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シンポジウム

サマリー

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基調講演「イノベート・アメリカ:変化の時代の果敢な挑戦」

デボラ・ウィンス・スミス
米国競争力評議会会長

 今日は、米国における競争力向上とイノベーションへの取り組みと、いかに米国と日本がグローバル・レベルにおける競争力とイノベーションで協力できるか、いかに付加価値の高い社会をつくることができるか、について、お話できる機会をいただき、感謝している。

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 米国競争力評議会は、1986年、外国製品が米国市場に大量に入るようになり、世界経済のリーダーシップを米国が維持できるか、米国の競争力に関する懸念が大きくなる中、設立された。米国市場を席巻した輸入品には、それまで米国がパイオニアとして市場を開いてきたハイテク製品も含まれていた。当時の米国は、生産性の伸びが低く、失業率もインフレ率も高く、生活水準はしだいに下がる傾向にあった。

 一方、日本はその頃、強力なグローバル競争の競合として台頭してきた。日本の力が著しく強かったのは、消費者向け電子製品と自動車、工作機械、またフラットパネルなど新しい製品分野だった。こうした強力な日本からの挑戦を受けて、米国の製造業は、日本発の新しい製造技術や品質管理の方法を取り入れることとなった。

  この頃、日本は長期的な見通しに立って、自前の科学技術を開発すべく、力をいれていた。

 当時私は、米国政府の一員として、日米の科学技術協定の議論に参加したが、この協定は科学技術の分野において、両国がいかに協力できるかを明らかにする意味でも、いま考えても最善の協定であったし、それに参画する機会を与えられて光栄だった。

 今振りかえってみると、こうした競争関係が日米双方にとってメリットをもたらしたといえる。すなわち、競争は企業をより強く、国の経済の生産性をあげる働きを持つものであり、両国ともこのライバル関係から得たものは大きかった。

 私がいま会長をつとめる競争力評議会(COC)は、レーガン大統領が1980年代の産業の競争力や貿易の問題を解決するために設置した産業競争力委員会を前身とする。HP(ヒューレット・パッカード)のCEOであったジョン・ヤングが委員長を務めたこの委員会は、後に「ヤング委員会」「ヤングレポート」として知られる。この委員会が出した報告書は、企業の競争を促進する環境を整備する政府の役割を含め、競争力に影響を与える要素を網羅したという点で画期的なものであった。これをきっかけとして、米国連邦政府は国の競争力につぃて、総合的な取り組みをすることとなった。

  この大統領設置の委員会が閉会した後、ジョン・ヤングは、米国の競争力を推進する目的で民間主導の競争力評議会(COC)を創立した。今日、わが評議会は、グローバル経済の厳しい競争の中で、企業のトップ、大学学長、労働組合のリーダーという立場の異なる人々が協力して、将来のアメリカ国民に繁栄をもたらし、米国内で高付加価値を生む経済活動を行うことを目指す唯一の組織となっている。COCのトップに名を連ねるのは、企業人であるデュポンのハリディ会長、大学人はジョージア工科大学のウェイン・クラウ学長、労働組合のリーダーは、非常に革新的な労働組合の代表マキャロン氏である。

  昨年、COCは20周年記念を迎えたが、そこで、COCの創立以来、競争の状況がどう変わってきたかを評価し、今後の課題や機会にどう対応するかを検討した。その分析レポートが今日ご紹介する、COCの誇る「競争力指標;アメリカの地位」である。
この20年を振り返って明らかなのは、グローバルな競争状況が大きく変化したということである。1980年代から20年の間にいかに急速に、また大きな変化があったか、これは先ほど黒川氏も体系的に話されたが、きわめて大きな変化である。過去10年のグローバル化のスケールと速度、各国経済の統合度合いは史上かつてないものである。

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 急激な変化の中心をなすのは、台頭しつつある新興国である。一世代という短期間に、世界の輸出入、FDI(外国からの直接投資)に占める新興国の割合は倍増した。新興国はいまや、世界のイノベーターのあとを追い、イノベーションの道をひた走っている。

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 一国の富の創出と生活水準の向上に果たすイノベーションの大きな役割が認識される中、イノベーションを基盤とした成長戦略を立案する国は増えてきた。世界中の政府は、研究開発に対する公的予算を増やし、科学者技術者を育成し、アメリカで教育を受けた外国人を自国に戻すためにいろいろと働きかけている。

  OECDのレポートにみられるように、研究開発への投資額はいまだにアメリカが最大で日本もそれに次いでいるが、中国は、10年強という短期間に、研究開発投資を120億ドルから840億ドルへと急速に増やした。中国国内のハイテク生産はすでに、ドイツの2倍であり、日本と匹敵する。

