海外事例 スクリプス研究所(米国)

アメリカの未来の科学を支援
—スクリプス研究所(Scripps Research)が取り組むプロフェッショナル・メンタリング—

本事例は、プログラムフレームワークの上記のコンピテンシーに関連しております。

米国においても、大学院生や若手研究員は大学院や博士課程で激しい競争にさらされ、キャリア開発の選択肢を模索する機会を失っている。Scripps Researchプロフェッショナル・ディベロップメント及びアカデミック・サービス担当シニア・ディレクターのライアン・ウィーラー氏は、この問題を早くから認識し、若手研究者に対し、個別のキャリア支援、カウンセリング、ガイダンスを提供することに力を注いできた。Scripps Researchにおけるキャリア開発の取組について、ウィーラー氏にお話をうかがった。

機関について

スクリプス研究所(The Scripps Research Institute)[参考1]は、世界で最も影響力のある研究機関の一つとして名高い。Scripps Researchの2つのキャンパスには、ノーベル賞受賞者を含む2,400名以上が在籍し、科学界への影響力ランキングでは、米国で1位、世界で2位を獲得している。

研究者育成の取組について

Scripps Researchは生命科学分野を牽引する研究所として、医学分野におけるブレークスルー創出の加速と、人類のウェルビーイング向上を目指している。所属する研究者たちは、喫緊の健康問題の解決に向け、独創的なアプローチで研究を行っており、次世代をリードする科学者を育成するための大学院生向けプログラムも提供されている。

インタビュイーについて

ライアン・ウィーラー(Ryan Wheeler)氏[参考2]は、Scripps Researchのプロフェッショナル・ディベロップメント及びアカデミック・サービス担当シニア・ディレクターである。サンディエゴ州立大学で中等教育管理学の修士号を取得し、Scripps Researchで約18年にわたって若手研究者の雇用機会拡充に積極的に取り組んでいる。

ウィーラー氏は、全米ポスドク協会や大学院キャリア・コンソーシアムのメンバーとして活躍する他、全米の研究機関や専門家委員会で専門能力開発ワークショップを開催している。

アカデミア以外のキャリアパス開発の必要性

近年のSTEMブームを受け、多くの学生が大学院での研究やその他の研究プログラムを選択しています。そうした大学院生やポスドクたちは、自身の専門分野に貢献したいという考えを持っていて、アカデミアへの就職を唯一の目標と捉えがちです。

しかし実際には、テニュアトラックのポストの数よりもポスドクの数の方が多く、アカデミアで就職できる人は限られています。一方で、STEM分野が大きく発展したことで、産業界で働くという選択肢が増えましたが、アカデミア以外の選択肢の存在そのものを知らない若手研究者も多く、アカデミアで培ったスキルと経験を活かして産業界で活躍できるようになるためのサポートも不足しているのが現状です。このような背景から、Scripps Researchでは、若い大学院生がアカデミア以外のキャリアで活躍するためのサポートとガイダンスを提供する支援プログラムを立ち上げました。

資料画像1

Scripps Researchのキャリアサービスチームは、ポスドクのキャリア全体を通して助言を行っている。画像提供:Scripps Research

Scripps Researchのキャリアサービスチーム

資料画像2

大学院生やポスドクに対して、研究キャリアを積むための個別アドバイスも行っている。画像提供:Shutterstock

Scripps Researchのキャリアサービスチーム(以下、チーム)[参考3]は、多彩なメンバーで構成されており、ポスドクや若手研究者、大学院生のキャリア開発を、カウンセリング、キャリア探索支援、仕事につながるコネクション作り、キャリア開発、スキルアップ、メンタルヘルスサポートの紹介等、様々な形でサポートしています。

チームは、ワークショップやシンポジウム、キャリア開発セミナー等のイベントを定期的に開催する他、若手研究者やポスドクとオンラインや対面での個別面談も行っています。面談を通じて、アカデミアに残るのか、産業界に漕ぎ出すのか、あるいは他の道を進むのか等、キャリアプランの明確化を支援しています。また、個人的な問題で悩む若手研究者のためのメンタルヘルス・ウェルネス・プログラムも主催しています。このように、チームは様々なアプローチで若手研究者や大学院生のキャリアサポートを行っています。

また、Scripps Researchのスカッグス化学・生物科学大学院は、教育普及活動に熱心に取り組んでおり、高校生や学部生向けの夏季研究インターンシップ・プログラムを開催しています。Scripps Researchとしても、若い学生を対象にしたキャリア委員会のような、科学や研究の道に進んだ後のキャリアを考えるサポート活動に参画しています。

チームの活動状況:ワークショップや個別カウンセリング

資料画像3

Scripps Researchの研究者を対象に、50以上のキャリア・専門性開発ワークショップが提供されている。画像提供:Scripps Research

資料画像4

Scripps Researchの「ExCEL Program」は、大学院の研究者やポスドクを対象に、現地訪問を通じて希望する分野について知るユニークな機会を提供している。画像提供:Scripps Research

