未開の地を耕すような
研究を続け
世界をあっと驚かせたい
第4回 羽ばたく女性研究者賞 最優秀賞
藤代 有絵子FUJISHIRO Yukako
理化学研究所 創発物性科学研究センター
(兼)開拓研究所
極限量子固体物性理研ECL研究ユニット
理研ECL研究ユニットリーダー
専門分野:物性物理学
2025年10月30日掲載
*所属・掲載内容は取材当時のものです
#Research社会問題を解決できるような
新物質の発見を目指して
私が専門とする物性物理学は、数学、素粒子・原子核物理、化学、工学など、ありとあらゆる分野の知識や技術を総動員して研究を行い、社会そして生活の役に立つ新しい物質や物理現象の発見を目指す学問です。
例えば、40年前にセラミックス材料による高温超伝導が発見され、リニアモーターカーへの応用研究が進められています。従来は絶縁体として知られていたセラミックス材料を使い“超伝導を探索する”という突拍子もないアイデアが世界を大きく変えてきました。「そんなはずがない」という大胆な発想から世界がどんどん変わっていくことに、胸が高鳴りませんか。
私自身は、物質中における電子の振る舞い(動き)を自在に制御したいと考えています。そのために、放射光施設といった特殊な研究施設で原子の配列を調べる研究を行ったり、MRIよりもさらに強い磁場を物質にかけたり、ダイヤモンドで物質をはさんで押しつぶすことで地球内部に匹敵するような圧力をかけたりして極限環境を作りだし、その中で物質の電子の振る舞いがどう変わるかを調べる実験を行っています。
特に電子同士が激しく相互作用しあった結果、誰も予想しなかった新しく面白い機能が物質中から出てくるかもしれない。こうした “未開の地を耕す”ような実験を多くの共同研究者と協力して行っています。そしてエネルギー問題の解決へ挑戦し、物性物理学者として社会を根本的に変えるような物質を発見することを夢見ています。
#Career太陽電池の授業で心を揺さぶられ
科学の力で人類を救える
物理工学の道へ
私は宇宙図鑑が大好きな子どもでした。本に描かれた宇宙の存在を恐れながら「もっと知りたい」とワクワクして、将来は宇宙の研究者になろうと考えていました。
大学入学後、自分の専門分野を迷っていた時にたまたま太陽電池の授業を受け、科学で日常生活を良くしたいと努力し続ける研究者の存在に感動。自分も科学の力で人類を救う仕事がしたいと、基礎物理から学べる物理工学の道へ進みました。
卒業研究では、既存の理論や原理では説明できない結果を出してしまい、最初はとても落ち込みました。研究室でお世話になった先生は、多くの物理学者を輩出してきた“全員のお父さん”のような偉大な存在でしたが、データを見て「分からないからこそ、面白いんじゃないの?」と励ましてくださったのです。
正直、当時はその言葉の意味を十分に理解できていませんでした。しかし経験を重ねる中で、そのメッセージが腑に落ちたのです。分からないってことは、新しい何かが隠れている可能性もあるということ。そこで「新発見をした!」とポジティブに捉えることができた経験は、研究者として大きな一歩だったかもしれません。
博士号取得後の進路はとても悩みました。私の研究テーマは日本がリードしていて、理化学研究所には世界的に見ても優れた設備があります。テーマを変えて新天地で一から始めるという選択肢もありました。ですが「やりたいことファースト」で考え、30代は自分のアイデアを思いっきり試すチャレンジングな期間にしたいと、日本で研究を続けることに決めました。今後の目標は、この研究でコンスタントに成果を出すことです。
#Life「得意」より「好き」を選んだから
今の私がある
中学1年生の時、大学教員だった母と共に1年間渡米し、現地の公立中学校に通いました。当初全くわからなかった英語が少しずつ話せるようになった経験は、私の人生を支える大きな自信につながっています。
高校時代は英語と国語が好きで、中でも論理的な文章の読み書きが一番得意でした。そのため、将来は言語能力を生かせる職業につく方がいいかなとどこかで感じていました。しかし当時は宇宙に興味があったので理系として大学受験をしました。素粒子の研究をするなら国内トップ環境へ身を置きたいと目指した大学に現役では合格できず、浪人の道を歩むことになりました。同級生が大学生活を楽しむ姿を見ながら、必ず報われる保証もなく1年間毎日勉強し続けるのは精神的にキツかったです。ただ、18歳で辛い経験をしたことでメンタルは鍛えられ、何があっても大丈夫と考えられるポジティブ思考が身につきました。
不合格の原因はおそらく、英語が好きなあまり大学受験に不要なレベルまで極めてしまい、理系科目の勉強がおろそかになってしまったから。ですがロジックに基づく論文作成や語学力は研究者の必須スキルとして役立っていますし、浪人経験も結局は自分の糧となりました。だからこそ、好きなことを突き詰めていた当時の自分へ「自分が思うように、好きに生きたらいいよ!」と伝えたいです。
私生活では29歳で研究者の先輩と結婚し、2年後の第1子に恵まれたタイミングでユニットリーダーという責任ある役割を担うことになりました。
研究者の仕事は働き方や予定が調整しやすいこともあり、私は3カ月の産休取得のみで復職できました。もちろん育休取得も可能でしたが、現場から離れて実験が中断し研究が遅れてしまう不安が勝り、早めの職場復帰を選びました。今は研究所内の保育園へ子どもを預けて実験していますが、デスクワークを自宅へ持ち帰ることもしばしば。夫と家事・育児を分担しても毎日がハードモードで、子育てと研究の両立に奮闘しています。今の私のストレス解消法は、夜中にかわいいベビーグッズを検索すること。スマートフォンでポチポチお買い物をして自分を癒やしてから就寝、そんな毎日を過ごしています。
研究者としてはまだまだ駆け出しの立場。一人前の物性物理学者として広く認知され、多くの方と共同研究を行い、もっと成長していきたいです。
Private Photo
右:娘の生後1ヶ月のお宮参り
Life Journey
幼少期
- 両親に買ってもらった宇宙図鑑に釘付けになり、宇宙の研究者に憧れる
小学生
- 算数の成績が振るわず、自分に理系は向いていないのではと悩む
中学生
- 1年の米国生活で外交的な性格に変化。数学はシンプルな問題が多く好成績に自信を持つ
大学生
- 浪人を経て志望校へ進学。科学の力で人を直接救える仕事がしたいと物理工学の道へ
大学院生
- 自分の合成した新物質で新しいトポロジカル磁気構造を発見。成功体験を得る
理研ユニットリーダー
- 第1子誕生。サポート制度を活用しながら、子育てと研究の両立に奮闘中
Background
- 2016年
- 東京大学 工学部 物理工学科 卒
- 2018年
- 東京大学 工学系研究科 物理工学専攻 修士課程 修了
- 2018年
- 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
- 2021年
- 東京大学 工学系研究科 物理工学専攻 博士課程 修了
- 2021年
- 理化学研究所 基礎科学特別研究員
- 2024年
- 理化学研究所 創発物性科学研究センター/同 開拓研究本部※
極限量子固体物性理研ECL研究ユニット
理研ECL研究ユニットリーダー(現職)
※2025年4月より開拓研究所に改称

Words for the Next Generation
将来について考えたとき、私は得意なことよりも好きなことで進路を決めました。
ずっと国語と英語が得意でしたが、宇宙の研究者になる夢を諦めきれず工学部へ進学。今は物理の研究ができていますし、文章力は論文作成で、英語は海外研究者との交流で役立っています。もし少しでも理系の学問に興味があれば、現在文系の方も理系学部へ挑戦してみてください!


