120. 基礎研究と特許(2)

 2006年のナノテク関連の日本出願の統計データが公表された。出願件数は微増であるが、特徴として企業と大学、国研などの共同出願が大幅に増えているという。
出願機関の勢力地図の変化は産総研の次に位置していた科学技術振興機構が7位まで下がり(これは日本版バイドール法に徹し発明者が所属する機関からの出願にどんどん切り替わったことによっている。
変わって科学技術振興機構では大学などの出願支援事業が主体になってきているのである)、二位に松下電器産業が浮上、外国勢はトップ常連のIBMに変わってサムスン電子がトップになったことなどが紹介されている。

ナノテクノロジーとは何かが今でもすっきりしたわけではないので、細かな数字を追うよりはこのような統計データはマクロ認識として捕らえるべきであろう。
研究から生まれる発明の権利化をサポートしてきて感じる点を再度整理してみたい。

ここ5年の間で(筆者の経験の範囲であるが)学会や論文で公開され公知になる前に特許出願が必要であるとの認識は定着した。しかしあえて問題を指摘するならば、発表までの時間が短いケースが多く、特許明細書の充実(弁理士が腕を振るうためにかけられる検討時間が少ないのである)は今後の課題であろう。
出願は直接出願と特許協力条約(Patent Cooperation Treaty;PCT)に基づいてのPCT出願が主流である。

基礎研究から生まれる特許はほぼ例外なしに、まず日本に出願する。日本以外での権利化を望む場合は1年以内にPCT出願をする。先行技術調査をして必要であれば補正をする(その場合は、日本に最初に出願した原出願は取り下げ、PCT出願内容で国別の審査に進むようになるのが普通である)。
国際調査機関が発明を3つの切り口から評価して見解書が出される。新規性,進歩性、産業上の利用可能性の3つの切り口である。新規性は、よほどうっかりしない限り研究で競っていて、学会や学会誌に投稿する話であるから問題はあるはずがない(と研究者は胸を張る)。
意外かもしれないが、産業で使えるかに関しては否定するのが難しいからだろうが、例外なしに利用の可能性はありの見解が出される。基礎研究は社会の役にたっているのかといった風評と符合しない結果である。この評価軸は結果的に争点になることはないのである。

厄介な問題は、進歩性についての判断である。要するに、発明が属する技術分野で、従来技術、競合する技術に対して進歩があるかが問われる評価項目に対して、研究者は不慣れであるといわざるを得ない。ごれが、論文と特許の決定的な差であろう。基礎科学の真骨頂は発見であって発明ではないといってもよいのかもしれない。論文の構成と、特許明細書の構成は一見類似しているが、進歩の評価軸に差異があるので、研究者の混乱がそこでおきると思われる。
先行技術(従来技術)例と引用文献、実施例と実験結果、は同じように扱われるが論文が主張する新たに得られた知見と、じつは産業利用(の可能性では無条件に合格とされているにもかかわらず)を考えたときに何が進歩しているかの評価になると、比べられる対象が研究よりも範囲が広くなるといったことがある。

さらに研究者の納得が得られにくい点としては、特許請求の範囲は、過去実証されているいないにかかわらず、キーワードのくみ合わせが何らかの先行文献に記載されておれば、その権利化は許されないといったルールに対してであろう。近い技術の組み合わせについては、見解が分かれるがこの部分は特許庁と争える点であり、そこまでは明細書の段階でブラッシュアップされていることが望まれるといえよう。
一言で言えば、科学は実証再現性が問われ、特許(も、本来は科学と同じことが求められてはいるのであるが)は、どんな公知資料でも、そのどこかに記載証拠が見つかるかどうかが問われると理解すべきである。

自らの論文にたったの一行、一般論として書いたことが、後に広い権利取得を阻止することも起こっていることである。


                              篠原 紘一(2007.3.30)

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