本事例は、プログラムフレームワークの上記のコンピテンシーに関連しております。
ポスドク研究者等のキャリアの初期にある研究者は、その後のキャリアを左右する重要な時期にいる。しかし、博士号こそ取得しているものの、正規の大学教員ではないポスドクの位置づけは曖昧である。米国においてもポスドクの先行きは不透明で、意に反してアカデミア(学界)を去るケースも少なくはない。そうした悲劇を避けるために、ポスドクがキャリアのチャンスを掴み、成長を支える適切なサポートが不可欠である。NPAの事務局長/CEOであるトーマス・P・キンビス弁護士と、事業及びマーケティング部門マネージャーのエイミー・ウィルソン氏は、確固たる信念を胸に、キャリアの初期にある研究者たち(特にアカデミアに対して疎外感を持つポスドクや困難な状況に置かれたポスドク)の権利を守る活動に従事してきた。NPAにおける献身的なサポートについて、キンビス氏とウィルソン氏にお話をうかがった。
全米ポスドク協会(National Postdoctoral Associations: NPA)[参考]は、ポスドク研究者を支援する米国の非営利団体である。DEI(Diversity, Equity, and Inclusion:多様性、公平性、受容)に尽力しながら、ポスドクとしての経験をより豊かなものにし、将来に向けた能力開発のための支援を提供している。
NPAは、ポスドクが自らの能力開発において必要不可欠なスキルを身につけられるように、様々なプログラムを用意している。主なものとしては、分野の専門家を招いたウェビナー、ポスドクのためのガイドブックやツール・キット等の制作、NPA Annual Conferenceの主催等がある。
2022年1月には、SmartSkillsという1年間の会員向け無料コースを開始した。このコースは多様な角度からポスドクの人生を豊かにすることを目的とし、リーダーシップ、コミュニケーション、ウェルネスやメンタル(心身の健康)の向上等のトピックで講義を提供している。
また、NPAは、疎外感を抱くポスドクに対し、彼らが受ける権利のあるリソースや機会を提供するIMPACT Fellowship Programを立ち上げた。このプログラムには多様なバックグラウンドをもつ様々な専門分野のポスドク12名が参加し、互いの経験を共有やリソースの交換等を行い、2022年4月に初年度のプログラムを実施した。
トーマス・P・キンビス(Thomas P. Kimbis)弁護士は、NPAの事務局長/CEOを務めている。大手貿易協会を率いた経験の他、米国政府の複数の部門の運営サポート、チャリティや教育基金の運営監督等も務めてきた。米国エネルギー省の職員を務めた経歴も有している。
エイミー・ウィルソン(Amy Wilson)氏は、NPAの事業及びマーケティング部門のマネージャーを務めている。NPAの知名度を向上させるためのマーケティング戦略の開発や日々の運営業務を担当しており、NPAで10年以上にわたるキャリアを有している。
NPAはポスドク関連の部署や団体と密接に連携し、ポスドクとしての体験をより豊かなものにすることを目指している。画像提供:NPA
キャリアの初期にある研究者が将来的なキャリアのプランを立てるためのリソースは数多く存在しています。ですが、若手研究者はそうした情報があることを知らない可能性もありますし、キャリアに役立つ情報を積極的に探していくためのサポートがない場合もあります。これは、特に米国外出身の研究者や不利な条件に置かれた研究者が直面する問題です。
NPAが設立された2003年当時、大学院生や教授のニーズに焦点をあてた組織はたくさんありました。ですが、博士課程修了者のニーズに焦点をあてた組織はまだ少ない状況でした。そのギャップを埋め、ポスドクのために彼らが直面する問題を見極め、彼らと情報を共有し、サポートしていくためにNPAが設立されました。
最近NPAは事業戦略を見直して、組織として4つの柱を設定しました。1つ目はポスドクの代弁者として対外的に権利擁護活動(アドボカシー)を行うこと、2つ目はポスドクにおけるDEI(Diversity, Equity, and Inclusion:多様性、公平性、受容)を推進していくこと、3つ目はNPA会員のサポートを重要視し、彼らの成功を支援するツールを提供していくこと、4つ目はNPA内部で運営業務の効率化を推進していくことです。
