17. ナノテクのアプローチ

 ナノテクノロジーは多くの分野への用途が期待されている。したがって、ナノサイエンスもナノ工学も融合的、学際的な課題に取り組まざるを得なくなるのは、いろんな場面で強調されている通りである。実態はどうかというと、研究者一人、一人が100%の自由度を持っていることはないから、おのずと超えなければならない障壁が存在している。量子の世界のように、トンネリングでバリアが無いように行動することも難しいから、期待されてるようにどんどん融合が進んではいないことから融合の重要性が強調されているのだろう。

短いスパンであるし、狭い範囲の経験であるので、正しく実態を捉えてはいないかもしれないが、昨年と、今年のチーム型の課題提案(CREST:物理的手法を用いたナノデバイス等の創製、新しい物理現象や動作原理に基づいたナノデバイス・システムの創製の研究領域)をみても、残念ながら融合が進んでいる実感は少ない。
もちろん個々の要素研究の水準が高いことが基盤になるので、短期的に考えると、融合研究は異分野の研究者の合同チームを作って進めることが現実的でそれでかなりの成果が期待出来るのでしょうが、もっともっとと望むとすれば、気になるのは、合同チームのリーダーについてである。
野球の監督のアナロジーで言えば、優れた専門家としてのプレーヤーが必ずしもチームを最高の成果に導けるわけでは無いという例をたくさん見てきている。もちろん、優れた研究実績を残してきた研究者が優れたリーダーになっている例も少なくは無い。しかし、その例の多くは融合研究ではなくシャープな専門領域での例であったということが少し引っかかる点なのである。時間はかかるかもしれないが、一つの方法として一人の研究者が専門領域を広げるという方向が融合研究のリーダーを育てるうえで効果があるように思う。


一つの事例を紹介したい。4年ほど前になるが、サンフランシスコからの帰国の便である大学の先生と隣り合わせになって伺った話である。きっかけは「企業にとって、経営が急に難しくなってきていること。その厳しさは世界相手に1位か2位くらいで無いとビジネスにならなくなってきていていることから、研究開発も世界のトップでないと通用しなくなってきている」と申し上げたことにあった。
先生からは「大学もそうで無いといけないが、そんなことには無頓着な先生もまだまだいますよ」「トップでなくても5本の指くらいに入れば、まったくおなじ研究にはならないので、研究者としては合格ラインにはいっていると考えている」などの話とともに、融合の意義について話していただいた。先生は電気工学の研究をされたあと、宇宙工学(正しいかどうかわかりませんが)の研究に入ったそうだ。そこでは先生にとってなんでもない電気工学の研究で蓄積した実務知識が新鮮で研究論文をハイペースで書くことが出来、一つの分野を切り開けたのだということであった。
新しい知識を創造していく上で融合は実にいい方法であることを身をもって経験したという話だった。

思い出して、先生の所属する機関のホームページを見ると、今も壮大な構想を実現するための基礎研究で活躍されている様子がうかがい知れ、改めて、なるほどと思ったしだいである。
進む道を変えるのは確かに冒険であり、二つの道を同時に進めないので、それまでの研究が順調であるほど、最初の一歩のバリアは本人にとっては高いのはわかるが、チェンジにトライする研究者が増えていくことで、ナノテクノロジーの国際競争力がより一層高められていくことを期待する。


                                                篠原 紘一(2002.11.15)
                                                   
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