チームは、キャリア及び専門能力開発ワークショップを年間約50件開催しています。ワークショップは、チーム単独で主催する場合もありますし、所内の他部局との共同で企画することもあります。また、博士号取得者やポスドク等が、十分な情報を得た上で、自身のキャリアパスを模索・決定できるようにすることを目的に、8セッションのキャリアプランニングコースも開発しています。

Scripps Researchのキャリア開発支援活動の具体的な事例を、以下に紹介します。

アカデミアへの就職に興味がない学生に対しては、キャリア選択の幅を広げることを推奨しており、様々な外部機関と協力して、実践的かつ短期間のインターンシップのような職業体験の機会を提供しています。単位履修や研究に忙しい学生でも参加しやすいように、本格的なインターンシップではなく、1~2日のプログラムとなるよう配慮しています。

—キャリア開発支援のための実践的プログラム—

そうした実践的プログラムの一つがExCEL Program - Exploring Careers with Experiential Learningで、実験的に小規模で実施しています。5〜7名の希望者が地元企業を訪問し、質疑やパネルディスカッションへの参加等を通じて、アカデミアの外で働く感覚を養います。プログラムを通じて雇用者と交流し、雇用者側がアカデミアの経験がある人材に期待する業務に携わることで、アカデミア以外の業務で実践的な経験を得ることができます。

また、ウィーラー氏は、様々な職業を紹介する博士号取得者向けのウェブサイトInterSECT Job Simulations[参考4]活用も推奨しています。InterSECT Job Simulationsではキャリアパスのいずれかを選択し、その職業で一般的な業務タスクやプロジェクトの仮想シミュレーションを行うことができます。

Scripps Researchでは、教育とキャリア訓練をより良い形で結びつけることを目指し、委員会を設置しています。委員会には教職員や研究者が参加し、大学院生やポスドクの職業訓練やキャリア開発を支援する活動を中心に行っています。

また、アカデミア経験者ならではの強みをさらに補強する、関連領域の専門能力開発カリキュラムも設けており、アカデミア以外のキャリアに興味のある学生を対象として、科学コミュニケーション、バイオテクノロジービジネス等の選択制補助コースが開講されています。

—カウンセリングや就活のためのワークショップ—

カリキュラムと連動して行われる1対1の個別カウンセリングでは、研究者や学生自身が自分を見つめ直すことを促し、これまで囚われていたアカデミア偏重の価値観から脱却し、多様なキャリアパスを模索することをサポートしています。

アカデミアでテニュアトラックポストの獲得を目指す大学院生向けには、近隣の研究所と共同で、2日間にわたるアカデミックラボマネジメントとリーダーシップに関するシンポジウムを開催しています。このシンポジウムでは、大学院生だけでなく若手研究者やポスドク、若手教員が、研究プロジェクトや研究室を運営する能力を身につけられるよう、教授陣が支援を行っています。予算管理、研究室のリソース確保、コンフリクト管理等、7~8回のセッションで様々なトピックが取り上げられます。

研究費の獲得を目指す研究者への支援として、National Institutes of Health(NIH)やその他の助成団体の研究費や助成金に採択された申請書のデータベースも管理しており、申請を考える研究者に公開しています。また、大学院生やポスドクも評議会編集者の一員として登録することができ、査読者として他の研究者の助成金申請書等を読み、フィードバックを行うことができます。

面接、履歴書の書き方、アカデミックなポジションに就くのに必要なスキル、求人応募等の就職活動に関するスキルを身につけるための個別ワークショップや、キャリア委員会卒業生によるコーヒーチャット等の小規模なイベントも、定期的に開催しています。また、研究所のインターナショナルサービスオフィスと連携し、留学生や外国人ポスドクに特化したキャリア開発プログラムも提供しています。

研究者に対しては、キャリアプランニングツールであるIndividual Development Plan(IDP)を作成し、指導教員とのコミュニケーションの強化、研究活動の計画、キャリア目標の形成・管理等に活用することを奨励しています。IDPをパフォーマンス評価や目標設定のツールとして用いることで、研修の順調な進行等の効率化が期待され、受講した研修やキャリアを最大限に活かすことができます。IDPはいわゆるベストプラクティスツールとして開発されたもので、多くの機関や資金提供の場面でも要求されています。Scripps Researchでは、全ての大学院生にIDP作成を義務づけていますが、非常に役立っていると実感しています。さらに、教授陣向けのプログラムも導入し、指導する学生や若手研究者とのコミュニケーションを円滑にするために、研究室でIDPを活用するサポートもしています。

大学院プログラムのアウトリーチ・チームも、Scripps Researchのスタッフ、若手研究者やポスドクが一緒に楽しめるセミナーとしてSaturday Science[参考5]を開催しています。

キャリアサービス利用者の高い満足度

キャリアに対する意識の変化や、大学院生とテニュアトラック職の数の不均衡等から、理系博士のキャリアは、多様化しつつあります。チームでは、アカデミアから離脱することに対する社会的なスティグマを軽減し、若い研究者が自分の興味に従って新たな分野に羽ばたくことができるよう、サポートに努めています。

