海外事例 マックス・プランク研究所(ドイツ)

アカデミアにとらわれないキャリアプランを
—マックス・プランク研究所(MPI)のキャリア開発プログラム—

本事例は、プログラムフレームワークの上記のコンピテンシーに関連しております。

マックス・プランク協会は、多様な分野において第一線で活躍する研究者を育てる研究施設MPIを擁し、各研究所が独自の方針に基づいて運営を行っている。このため、キャリア展開に関する考え方や、各研究所のスタッフが提供するサポートは、その研究所に属する若手研究者の希望やニーズによって異なる。しかし、全ての研究所に共通するテーマも存在する。

若手研究者や学生と日々身近に接しながら、アカデミアや研究分野の内外におけるキャリア構築についてサポートを提供している、MPI固体化学物理学研究所のバークハート・シュミット博士及びマーカス・クー二ヒ博士、ドイツ・トゥービンゲン(Tübingen)にある生物学研究所のエリザベス・ウィアー博士、協会本部のクリスティアン・ハウプト博士に、取り組んでいる若手研究者支援システムについてお話をうかがった。

機関について

ドイツのマックス・プランク協会(Max-Planck-Gesellschaft: MPG)[参考1]は、優れた基礎研究機関として世界的に名高い。現在86の研究所や施設を抱え、自然科学、生命科学、社会科学、人文学分野で最先端を行く研究を行っている。マックス・プランク研究所(Max-Planck-Institute: MPI)の施設はドイツ国内及び国外にまたがり、約4,600名の博士課程の研究者、約3,700名のポスドクが在籍している。

研究者育成の取組について

MPIが世界中の若い研究者を惹きつける理由は、そのオープンで親しみやすい組織カルチャーや、魅力的でエネルギーに溢れた研究環境だ。

若手研究者にMPIで過ごす限られた時間を最大限に活用してもらうため、キャリア開発プログラムを重要視している。協会全体としては、Planck Academy[参考2]が統一的なサポートを提供し、また各研究所が独自のサポート・プログラムを所属研究者に提供している。

インタビュイーについて

バーカード・シュミット(Burkhard Schmidt)博士

バーカード・シュミット(Burkhard Schmidt)博士は、MPIの所属研究員で、固体化学物理学研究所の博士課程担当でもある。本研究所では主にフラストレーション(磁気体)に関する研究を行っている。

エリザベス・ウィアー(Elisabeth Weir)博士

エリザベス・ウィアー(Elisabeth Weir)博士は、MPIの生物学研究所のポスドク・コーディネータであり、ポスドク研究者の私生活及びキャリア両面にわたるサポートを提供している。

マーカス・クー二ヒ(Markus König)博士

マーカス・クー二ヒ(Markus König)博士は、MPIの固体化学物理学研究所の所属研究者であり、国際マックス・プランク量子材料化学及び物理学研究所のコーディネータでもある。

クリスティアン・ハウプト(Christiane Haupt)博士

クリスティアン・ハウプト(Christiane Haupt)博士は、ミュンヘンにある協会本部の国際関係部門スタッフである。

MPIの研究エコシステム

資料画像1

マックス・プランク協会はドイツの科学分野をリードする研究組織である。画像提供:Kai Weinsziehr(MPG)

MPIは多様な科学分野で最先端の研究を行っています。そのため、MPIでの研究を希望する世界中の学生から多数の応募があります。採用された応募者は、International Max Planck Research Schools (IMPRS)[参考3]で研究を行うことができます。現在、協会の各研究所に設置されているIMPRSは65にのぼり、提携大学と協力して若手研究者に体系だった博士課程プログラムを提供しています[参考4]

MPIが最重要視しているミッションの一つが、博士課程の研究者の職業訓練です。IMPRSが提供する研究機会を通して、博士課程の学生は十分な研究スキルを身につけていきます。例えば、固体化学物理学研究所では、2名の監督研究者(MPIから1名、提携大学から1名)のもとで共同研究プロジェクトに従事します。固体化学物理学研究所は20カ国以上から才能溢れる博士課程の学生をリクルートしており、これが多文化的でオープンな学習環境につながっています。

