海外事例 中国科学技術大学(中国)

連携と支援、国際化を通じた科学技術振興
—中国科学技術大学(USTC)の国際化促進—

本事例は、プログラムフレームワークの上記のコンピテンシーに関連しております。

創立から60年を迎えたUSTC。世界でも有数の研究機関へと発展を遂げたカギは、積極的な国際化促進により、科学の才能を育む力にある。USTCの蔡一夫教授は、著名な粒子宇宙論(COSPA)グループを率いるかたわらFuture Scientist Exchange Program(FuSEP)とVision, Internationalization, Study, Think, Aspiration(VISTA)という、2つのプログラムを主導している。若手研究者養成の重要性と、そのための効果的なプログラムを開発する方法について、蔡教授にお話をうかがった。

機関について

中国における科学研究者の「ゆりかご」である中国科学技術大学(USTC)[参考1]は、1958年に設立された。5つのキャンパスに2,047名の教員と16,245名の学生を抱えるUSTCは、世界の科学技術をリードする拠点の一つである。

研究者育成の取組について

USTCには多くの研究者養成プログラムも存在する。世界中の若手研究者が集って最新の科学を学び、互いに協力して国際的な経験を積むFuture Scientist Exchange Program(FuSEP)[参考2]もその一つである。プロジェクトを率いる同大学の蔡一夫教授は、中国国内において国際的な経験を積むための支援を行うVision, Internationalization, Study, Think, Aspiration(VISTA)program[参考3]にも関わっている。これらのプログラムは、多くの共同研究の成功とともに研究者の育成も促し、世界でのUSTCの評価を向上させた。

インタビュイーについて

蔡一夫(Yi-Fu Cai)教授[参考4]は、USTCの粒子宇宙論グループの責任者を務める天文学者である。高校時代にThe School of Gifted Youngプログラムの恩恵を受けて以来、研究者としての道を歩んでいる。現在USTCにおいて研究グループを率いるとともに、研究者の育成と大学の国際化を主導している。

Looking to the stars for answers

先ず、先生のご所属と研究内容について教えて下さい。

私の専門は物理学と天文学で、現在USTCで粒子宇宙論グループ(COSPA)[参考5]を主導しています。COSPAグループには私を含めて3名の教員と10名以上の若手研究者が所属しており、そのうち4名が海外出身です。

研究テーマは、現在の宇宙やその起源です。「我々はどこから来たのか?」という問いですね。これに答えるためには、スケールの大きな発想力が必要不可欠です。

COSPAの環境は、そうした研究のための新しいアイディアや方向性を議論したり、考えたりするのに最適だと感じています。メンバーとは常に一緒ですし、ときにはコーヒーを飲みながら議論することもありますよ。

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研究支援のプログラムの恩恵を受けた蔡教授は、今や次世代の研究者を同じように導く立場となった。 画像提供:USTC蔡教授

適切な資金援助は若手研究者の育成に必要不可欠

そもそもどうして研究者の育成が必要なのでしょうか。また、育成プログラムは研究者にとって有益だとお考えですか。

研究者として成長するためには適切な仕組みが非常に重要です。特に、キャリアをスタートしたばかりの若手にとっては、安定した環境で研究を行えることが必要です。それには、何らかの形での金銭的な支援が不可欠なのです。

私も、博士研究員(ポスドク)の任期を終えた後、The National Young Talent Programから安定的に資金を援助していただきました。COSPAグループの立ち上げは、この資金援助のおかげでもあります。

The National Young Talent Programの目標の1つは「若手研究者が研究を通し、自らのスキルについてよく検討できるようになること」です。また、彼らが将来研究者としてだけでなく、高度に熟練した職業人となることも奨励しています。

このプログラムによって養成された研究者の例を教えて下さい。

私自身が一例といえるでしょうか。というのも、私も資金援助プログラムを通じて教育の機会を得た一人ですから。

私は博士課程在籍中、著名な天文学者で現在カナダのマギル大学にいるRobert Brandenberger教授のラボで研究を行っていました。彼の指導のもとで、私は宇宙論研究の最前線に触れることができました。それを通じて、この分野における自身の評価を高めることもできたのです。

