レポート

JSTダイバーシティセミナー
米国アカデミアを生き抜く~日本人女性植物学者の道のりとJST

2018年4月12日(木)10:00-11:15 JST東京本部別館2階セミナー室
講師:鳥居啓子(ワシントン大学 卓越教授・ハワードヒューズ医学研究所(HHMI)正研究員)
参加者:66名

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2018年4月12日(木)、JSTのさきがけ研究員としてもご活躍されたワシントン大学卓越教授・ハワードヒューズ医学研究所(HHMI)正研究員である植物学者の鳥居啓子先生をお招きし、米国でのキャリア形成や研究者からみた日米ファンディング事情の違い、またご専門である植物の気孔の研究などについてお話しいただきました。

当日は通常46名収容のセミナー室に濵口理事長他メディアも含む合計66名もの参加者が詰めかけ、熱気溢れるセミナーとなりました。2011年に米国で最も革新的な15人の植物学者の一人に選ばれ、「米国植物生理学会フェローアワード」や「猿橋賞」など数々の賞を受賞された世界トップの研究者だけあって、JST役職員の関心の高さを痛感しました。

冒頭、鳥居先生はご自身の経歴に触れ、「ワシントン大学でtenure-track立ち上げ後、スタートアップファンド獲得に苦労していた折にCRESTの主たる共同研究者として参加できたことがキャリア立ち上げの大きな力になった、またtenureが取れた後、さきがけに採択され、その研究費で自分専用の機材として共焦点レーザー蛍光顕微鏡を購入できたことでHHMIの正研究員への道に繋がる成果を出せた、JSTのサポートがなければ現在の自分はない」とコメントされました。

研究者からみた日米ファンディング事情についてのお話しでは、研究資金配分機関/研究者/社会の3者の関係、米国政府の科学研究開発費(約14.6兆円)と日本政府の科学技術関係予算(約3.45兆円)の比較、また、米国では研究プロジェクトに投資をするのではなく、将来のイノベーションを担う若手研究者を探し出して投資する(Person, Not Project → プロジェクトではなく研究者個人に投資する)傾向が非常に強いことやHHMIと多額の予算を有する慈善基金財団(サイモンズ財団、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、ゴードン&ベティ・ムーア財団等)がタッグを組んで将来有望な若手の人材育成に取り組んでいること等についてご披露いただきました。これに関連して、日本ではJSTのプログラム、とりわけ「さきがけ」が、研究総括が将来性のある若手研究者を育成するので、“Person, Not Project → プロジェクトではなく研究者個人に投資する”の精神に近い素晴らしいブログラムであるとコメントされ、さらに、一部の卓越した“さきがけ研究者”を継続してサポートするようなプログラム(鳥居先生曰く、“さきがけネクスト”)の設立についてもご提案いただきました。

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ダイバーシティに関するお話しでは、HHMIやさきがけなどのプログラムで、トップ研究者を選ぶ際、どうやって業績を正当に評価するのかは非常に難しく重要な問題だが、その場合、女性研究者(マイノリティー)は過小評価されることが多いこと(マチルダ効果)を重要視しなければならいこと、また、仮に正当な評価に失敗したとしても、そのプログラムを改良していくマインドを常に持ち続けるこることが重要であると強調されました。

また、ご専門の植物の気孔の研究に関連して、植物の研究がもたらす効果についてもお話しいただきました。植物の研究をしていても、医学など全く違う分野との共通点が見つかることがあり、ツールとして或いは外からの視点で動物の発生や病理を知る研究などに植物の基礎研究が貢献できている、例えば、気孔の発生のメカニズムは動物の筋肉や神経細胞の分化と似ており、動植物を超えた発生ロジックが様々な知見やインスピレーションを与えてくれるということをご披露いただきました。

講演後のQ&Aでは、「何故、海外に出たのですか」との質問に対しては、「職がなかったから」との回答。鳥居先生が博士号を取得されたのは、ポスドク1万人計画前の1993年で、「JSPSのPDにはなれたが、その後は全く職がなかった、昔の大学では優秀な男性は学位取得後すぐ助手になれたが、女性には厳しい状況だった」と当時を振り返られました。

鳥居先生には、当初予定の1時間のセミナー時間を超えるほど熱のこもったお話しをしていただきましたが、その口調は極めて明朗快活、元気溌剌、ご自身の研究実績についてお話しになる言葉の端々には、まさに“米国アカデミアを生き抜いて”現在の地位を確立された圧倒的なパワーと自信が漲っているようでした。また、植物の気孔の研究について解説される場面では、ご自身の研究に対する何人にも負けない熱意と愛着がひしひしと感じられました。

*マチルダ効果:https://scienceportal.jst.go.jp/columns/opinion/20160125_01.html

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