NPAはDEIに真摯に向き合い、疎外感をもつポスドクのニーズに応えるべく、継続した努力を行っている。画像提供:NPA
NPAのチームは、ポスドク及びポスドクをサポートする研究機関の関連部署に対してサービスを提供しています。現在NPAには、23,000名のポスドク及び米国内の230の研究機関が登録しています。中心的なコアチームの他にボランティア委員会があり、多くのボランティアがNPAを背後で支えています。ボランティアのチームは各分野の専門家とポスドクから構成され、ポスドクのボランティアたちは自分の時間を割いて他のポスドクをサポートしています。
NPAは、特に、所属する大学外にネットワークを広げたいと考えるキャリア初期の研究者のサポートに重点を置いています。こうしたポスドクの中には、米国外出身で疎外感を感じているポスドクや、自分が育ったバックグランドのために所属大学に自分の居場所がないと感じているポスドク等も含まれます。また、キャリアについてのアドバイスを求めているポスドクや、リーダーシップのスキルや“smart skills”を磨きたいと思っているポスドクもいます。
NPAはポスドクに提供するサービスは、主に以下の3つに分けられます。1つ目はインタラクティブなウェビナーの実施です。NPAは毎年会員のニーズについてアンケートをとり、提供する能力開発支援サービスの内容に反映させています。
2つ目はキャリア初期の研究者がキャリア開発プランを練り、スキル向上を目指す上で役立つガイドブックやツール・キット等の提供です。
3つ目はNPA Annual Conference です。この会議は、米国のポスドク・コミュニティーのメンバーがお互いに知り合う機会を提供することを目的としています。
NPAが運営するウェビナーは、若手研究者の将来に向けたキャリアやキャリア開発プラン作りを手助けする目的で、幅広いトピックをカバーしている。画像提供:NPA
IMPACT Fellowship Programは取り上げられる機会の少ないマイノリティのポスドクを対象とし、ポスドクとしての体験を実りあるものにするためのサポートを行う他、必要なリソースへのアクセスを提供し、研究活動で直面する問題解決の手助けをしている。画像提供:NPA
NPAはポスドクが自らのキャリアに関する決断を下し、キャリア・ゴールに即した最適の道を選択できるように、様々なテーマのガイドブックやツール・キットを制作している。画像提供:Shutterstock
—多様なテーマに関するウェビナーの実施—
NPAは年間を通して、前述の3つのサービスを中心に様々な活動を行っています。専門家としての能力開発に加え、個人としての成長や向上を目指すポスドクの関心に即した、多様なテーマに関するウェビナーを実施しています。
2022年には、SmartSkillsを開始しました。これはNPAメンバー対象の無料のトレーニング・プログラムで、毎月、各分野の専門家がオンラインで講義を行い、会員がリーダーシップやパブリック・スピーキング等のスキルを身につけられるよう支援しています。また、キャリア初期にある研究者にメンタルヘルスやウェルネス(心身の健康)を維持するスキルを身につけてもらうのも、一つの目的です。2022年3月現在、SmartSkillsには600名が登録しており、NPAの歴史の中でも最大の参加者数を誇るプログラムとなっています。
NPAにはまた、困難な状況に置かれているものの、少数派ゆえに取り上げられる機会の少ないマイノリティ出身のポスドクを対象としたIMPACT Fellowship Program と呼ばれるプログラムがあります。このプログラムでは、彼らが直面する問題を理解するために、NPAが一人ひとりとお互いに顔を見ながら交流する機会を設けています。NPAは本プログラムに賛同して、ポスドクが関連する分野でのDEIを促進する大学、研究機関、慈善活動組織、企業等のスポンサーを随時募集しています。
—様々なテーマのガイドブックやツール・キットの制作—