USTCのフェローシップに、発展途上国出身の若手研究者を選んでいる理由はここにあります。彼らのように才能を発揮する機会に恵まれない人材が研究活動に注力できるよう支援しているのです。彼らは既に多くの目覚ましい業績を上げていますが、近いうちにはさらなる成果が期待できると思います。

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USTCは若手研究者に支援と研究の機会を提供するフェローシップ制度も運営している。 画像提供:iGEM

1人の人間、1つの国家だけで世界の課題を解決することの限界

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VISTAでは、中国の若手研究者に国際的かつ領域横断的な経験を促し、また科学者としての学びと連携、成長を支援している。画像提供: USTC蔡教授

研究者の育成について、USTCではどんなことが構想されているかを教えて下さい。どのような活動が行われているのでしょうか。

私が関わっているものとしては、Future Scientist Exchange Program(FuSEP)というプロジェクトがあります。これは国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)との極めて緊密な連携と、毎年の支援を通じて運営されています。

FuSEPは研究者招聘プログラムの一環です。ここでは世界各地から招聘された優秀な若い研究者(注:本プログラムの対象は、USTC連携大学の学部生、大学院生となっている。)による内容の濃いブレーンストーミングを通じ、世界の諸課題を解決するアイディアを模索しています。私が関わるようになったのは3年前ですが、当時に比べるとプロジェクトの射程範囲は大きく押し広げられたと感じます。現在はパンデミックのために、全てバーチャルな空間で行われています。

また本学にはVision, Internationalization, Study, Think, Aspiration(VISTA)programという課程もあります。話は少しそれますが、中国には1978年にスタートしたThe School of Gifted Youngというものがあります。当時の中国は国内の発展のため、多くの才能ある研究人材を必要としていました。その人材の育成の場に選ばれたのがUSTCでした。 USTCでは、学生に先ず基礎科目を通じて学術面での基礎を作ってもらいます。その上で、より専門的かつ学際的な分野へと進んでもらうのです。

VISTAはこれにならい、才能ある若者の学び舎を目指しています。具体的には国内の若手研究者を対象に、豊富なインターンシップ等を提供しています。またJSTとは共同して「さくらサイエンスプログラム」[参考6]と呼ばれる連携企画を実施しています。これは東京大学や京都大学等に若手研究者を招待し、国際的な経験を積んでもらうことを目的としています。

これらのプロジェクトを始めたきっかけを教えて下さい。

大きな理由として、USTCの国際化を支援することが挙げられます。パンデミックや地球温暖化等の課題は、国境や国を跨いで起こります。これらの問題に対処するためには、明晰な思考だけでは足りません。異なるものの見方や視点も必要となりますが、それらは国際化を通じてのみ得られるものです。

VISTAについていえば、50年前USTCは国際的には無名の存在でした。それが今や、世界のトップ100大学の1つになりました。1人の人間、1つの国家だけでは何も成し遂げることはできません。科学技術の分野で成果を上げたいのならば、世界の舞台に立つ必要があるのです。

これらのプロジェクトの予算について教えて下さい。

予算額はその時々によって変わります。プロジェクトの初年次には研究者の登録人数は10名ほどでしたが、現在は年々予算が増えてきています。

今年はパンデミックにもかかわらず、約100名もの若い研究者がオンラインでのサマーキャンプに参加してくれました。サマーキャンプは2件開催しましたが、1つは物理学について、もう1つは生物学と医学と人工知能がメインテーマでした。いずれもオンラインイベントで、予算総額は約50万人民元(およそ900万円)相当でした。

USTCからの支援の内容について教えてください。

大学が運営するフェローシップ制度からの出資がメインですね。海外からの客員教授の招聘や、FuSEPで学ぶ若い研究者や訪日する研究員のサポート等がこれによってカバーされています。また中国国内にいる若手研究者向けの海外留学の援助にも使われています。

研究支援プログラムを通じ、広い視野の涵養を促進

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国際的な経験を経た若手研究者が母国に戻り、科学研究とイノベーションを主導できるようになることが求められている。画像提供: USTC蔡教授

