バラバラだった点が
一枚の絵に
研究はまるでミステリー
第4回 羽ばたく女性研究者賞 奨励賞
鄭 麗嘉TEI Reika
スタンフォード大学
医学部 遺伝子学科 博士研究員
専門分野 分子生物学
2025年10月30日掲載
*所属・掲載内容は取材当時のものです
#Research生体膜のミステリーを解き明かし
、病気治療の実現へ
私の研究対象は、細胞および細胞の中にある細胞内小器官を包む「生体膜」です。1つの細胞を1つの家に例えると、家の中にキッチンや物置といった機能を担う部屋があるように、細胞の中にもさまざまな機能を担う小部屋のようなものがあります。この細胞と小部屋を隔てているものが生体膜です。
大学で超分子科学を学ぶ中、私は自然界に存在する超分子(*)のひとつである生体膜の面白さにすっかり心を奪われました。生体膜は脂質分子とタンパク質分子の集合体で、情報のやり取りや物質の輸送といった多様な機能を担っています。何千種類の脂質、何万種類のタンパク質の中から、分子の組み合わせ方や構造の違いで膜の持つ機能が変わるという多様性がとても面白くて、いくら研究してもし尽くせないものを感じたのです。
現在はスタンフォード大学の博士研究員として生体膜を人工的にデザインし、新しい機能を持たせる分子ツールを開発中です。このツールを使って、細胞や生体膜の機能や制御の仕組みを解き明かしたい。そしてゆくゆくは、本来の制御機構が乱れることで起こる病気治療の実現へ繋げたいですね。
*超分子とは、複数の分子が集まって新たな機能を獲得した分子。
#Career研究者人生は
マラソンのようなもの
自分のペースで信じた道を走り続ければいい
大学時代は分子生物学の授業が最も楽しみで、例えばコーヒーを飲むと眠気が覚めるような、体の中で起こる現象を分子レベルで理解することへ夢中になりました。21歳の時には、米国MIT(マサチューセッツ工科大学)で行われる研究コンテストに参加。タンパク質やDNAを使った分子ロボットの開発に取り組み、生体内の分子活動を制御するナノマシン(*)の存在に心躍りました。海外で研究することを意識し始めたのはこの頃です。
大学で楽しく研究に没頭しつつも、次第に女性が少ないことに起因する閉塞感を感じるように。環境を変えたいと留学へ踏み切ったのは、決してポジティブな要因だけではありませんでした。
私を迎え入れてくれた米国コーネル大学は学生の素質を伸ばすトレーニングプログラムが豊富で、私にはとても合っていたと思います。ですが、留学当初は日夜研究しても目に見える成果へ繋がらず、自信を失うばかり。そんな時、指導教官のジェレミー・バスキン先生は「あなた自身が信じるだけで、あなたはもっと多くのことを成し遂げられますよ」というメッセージを託してくださいました。その言葉に大きなエネルギーを貰ったのを今でも覚えています。そうして試行錯誤しながらも一歩ずつ成長できたおかげで、25歳で初参加した国際学会では最優秀発表賞を受賞。研究者として国際的に活動していく自信へ繋がりました。
長い研究者人生、序盤に速く走りすぎるよりも、最終的にどんなコースを走り続けたかが大切だと思うのです。みんな一見同じコースを走っているように見えて、実はそれぞれ違う道を走っている。他人と比べすぎる必要はなくて、自分のペースで、自分の道を走り続ければいい。そう信じてやってきましたし、これからもそうありたいと思っています。
*ナノマシンとは、ナノメートル(10億分の1メートル)サイズの極めて小さな機械。主に医療分野で、病気の診断や治療を目的として体内に送り込まれるものを指す。
#Life「失敗」って、
まだ誰も見ぬ景色への
入り口なのかもしれません
父は物性物理、母は材料工学の研究者で、7歳までは母の職場である研究所の宿舎に住んでいました。生まれ育った佐賀県鳥栖市の宿舎周辺は自然豊かで、2歳上の姉と伸び伸び過ごしました。身近な物を観察するのが大好きで、ビデオデッキを分解して母に叱られたことも(笑)。当時から物の仕組みを知ることに興味があったみたいです。物心がついてからは母の職場へ遊びに行き、楽しみながら研究する両親に憧れました。
幼い頃から探偵が登場するコミックや謎解きの本が大好きでした。研究中に新しいことが分かった時の興奮は、ミステリーを解き明かすような楽しさがあります。実験を繰り返すことでデータが増え、点と点が少しずつ繋がり、まるでパズルのピースが集まって1枚の絵になっていくよう-。そんな感覚が、私にとって研究の醍醐味だったりします。今は生体膜というミステリーを解き明かすことに夢中です。
研究は上手くいかないことの連続で、新しい実験は常に失敗するし、トライアンドエラーの繰り返しです。でもこの失敗こそが重要で「壁にぶつかることはチャンス」だと考えを切り替えるようにしています。まだ誰も見たことのない景色を見るための入り口なんじゃないかな?この壁を越えた先に新しい発見があるんじゃないかな?そう信じることで、前向きに研究を続けることができています。
31歳の今(2025年)、米国スタンフォード大学の博士研究員として4年目を迎えました。将来は自分の研究室を持てるよう、独立後の研究やネットワーキング活動に備えて準備を進めています。
そして最近の私にとっての大きな転機が、理解あるパートナーを得たことです。夫は研究者ではないですが、私の話に興味を持ち全力でサポートしてくれます。夫婦で協力して家事を分担することで、研究もスムーズに進められています。これからも互いに支え合いながら、長い研究者人生を歩んでいきたいですね。
Private Photo
Life Journey
小・中学生
- 転校が続いて周りと馴染めない時期も。中学校では卓球部の副部長に
高校生
- 勉強熱心な同級生に囲まれ、張り合いのある環境で勉学に励む
大学生
- 緩くても大丈夫と言われ卓球部に入るが実際はハードで、学業との両立に悩む
大学生
- 生命活動を細胞・分子レベルで理解できる「分子生物学」が好きだと気づく
大学院生
- 研究が軌道に乗り楽しくなる。試行錯誤期間が実力に繋がったと実感
博士研究員
- 博士号取得を機に学会発表や登壇依頼が来るように。研究者としての独立を意識
Background
- 2012年
- 久留米大学附設高等学校 卒
- 2016年
- 東京大学 工学部 化学生命工学科 卒
- 2018年
- コーネル大学 化学生命科学科 修士課程 修了
- 2022年
- コーネル大学 化学生命科学科 博士課程 修了
- 2022年
- スタンフォード大学 医学部 遺伝子学科 博士研究員(現職)