MPIがキャリア開発を重要視する理由

資料画像2

トゥービンゲンにあるMPI生物学研究所の藻類発達・進化研究所のラボで働く研究者。画像提供:MPG

若手の研究者に優れた研究環境を提供することこそが、彼らが将来、研究者としてのプロファイルを構築していくための最善のステップだと、MPIは考えています。ですが、研究者として優秀なだけでは、競争の激しいアカデミアや企業で成功できるわけではありません。若手研究者が、キャリア初期に正しい選択ができるように、協会では一人ひとりのニーズにあわせて、私生活とキャリアの両面から、将来を見据えた戦略作りをサポートしています[参考5]。彼らがMPIで過ごす時間は限られていますが、その時間を最大限に活用し、アカデミア内外での次のステップに向けての準備をお手伝いしています。

協会全体と各研究所が連携してサポート

資料画像3

「キャリア・ステップ」イベントで語らうポスドクや研究者。画像提供:Judith Wallerius(MPG)

Planck Academyは協会全体として、対象グループに特化したキャリア展開をサポートしています。同時に、ほぼ全ての研究所でソフトスキル・セミナーを提供しています。これは、若手研究者が研究分野以外での人間的なスキルを学ぶためのものです。固体化学物理学部門では、若手研究者が自らこうしたセミナーを主催しています。

また、Planck Academyは各研究所が提供するプログラムを補足する形でコースを提供しており、若手研究者はさらに広範囲のトレーニングや指導を受けることができます。Minerva FemmeNet[参考6]と呼ばれるプログラムは、協会本部が運営する若手研究者向けのメンター・プログラムです。このプログラムでは、経験豊富な女性の科学者が、若い女性の研究者を指導します。ネットワーキング・イベントやミートアップの機会を通して、女性研究者が各分野で、安心してサポートを受けながら成長していく機会を提供します。最後に、Career Steps for Postdocs in Academia & Industry[参考7]というプログラムは、Planck Academyがドイツの有名大学と共同で主催する、全ポスドクを対象とした1年に一度のイベントです。この終日イベントでは、ポスドクの研究者がアカデミア内外でのキャリアの機会について幅広い情報を得ることができます。

各研究所の人気のキャリア開発イベント

博士課程の学生とポスドク研究者の双方をサポートするため、各研究所が仕事への応募方法、リクルーティングの仕組み、契約、トレーニング、キャリア展開やキャリア変更等、若手研究者が就職に向けたステップを学ぶcareer eventsも主催しています。固体化学物理学研究所では、学生の代表がキャリア開発に関するセミナーや、博士号取得後に自分のスキルを把握するためのイベントを主催しています。キャリア開発をサポートするスタッフは、若手研究者がこれらのイベントに出席し、研究職に進む同僚だけでなく他のキャリアを選ぶ同僚とも交流するように促しています。そうすることで、若手研究者は様々なキャリアパスがあることを肌で理解し、どの方向性が自分に合っているのかを考えることができるのです。

生物学研究所には独立した研究者サポートチームがあり、若手研究者のためのトレーニング・プログラムやキャリア開発ワークショップを提供しています。 例えば、トゥービンゲンにあるMPIとフリードリック・マイシャー研究所(Friedrich Miescher Laboratory)が共同で、分野の功労者を招いたセミナー・シリーズDistinguished Speaker Seminarを開催しています。このシリーズでは、外部からの講演者と協会内の講演者が交代で、自身の研究について講義を行います。参加した若手研究者は講演者と1対1で話し、講演者の研究や研究結果について議論することができます。

生物学研究所が毎月開催するCareer Seminar Seriesでは、アカデミア以外のキャリアに進んだ生命科学の博士課程の学生や卒業生が、自らのキャリアについて話します。アカデミア以外のキャリアに興味がある若手研究者にとっては、自分たちと共通するバックグランドを持つ卒業生の体験談を聴くことはとても有益です。