これらのプロジェクトは研究コミュニティにどのような影響を与えましたか。

FuSEPは設立から約7年、VISTAは2、3年程度の「若い」プロジェクトです。ですから研究コミュニティへの影響については、まだわかっていないことが多いです。ただ、プログラムを経験した若い研究者の多くはその後も順調にキャリアを積んでいます。

例えば、VISTAの修了生の一人は、25歳の若さで材料科学・物性物理学の分野での重要な発見をしました。また、私の知っている若手研究者には、HuawayやCambriconのような企業の中心メンバーとして、産業界で活躍している人もいます。

私の同僚の多くも、プログラムが大いに成功していると考えているようです。将来的にはさらなる成功例も出てくるでしょう。

大学の所在する安徽省合肥市から支援が受けられているのも非常に幸運なことです。これは合肥市の開発計画においてUSTCが大きな役割を果たしていることによって実現しています。こうした公的な支援も、将来に渡る研究者育成のために必ず役立つことと信じています。

科学に存在しない国境

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助成金やフェローシップ、褒章等の支援は、若手研究者の成長ひいては科学の革新と教育を進めるために不可欠だ。画像提供: USTC蔡教授

研究者を支援する様々なプロジェクトが、研究者のキャリアやUSTC全体の研究環境にどう影響したか教えて下さい。

一つ挙げられることとして、我々自身が若手研究者から多くの利益を得られるようになった点があります。

私のグループに、エリート教育を受けたある若い研究者がいました。ある時、彼はUSTCの研究支援プロジェクトによって海外に行く機会を得ました。帰国後、彼と私はCOSPAグループでいくつかの研究を行いましたが、自発的な意欲があったおかげで、特に監督指導する必要はありませんでした。現在、彼はプリンストン大学の大学院で、ある著名な科学者のもと研究を進めています。

別の教え子は、ケンブリッジ大学の博士後期課程に在籍しています。イタリアの国立核物理研究所(INFN)や、東京大学に移った者もいますが、いずれも研究チームの主要メンバーとして活躍しています。また、現在私のグループに在籍する国外出身の若手研究者のうちの3名はパキスタン出身の女性です。彼らはUSTCでの研究を通じ、自身の才能を伸ばす機会を得ています。

このように海外に巣立った中国出身の若手研究者の中には、私と同じように中国に戻る人もいるでしょう。留学生の場合であれば、自身の出身国に戻る人もいるかもしれません。いずれにしても、世界各地の科学技術の発展と、生活の改善に貢献することができます。かつての中国がまさにそうだったわけですが、たとえ戻ってくる研究者がごく数名でも、その国の研究開発の風景は一変するのです。国家には国境がありますが、科学に国境はないということです。

若手研究者の無限の可能性

大学で研究者育成プロジェクトを企画したい研究者や、そのプロジェクトを確立したい大学・団体に対してアドバイスをいただけますか。

科学技術における国際協力は、世界のどの大学でも目標とされるべきことでしょう。ただ、それを実現するには正しいサポートが必要です。本学で実施しているプロジェクトは、全てUSTCフェローシップの支援のもと行われています。ですが、ここで私たちが受けている支援はそれだけに留まりません。

先ほど申し上げたように、私のグループの若手研究者にも産業界で活躍している人がいます。数年前のことですが、USTCのある若手研究者が「会社を立ち上げたい」と言ったところ、地元政府が「お金の心配はしなくてよい。投資は私たちがやるから」と言ってくれたのです。技術開発に集中することができたおかげで会社は急成長を遂げ、国際的にも著名な企業になりました。その結果、他の海外企業もこの街に集まるようになり、若手研究者にインターンシップの機会を提供してくれるようになったのです。

本記事の参考資料、関連するサイト

本記事で紹介する取組一覧

取組名 コンピテンシー

Future Scientist Exchange Program(FuSEP)

Vision, Internationalization, Study, Think, Aspiration(VISTA)program

取材日:2021年11月

取材協力:カクタス・コミュニケーションズ株式会社

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