すべての人がより健やかで
豊かに過ごすために
美しく広がる脳と向き合う

第4回 羽ばたく女性研究者賞 奨励賞 吉本 愛梨YOSHIMOTO Airi スタンフォード大学 生物学科
日本学術振興会 海外特別研究員
専門分野:神経科学

写真:吉本 愛梨 写真:吉本 愛梨

2025年10月30日掲載
*所属・掲載内容は取材当時のものです

インタビュー写真1 インタビュー写真1

#Research生理活動を
自由にコントロールして
健やかな社会の基盤をつくりたい

私が専門としている神経科学は、脳や神経がどのように働くのかを研究する学問です。脳や神経のしくみや働き、発達や病気について調べ、人の認知や行動、心の仕組みを明らかにする分野です。

例えば、私たちの体には手足のように意思を持って自由に動かせる部分と、心拍や体温といった個人の意思では制御できない部分があります。ですが、スポーツ選手は深呼吸で心拍を下げ、自らの身体をコントロールし試合に臨みます。この自分の意思ではどうにもできないはずの生理活動がなぜ制御できるのかについては、まだ詳しく解明されていません。

しかし近年「バイオフィードバック(*)」という技術により、心拍数などの生理活動も制御可能であることが分かってきました。そこで私はラットに対してこの技術を適用し、心拍フィードバックの実験系を世界で初めて構築。生理活動を制御するメカニズムの解明を可能にしました。

この研究で長期的に目指しているのは、恒常性維持(ホメオスタシス)という生命維持に必要な生理機能を正常に保とうとする働きを、分子や神経細胞レベルで理解することです。

この働きが破綻すると、摂食障害や睡眠障害が生じることがあります。こうした方に心拍フィードバックを行うと、不整脈や不安障害が改善することが分かってきました。私が目指すのは、この仕組みをより深く解明し、病気の予防や治療のみならず、健康な人がより健やかに、豊かな人生を送るための礎を築くことです。

*バイオフィードバックとは、通常は意識することが難しい身体の生理的な反応(心拍数、筋肉の緊張、体温など)を、当人に認識させることで、それを意識的にコントロールできるようにする訓練

インタビュー写真2 インタビュー写真2

#Career世界で私だけが見たかもしれない現象に遭遇
そこで包まれた高揚感に
取り憑かれている

幼い頃、一粒の薬が身近な人の心身を変えたのを目の当たりにし、薬剤師に憧れるようになりました。しかし大学の薬学科で学ぶ中で、薬剤師は臨床を通して患者さんに向き合う職種であることを知り、本当のところ研究者になりたいのかも?と気づいたのです。

そのため大学の在学中に、医学部精神科、分子生物学教室、薬学系研究科の3つの研究室で異なる研究テーマを約2年ずつインターンとして学び、大学院は薬学系研究科へ進むことを決断。大学院ではがむしゃらに研究しました。

研究に明け暮れていた26歳のある日、幸運なことに研究テーマにおいてブレークスルーとなるデータが突然取れたのです。「これは世界で私だけが見ている現象かも…」と思えた時は、とてつもない高揚感に包まれました。この時に味わったゾクゾク・ワクワク感に、今も取り憑かれています。

2025年春からは米国のスタンフォード大学でポスドクとして研究を開始。今までとは少し違う分野となる、システム神経科学を1段階深く掘り下げた「分子や遺伝子がどういう脳の状態を作り出しているか」を探る分子生物学に挑戦しています。

研究留学を決めたのは、新しい世界で自分の力を試してみたかったから。技術面では日本も全く劣らないと思いますが、研究成果の発表方法やプロジェクトの見せ方などが日本とは少し異なり、そこがエキサイティングだと感じています。

実は、私のようにシステム神経科学から分子生物学へ転向する研究者は少ないのだとか。であれば、両分野を包括的に学ぶと、脳と身体の関係性へオリジナルなアプローチができるはず。これはきっと私の強みになると信じ、日々研究を続けています。

インタビュー写真3 インタビュー写真3

#Life仮説検証の楽しさを教えてくれたのは1匹のハリセンボン

生き物大好き少女だった私は放課後に水族館へ入り浸っていたのですが、ある日飼育員さんから「そんなに毎日来るのなら育ててごらん」と誘われ、飼育ボランティアを始めました。小学3年生の夏休みに飼育員さんから1匹のハリセンボンを譲り受けると、毎日浜辺で貝を採ってはどの品種を食べるかの観察に没頭。針は本当に千本なのか調べたり、何に対して怒り体を膨らませて、どこまでなら許してくれるのかを試したりと、好奇心に駆られるがまま実験を繰り返していました。こうして大好きな生き物をきっかけに、未知の課題へ仮説を立てて検証する楽しさを知ったように思います。

大学のインターン先では、後にライフワークとなるシステム神経科学に出会いました。この学問は脳内で起こることを研究するのですが、脳を理解することは心や体の仕組み、そして個人を理解することに繋がります。

最近では脳神経細胞1つ1つを光らせて、細胞の活動タイミングを見る技術があります。活動時の脳の状態をリアルタイムで観察すると、細胞が花火のようにパチパチ光ります。細胞同士が決まった周期で共鳴し活動する様子が可視化され、脳の中に美しい世界が広がっているとわかります。

例えば怒りが爆発しカッとなるのは、脳のある部分が活性化したからです。システム神経科学を学ぶことにより、怒っている人に対して「脳が健康に働いてるなぁ」という観点で接することができ、寛容になれるのです。これは自分が感情的になった時も同様です。そう考えると、システム神経科学って私たちにとって身近な研究分野なのかもしれません。

ふと“研究者の幸せ”って何だろう?と考えることがあるのですが、自分の探求心に従って研究できることだと思うのです。今自由に研究できて幸せですし、歓迎してくれた研究室の皆さんへ感謝し、学べることは学び切ろうと目の前の実験を積み重ねています。博士課程から研究者として独り立ちしようとする狭間にいる今、自分らしい研究テーマや仕事のスタイルをしっかり模索していきたいです。

Private Photo

プライベート写真1
博士課程の戦友と
プライベート写真2
顕微鏡での脳スライス観察
左:博士課程の戦友と
右:顕微鏡での脳スライス観察

Life Journey

幼少期
ぬいぐるみ、刺繍、ビーズアクセサリーが好きで、工作や手芸へ夢中に
小学生
たった一粒の薬が体や心をも変えるダイナミックさを目撃し、薬剤師に憧れる
高校生
模擬裁判選手権に挑戦し、手元のデータから論理を組み立てる面白さを知る
大学生
インターン中にシステム神経科学と出会い、脳を理解することへ惹かれる
大学院生
新しいものをつくりだすことで生命現象を言語化したいと、がむしゃらに研究
ポストドクター
今までと違う分野の研究室を選択。自身の研究興味や仕事のスタイルを模索中

Background

2015年
湘南白百合学園高等学校 卒
2021年
慶應義塾大学 薬学部 薬学科 卒
2022年
日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2025年
東京大学 大学院薬学系研究科 博士課程 修了
2025年
スタンフォード大学 生物学科 日本学術振興会 海外特別研究員(現職)
写真:吉本 愛梨

Words for the Next Generation

研究者は素晴らしい職業です。もし女性だからとためらうことがあれば、その必要は一切ありません!研究に新しい視点や柔軟な考え方を持ち込めることって、実は大きな強みだったりします。
もしアカデミアの世界へ興味を持ち相談相手が欲しい時は、私でよければメールで連絡をください。人に伝えるだけで救われますし、人に頼ることへおっくうにならないでほしいですね。