18. デバイス開発(1)

 デバイス開発には大きく分けて二つの流れがある。それはニーズ志向、とシーズ志向である。シーズ志向の例で比較的身近な例のCD-Rについて、開発現場で勉強させられたことを整理してみたい。

CD-Rは音楽の再生専用のディスク、CDから派生したCDファミリーのひとつで、日本のメーカーの発明である。プラスチックの板に蚊取り線香のような渦巻き型の溝があって、板の溝が付いている側の面に塗られた染料にレーザーをあてて部分的に変色させて信号として読み出して使う。
ユニークなのは一筆書きで(レーザーで)、書き損じると消しゴムはなくて、書き直しは利かないものである。なじみのある記録できるテープやディスク(VHS,DV,MD,DVD-RAMなど)は何回でも書くことが出来るが、これは一回限りの記録ディスクなのである。開発者も何に使ってもらえるのか、自信が無い状態が続いたとのことである。

真空蒸着の保有技術を活かそうということで、染料をスピンコート法という製法に置き換えて、高速記録対応や、高密度記録対応の展開を目論んで、開発に取り組んだときに言われたことは「何が悲しくて、何万回も書けるディスク(最終的にDVDになる基本技術が社内で大々的に開発され始めていた時期であった)を重点取り組みしているのに、君たちは1回きりしか書けないディスクなんか開発するのかね」であった。

そうこうしている間に、書き換えられない情報が大変な値打ちを持つとの価値観で使う人が現れ、新しい市場が切り開かれるとともに、音楽CDやコンピュータソフト用のCD-ROMの複製という書き換える必要の無い記録対象で大きな市場に成長していったのである。この市場形成はシナリオ無き発展のケースであった。

システムサイドからスペックが提示されるニーズ指向のデバイスの開発と違って、先の不透明さに耐える夢が持てるかどうかが大切な要素であろう。確信を持って、明快な用途が見えなくても突出した技術を創り出すことに賭けるのも一つの道である。これまで無かったデバイスは、この例のように、想像を超えた用途につながり大化けすることがあるからだ。

次は値段の話である。使う側にとっては有難いことであるけれど、メーカーにとっては大変な目に遭うことがある、過当競争の世界である。ニッチ市場から立ち上がったCD-Rは今台湾メーカーが大半を製造しているので、大手のブランド品でも一枚60円くらいで買うことが出来、100円ショップで買うのはばかばかしいという代物になってしまっている。究極の価格構成だと思われるが、材料費の1.2倍位で作れるという製造の世界があることを知って、日本の製造業ではもはや太刀打ちできないカテゴリーが明確にあることを知った。

そのとき以来、何でどう戦って勝つのかがはっきりと問われるようになった。それは独創性や新規性に加えて、より優れた機能の製品が、より安く提供される市場での競争優位性が求められ、横並びを許さない厳しい問いかけなのである。

かかる状況で日本が製造業の復活を期す努力をしていく上で、このような状況を生み出した要因のひとつを振り返る必要があろう。それは横綱相撲が取れないのにもかかわらず、敵に塩を贈ったことである。いい染料を売る。ノウハウをつけて生産設備を売る。そうして欲しくないと思う立場があっても、規制は出来ない。それでも戦えるだけの力はそう短期間にはつかない。ぼやいてる間にずるずると押され、土俵の外に押し出されてしまったのではないか。その結果大手のメーカーに生まれた考え方は自前主義の排除であり、それぞれが武器を提供して、世界最強の競争優位に向かおうというものであり、それは必然の姿なのであろう。

これから競争になるナノテクノロジーの使い道の開拓においても、学んだ教訓はビジネスリーダになる上での必要条件だと思う。

                                                篠原 紘一(2002.11.29)
                                                   
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