NPAはサービスの一環として、ポスドクが自らのキャリアにおける目標に即した決断を下し、最もふさわしい道を選択できるように、様々なテーマのガイドブックやツール・キット等を制作しています。ガイドブックの多くは、現在NPAに所属するポスドクのニーズに基づいてNPAが自ら制作しています。これらのガイドブックは、様々な研究機関でポスドク対象の部署やポスドク協会を設置するきっかけにもなっています。ガイドブックの中には、制作費用が補助金でサポートされているものもあり、最近制作された妊娠・育児休暇に関するガイドブックは、米国国立科学財団(National Science Foundation(NSF))の女性研究者支援補助金(ADVANCEプログラム)の一環として制作されたものです。
NPAが制作したガイドブックのうち、最も重要なものの一つがIndividual Development Plan(IDP)に焦点をあてたガイドブックです。キャリア初期の研究者は、能力開発のための具体的なプラン作りが必要です。多くの場合、そうしたプランはIDPに沿って具体化されていきますので、IDPはポスドク自らが望むキャリアにあった計画を立てていく上で不可欠なツールといえます。IDPを活用してキャリアプランを考えることで、PI(主任研究員)やメンターだけに頼るのではなく、自分自身でキャリアの方向性を理解して検討していくことができるようになります。IDPは、実験室や職場という範囲を超えた大きな視点での行動指針を提供するという点で、非常に大切です。今後数年間にわたって、ウィルソン氏が先頭に立ち、IDP関連のガイドの更新やウェブサイトの立ち上げを進めていく予定です。
—ポスドク同士が知り合う機会を提供する会議の開催—
NPAがその活動でもう一つ重要視しているのが、ポスドク同士が知り合う機会を提供するNPA Annual Conferenceです。2021年の会議は初めてバーチャル・プラットフォームで行いましたが、参加者の人数が倍増しました。2022年にはハイブリッド形式で実施して、対面でのイベントを4月1〜2日にシカゴで開催し、4月28~29日にはバーチャル会議(NPA Virtual Conference)を、世界中の参加者を対象にオンラインで開催しました。バーチャル会議はNPAのミッションである「公平性」に即したもので、対面での会議に出席するリソースをもたないポスドクや国外にいるポスドクも参加できるようになりました。NPAでは現在、このバーチャル会議の他にも、ポスドクが孤立しないような方策がないか模索しています。
繰り返しになりますが、NPAの主要なミッションは、疎外感をもつ研究者や困難な状況にある研究者のニーズに対応することです。アカデミアはいまだに「多様性、公平性、受容」に欠ける部分がありますので、これは重要な取組です。NPAはSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics:科学、技術、工学、数学)及びSBE(Social, Behavioral and Economic Sciences:社会科学、行動科学、経済学)分野の女性研究者に対するサポートで大きな躍進を遂げてきました。2021年に開催した第1回のGender Equity Summitには多くの組織が参加して、ノンバイナリーを含む全てのジェンダーの研究者を対象に発表を行いました。このサミットは、NPAがジェンダーに対して多様な立場をとる研究者との会話を図り、彼らが直面する障壁を理解して、彼らの能力開発に必要なリソースを見極めるよい機会となりました。
ジェンダー平等に関しては、NPAがElsevier Advancing Postdoc Women Clearinghouseから補助金を得たことで、オンラインのガイドブックにNPA会員がより容易にアクセスできるようになりました。Elsevier Clearinghouseは多様な協会や職業団体が作成したリソースを掲載していますが、現在ではNPAの出版物も一緒に掲載されています。
NPAがポスドクに提供する推奨事項やガイドラインは、160以上の研究機関でも採用されています。NPAのパートナー組織は、NPAのガイドブックやツール・キット等を参考資料として取り上げることはもちろん、そうした資料をキャリア初期の研究者に勧めています。
IMPACT Fellowship Programについても、ポスドク関連コミュニティから積極的な参加者があり、大きな成功を収めています。2022年にはこのプログラムをさらに発展させ、参加者や参加する組織数を拡大する計画です。
