教授
3.研究概要
 脂質メディエーターは炎症因子であるが、神経・内分泌機能にも参与する。本研究は脂質メディエーターの脳機能における役割を解析することを目的とする。脂質メディエーターは刺激により合成されて細胞外に分泌され標的受容体と結合して機能を発現する。対象は脂質メディエーター産生の鍵を握る細胞質型ホスホリパ−ゼA2 (cPLA2)とこの酵素により産生されるロイコトリエン、PAF等である。脂質メディエーターの細胞レベルでの動態は蛍光分子により解析し、機能はノックアウトマウスを用いて解析する。また、脂質メディエーターは細胞膜のレセプター(G−タンパク共役型)と核内レセプターに結合する可能性があり、この dual receptor 系を介しての細胞内シグナルの特異性を解析することを目標とする。
4.中間評価結果
4−1.研究の進捗状況と今後の見込み
 この研究課題は全て綿密な計画に基づいて実施され、脂質メディエーターの細胞・分子レベルでの動的挙動を巧みに追跡し、その機能をノックアウトマウスによってtimelyに解析している。その結果、研究は着実に進行し、また、新たな展開が見られ、既に多数の優れた論文を発表している。主な研究成果として、(1) 新規ロイコトリエン受容体(BLT1, BLT2, CysLY1, CysLT2)をクロ−ニング、これらのレセプターノックアウトマウスの行動の解析、(2) 血小板活性化因子(PAF)受容体あるいはホスホリパーゼA2 (cPLA2)のノックアウトマウスの症状、病態の観察とその機能の解析、(3) 短縮型の新規cPLA2(KIDS)の発見、が挙げられる。
 これらの結果、PAFレセプター欠損マウス及びcPLA2欠損マウスでは共にアレルギー応答の低下が観察されたが、cPLA2(-/-)マウスでは肺組織アナフィラキシー反応が低下し、成人呼吸阻害症候にcPLA2の抑制が有効であることが示唆された。また、関節リュウマチモデルの症状、実験的アレルギー脳炎の症状や虚血再灌流脳の障害もcPLA2(-/-)マウスにおいて軽減が見られ、炎症疾患及び脳機能障害とcPLA2の関連という新たな知見が得られた。また、cPLA2欠損マウスが海馬CA1領域の長期抑圧(LTD)を消失させると言うことも脂質メディエーターとシナプス可塑性に関する最初の発見となった。PAF欠損マウスも神経伝達や脳の発生に異常を認めている。
 新規cPLA2(KIDS)の発見は、当初予想されなかった展開であり、この分子はカイニン酸投与により海馬歯状回に特異的に発現することが明らかとなった。さらに、これを発現する顆粒細胞層の細胞の少なくとも一部は nestin 陽性の progenitor cells であることが示された。KIDS遺伝子はcPLA2遺伝子のC-末に tandem に存在するが、cPLA2をノックアウトしても、カイニン酸の投与によってKIDSは海馬に発現する。従って、cPLA2のinitiation siteと KIDSの initiation site の間にKIDSの promoter 領域とカイニン酸応答領域が存在すると考えられる。KIDSの promotor 領域を同定できればKIDS欠損マウスを作成し、その機能を解析することが可能なので、その探索が進行中である。現在、脳の脂質メディエーターの機能は殆ど不明であるから、KIDS欠損マウスの作成には大きな期待が寄せられる。
4−2.研究成果の現状と今後の見込み
 本研究課題は脂質メディエーターの酵素動態とその生理機能の解析を主眼としている。酵素動態は細胞レベルで螢光分子により巧妙に追跡され、機能解析もノックアウトマウスの作成により順調に成果をあげ、今後の新たな発展が十分期待される。この主眼となる課題と共に、脂質メディエーターのdual receptor hypothesis の検討が提案されているが、残念ながら、この問題の検討には大きな進展が見られなかった。問題点は、脂質メディエーターには多数の orphan ligands が存在し、特異的な ligand / receptor pair の同定が困難であった。Dual receptor hypothesis の検討には、先ず、脂質メディエーターの細胞膜におけるレセプターの同定が要請される。脂質メディエーターをリガンドとすると思われる、orphan receptors のスクリーニングを進めているが、まだリガンドが同定されていない。PAF、ロイコトリエンの細胞膜レセプターはいずれもG-タンパク共役型受容体(GPCR)であり、従って、ステロイドホルモンの第二レセプターもGCPR と示唆された。しかし、百を超える多数の培養細胞を検討した結果、細胞膜のステロイド受容体の存在を示す結果は得られなかった。また、G-タンパクの活性化によるシグナルを無差別に検出する方法により脳内の脂質メディエーターのスクリーニングを実施したが、有益な結果は得られなかった。更に、Xenopusのリゾホスファチジン受容体といわれる分子(PSP24)のマウスホモログをクローニングし、この分子が脳に発現していることを見い出したが、この分子がリゾホスファチジンのレセプターである証明は得られなかった。現在、この分子のリガンドの検索を継続中である。
4−3.総合的評価
 本研究企画は研究代表者のこれまでの一貫した研究成果に基づいて綿密に計算されたものであり、それだけに課題の研究は開始した時点から極めて順調に進行し、更に予想もしなかった新規cPLA2(KIDS)の発見も加わり望ましい展開となった。研究代表者のグル−プは脂質メデイ−タ−の研究を国際的にリードしており、研究のアプローチも論理的であると同時に独創的で高く評価できる。上記のように、研究課題の一部は他の課題ほどの進展が見られなかったが、この問題を他の角度から再検討して解決を図るか、効率の高い研究課題にだけ焦点を絞るかのいずれが将来の発展により大きく寄与するかは現時点では予測できない。従って、この決断は研究代表者に一任するのが賢明と思われる。いずれにしても、総合的に見て、この研究は優れた成果と新展開を示した課題であり、今後も大きな進展が期待される。
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