Curiositasと呼ばれるセミナー・シリーズも提供されています。これは固体化学物理学研究所の学生の代表者が主催するシリーズです。このイベントは業界やアカデミアの専門家や卒業生を招待し、多様なトピックについて話を聴きます。トピックは研究関連に限らず、例えば、ある建築家は、認知症患者の安全性を考慮した病院設計を行った体験談を話したりしました。キャリアをどのように展開したかについて、卒業生から具体的な話を聴くことで、自分のキャリアを必ずしもアカデミアや研究分野に絞らなくてもよいということを知るきっかけになります。

キャリア開発イベントやワークショップに対する反応

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「キャリア・ステップ」イベントで耳を傾ける若い研究者たち。画像提供:Matthias Franke(MPG)

キャリア開発イベントやワークショップは、博士課程の学生やポスドク研究者の間で好評を博しています。 イベントをよりよいものにするためにはどうしたらよいかといったアンケートに対する回答率も高く、若手研究者が期待しているものは何かを理解する上で役立っています。アンケートによると、若手研究者は補助金の応募書類の書き方や研究論文の書き方、卒業生の経験談等のトピックに特に興味を持っているようです。

MPIで学ぶことの利点

MPIの化学物理学研究所の卒業生は、身につけたスキルを武器に多様な選択肢から職業を選ぶことができます。例えば、ドイツ最大手の半導体企業には、物理学や化学で博士号を取得した卒業生に適したポジションがいくつもあります。10年前は、研究分野によっては博士号取得後にアカデミア以外の仕事に就くことは、珍しかったと思います。MPIの固体化学物理学や生物学研究所のように、研究主体の組織が博士課程の卒業生に科学分野以外での可能性を探るように後押しすることは、新しく良い変化だと考えています。

キャリア開発イベントを最大限に活用し、社会で活躍する研究者や卒業生

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MPIのトゥービンゲン生物学研究所の研究者。画像提供:MPG

キャリア開発イベントに出席した後に、アカデミア内外での就職に成功し、現在、第一線で活躍している研究者や若手研究者が数多くいます。ある固体化学物理学研究所の博士課程の卒業生は、現在、自動車業界で仕事をしています。彼は最近研究所を訪れ、博士課程の学生やポスドクに向けて、産業界でのポジションに目を向けるようにとの講演を行いました。また、生物学研究所の若手研究者も、満足度の高い仕事に就いています。

キャリア開発イベントが就職に直接役立ったかどうかを判断するのは難しいですが、MPIで学び、研究した経験や、キャリア・イベントに参加した経験が、彼らのキャリア・サクセスに総合的に貢献していると、我々は考えています。

博士課程の学生及びポスドクのキャリアを強化するイニシアティヴ

固体化学物理学研究所は、若手研究者のニーズに応じてキャリア開発イベントの対象となるトピックの範囲を広げていく予定です。また、生物学研究所では、ポスドク主催のシンポジウムや、ポスドクを対象としたシンポジウムを計画中です。ポスドクが自ら主催するカジュアルなキャンパス外イベントやミートアップ等も計画中です。また、キャリア開発ワークショップでは、サイエンス・コミュニケーション等のトピックを随時追加していく予定です。

キャリアに対する心構え

将来、自分が科学分野に進みたいのか、アカデミアに進みたいのか何度もよく考えてみてください。早いうちに方向性を見極めることで、自分のゴールに向かってよりよいキャリアプランを練ることができます。また、研究者も学生も、第一希望のキャリアプランが上手くいかなかった場合のプランも考えておくことが大切です。アカデミア以外でのキャリアの可能性についてもオープンでいてください。MPIのキャリア開発イベントは、こうした心構えを高める点で非常に役立つものだと思っています。

本記事の参考資料、関連するサイト

本記事で紹介する取組一覧

取組名 コンピテンシー
Planck Academyにおける取組

ソフトスキル・セミナー

Minerva FemmeNet

Career Steps for Postdocs in Academia & Industry

各研究所における取組

career events

Distinguished Speaker Seminar

Career Seminar Series

Curiositas

取材日:2022年2月

取材協力:カクタス・コミュニケーションズ株式会社

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