チームでは、どのような支援が有効かを把握するために、膨大な調査データを収集・モニタリングしています。個別セッションについても、サービス利用者が記入した匿名のフィードバックフォームを基に評価を行っています。

これまでのところ、チームが提供している支援サービスは、非常に高い評価を得ています。特に評判のよい支援サービスは、面接や履歴書の書き方といった産業界での就職活動スキルです。また、アカデミアでの就職活動スキルも同様に評価が高く、実際、多くの研究者がテニュアトラック職を得ることに成功しています。助成金申請書類の書き方等の科学の専門性に関するスキルや他機関との共同研究も、高く評価されています。

Scripps Researchの強みとしては、他にも、国際的な共同研究とアクレディテーション(アメリカの高等教育における質保証制度)を受けていること等が挙げられます。中でもスカッグス化学・生物科学大学院は、オックスフォード大学等の一流研究機関と連携する世界的に有名な研究機関でもあります。

キャリアサービスの効果

これまでに、キャリアサービスの利用者は、著名な研究機関のテニュアトラック職だけではなく、政策関連職、医学・科学分野の執筆業、特許申請代行業、雑誌の編集職、医学界の渉外担当職等のポジションに就いています。製薬会社やバイオテクノロジー企業といった産業界での科学関連職は、依然として最も人気のある選択肢となっています。

これまで多くの大学院生が就職に成功し、Scripps Researchを巣立つのを見届けてきました。ウィーラー氏は「若い研究者が就職活動の成功を報告し、励ましのメッセージを残してくれることが、この仕事のやりがいです」と顔をほころばせます。

プロフェッショナルキャリア開発サービスの未来

チームは、若い研究者に向けて次のような提言を行っています。

生命科学分野の大学院生やポスドクを対象とした専門的なキャリア開発リソースを持つ研究所の数は、以前よりも増加したものの、まだ十分ではなく、研究機関や大学によって、メンター制度、リソース、サポートサービス、方針、配属先等は大きく異なるため、どこで、誰のもとでトレーニングを受けるかについては、一人ひとりが十分な情報に基づいて決断することが必要です。

また、興味のある分野の人たちと積極的に交流することも重要です。そのためには、複数のメンターを探す、様々な選択肢をよく検討する、積極的に機会を求める等、自分の所属する機関が提供するリソースを効率的に活用することが推奨されます。

そして、何より重要なのは、心と体の健康です。チームでは心の健康を特に重要視しており、若い研究者が相談できるカウンセラーや体を動かすための遊歩道を整備しています。さらに、ハッピーアワー等の交流イベントやその他の支援プログラムの企画を行うポスドク協会とも積極的な連携を取っています。そのような活動への参加は、心身に良い影響を与えます。また、研究室以外での生活も充実させ、バランスの取れた健康的な生活を送ることが推奨されます。

さらに、チームは、同様のキャリア支援サービスを自分の機関でも立ち上げたいと考える人向けのロードマップも示しています。

先ず、中堅以上の教員や管理職の協力者、つまりそのアイディアを支持し、推進に一役買ってくれる上級職に当たる人を見つけることが必要です。次に、他大学における若手研究者のキャリア開発プログラムや職業訓練の効果を示す科学的データを持って、管理職や指導者にアプローチしましょう。その際、IDPのような、研究助成機関が注目する要素についても言及すると説得力が増します。そして、他の研究所と方針を比較し、自分の研究所の強みを示します。これら全てと並行して、所内のコネクション作りも進めることで、強力な支援基盤を築くことができるでしょう。

大学院キャリア・コンソーシアム等のキャリア開発に焦点をあてた専門組織への参加も推奨されます。そうした組織はリソースも潤沢にあり、非常に協力的なネットワークも持っています。イベントを企画する場合には、他の研究所と共同で開催すればリソースを出し合うことができるため、より大きなイベントを行うことが可能になります。

最後に、私たちの取組が、他の研究機関や研究者の方々にとって、思いきって新たな道へ踏み出し、充実したプロフェッショナルキャリアを歩むきっかけになることを願っています。

本記事の参考資料、関連するサイト

本記事で紹介する取組一覧

取組名 コンピテンシー
アカデミア以外のキャリアパス支援の取組

ExCEL Program - Exploring Careers with Experiential Learning

InterSECT Job Simulations

科学コミュニケーション、バイオテクノロジービジネス等の選択制補助コース

1対1の個別カウンセリング

アカデミアでのキャリアパス支援の取組

アカデミックラボマネジメントとリーダーシップに関するシンポジウム

National Institutes of Health(NIH)やその他の助成団体の研究費や奨励金に採択された申請書のデータベース

面接、履歴書の書き方、アカデミックなポジションに就くのに必要なスキル、求人応募等の就職活動に関するスキルを身につけるための個別ワークショップ

キャリア委員会

卒業生によるコーヒーチャット等の小規模なイベント

留学生や外国人ポスドクに特化したキャリア開発プログラム

キャリア開発をサポートする取組

Individual Development Plan(IDP)

教授陣向けのプログラム

Saturday Science

取材日:2021年11月

取材協力:カクタス・コミュニケーションズ株式会社

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