多数のボランティアがNPAを支えてくれているのは、NPAが優れたサービスを提供していることの証だと考えています。
NPAは基本的に、現在ポスドクである研究者に焦点をあてています。ポスドクのポジションは流動的で、新しいメンバーがポスドクのフェローシップに採用される一方、以前からいたメンバーは他のポジションへと移っていきます。ポスドク研究者の継続的かつ変化していくニーズに対応するため、NPAのリソースは現在の会員のニーズに焦点をおき、彼らが今後のキャリア展開に向けて確実に準備万端の状態で臨めるよう努力しています。NPA会員数が増えているのは、こうした取組の効果を示す証でしょう。また、NPA会員の多くは大学を通して入会しており、大学がNPAをキャリア初期の研究者に紹介しているのも、NPAに対する評価を物語っているといえます。
NPAのミッションの成功度を測るもう一つの目安として、NPAがこれまで得た補助金があげられます。NPAはNSFの補助金を含む多数の補助金を獲得しています。また、NPAのミッションに賛同し、ポスドクの成功に貢献したい企業組織も、パートナーとして参加してくれています。
キャリア初期の研究者の生活は楽ではありません。アカデミアで仕事を続けるべきか、産業界での仕事を探すべきか等、難しい決断をくださなければならないことが多々あります。そうした人生の帰路に立った時、最も大事なことは、自分の情熱に従うことと、新しいメンターを受け入れるオープンさを持つことだと、NPAは考えます。
ポスドクの中には、外部からの圧力や家族の希望で、研究分野を選ぶ方もいます。自分が人生で何を求めているのか、自分が本当に何をしたいのか等を考えずに決断してしまうこともあるかもしれません。ですが、研究者として成長する一番の近道は、自分が夢中になれる対象を選ぶことです。
次に大切なことは、新しいメンターも柔軟に受け入れる姿勢です。メンターは、アドバイス次第で若手研究者のキャリアを左右する、重要な存在です。現在、NPAは実績のある優秀なメンターの数を増やそうと努力しています。
また、ポスドクの方たちには、仕事に集中し過ぎることが、必ずしも良い結果につながらないということを肝に銘じていただきたいと思います。プロフェッショナルとしての成長のためだけでなく、人間としての成長のためにも、時間を投資してください。大学やPIにも協力を仰ぎ、こうした生活習慣をなるべく早く身につけることが重要です。
そして、自分が所属する大学が提供するリソースを把握して、最大限に活用してください。もしそうしたリソースが利用できない場合、何が障碍になっているのかを見極めて、適切な対応方法を探してください。他の若手研究者とリソースに関する情報を共有し、お互いに協力し合うことも大切です。
最後に、若手研究者と所属組織の両方が頭に入れておくべきことがあります。それは、PIは必ずしもポスドクの能力開発の重要性を理解しているとは限らないということです。大学だけでなくPIも、若手研究者の能力開発プロジェクトの必要性をしっかり理解することが肝心です。専門的な能力の開発はポスドクの仕事の一部であり、彼らの仕事の一部として正式に組み込むべきだとNPAは考えます。併せて、ポスドクの能力開発の重要性について、PIに教育する機会を設ける必要もあります。ラボメンバーが専門分野の能力開発プログラムに参加すれば、結果的には研究室のためになることをしっかりと伝え、ポスドクの能力開発が研究の妨げになるのではないかというPIの懸念を払拭することが重要です。
ご質問がある方は、直接 contact[at]nationalpostdoc.org までご連絡ください([at]を@に変更してください)。
取組名 | コンピテンシー |
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SmartSkills |
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IMPACT Fellowship Program |
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Individual Development Plan(IDP) |
取材日:2021年12月
取材協力:カクタス・コミュニケーションズ株式会社