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 また、新興国は、ハイテク企業や研究開発型投資企業の直接投資先としてしだいにその地位を向上しつつある。これは新興国が技術ノウハウを獲得するもうひとつのルートであり、こうして有力なイノベーション能力を獲得する。

  また新興国の規模、急速な量・質両面における成長を見ると、こうした国々が、新製品や新サービスの主要市場としてきわめて重要であることは明らかである。このデータにあるように、2020年には中流階級の80%が現在の先進国以外に居住することになるという試算もある。多国籍企業は、市場の近くで研究開発拠点をふやす傾向があることを考えると、研究開発や技術力を海外にもっていかれるのではないかという先進国の懸念ももっともであろう。

  こうした状況の中で、新興国の消費者は、グローバルに見ると、競争相手でもあるが、協働(コラボレーション)の相手でもある。こうした状況をしっかり認識する必要がある。

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 20年前、貿易のほとんどは、モノが物理的に国境を超えるという形で行われていた。しかし、今日、企業のサプライ・チェーンはグローバル化しており、多国籍企業は、原籍が米国であれ、日本であれ、海外にある拠点や支社を通じて製品を開発し、世界各地の顧客に製品を届けている。この図は、米国企業が海外拠点を通じて行う販売が米国からの製品・サービスの輸出の3倍以上であることを示している。

  労働市場も変化しており、新興国の人々がグローバル市場に参入したことで世界の労働市場は約4倍となった。もはや多くの国で事業を展開する企業は「多国籍」企業ではなく、グローバルに統合されネットワークを持つ企業になってきている。

  こうしてグローバルな労働市場に参加する人々の半数は、教育程度が高く、技術を持ち、すぐにでも仕事につくことができる。今日、デジタル化の進展によって、場所を選ばず世界の至る所で仕事ができるようになっている。規則に基づいたルーチン的な作業、デジタル化・コード化できる作業は、いずれも、世界中で人件費が低い所に移転する。その結果、史上初めて、24時間7日体制で世界レベルでの労働力のアービトラージ(裁定取引)が可能となってきた。こうして、企業は、開発が進みつつある諸国の消費者や、能力のあるワーカーにリーチできる機会を得ることとなった。

 こうなると、アメリカや日本など先進国が直面する一番の課題は、いかにして、高付加価値の仕事や投資が行われるか、誰が次世代の高付加価値経済への変革の担い手になるか、を見極めることに集約される。

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 アウトソースされる仕事は広範に広がっている。ソフトウェア開発、経理、研究までが、世界レベルの「仕事の貿易」に巻き込まれている。その結果、人件費の高い国のワーカーは、世界中のワーカーと直接競争することになる。

  「グローバルに統合されつつある経済」に加えて、加速度的に飛躍的なスピードで進んでいるのが新しい知識の創造と技術革新である。デジタル、バイオ、ナノテク革命は生産やサービスのやり方を抜本的に変えつつある。すなわち、各種セクターはデジタル・遺伝子、原子というコードであらわされるようになっている。こうした進展は、黒川氏が示したような地球レベルの課題解決に貢献し、我々の生活水準を大幅に上げる可能性を秘めているが、一方、すべての産業セクターに、抜本的で非連続な変化を迫り、政治経済的な権力構造や富の創造にも大きな変化をもたらす。

  米国は、こうした史上初の世界を巻き込んだ変化、新しい競争の現状を認識しており、1980年代に続き、わが国の競争力に大きな懸念を持ち始めている。そして、こうした危機感から、米国のリーダーは、再び、競争力を国の最優先課題として、率先して行動を起こしている。その先鋒となっているのが、競争力評議会(COC)である。

  2004年に、COCはNII(ナショナル・イノベーション・イニシアチブ)を開始した。これは15ヶ月かけて、米国の産業界、政府、学界、労働組合のリーダーが、集中的な調査と議論を重ね、21世紀とはどんな時代か、イノベーションはどう変わるか、それに対して、官民が協力してどう活動すべきかを示したものである。この委員会の共同委員長は、IBMのCEOサム・パルミサーノと、COCの副会長であり、ジョージア工科大学のウェイン・クラウ学長で、この報告書が、「イノベート・アメリカ:変化する世界への挑戦」(パルミサーノ・レポートとよばれる)である。この報告書では、イノベーションの基盤として3つの重要な柱、人材、投資、インフラストラクチャーを提唱した。

  この報告書の3本柱を基本に、企業、大学、そして米国全土のリーダーによる各種の活動が始まった。たとえば、NAS(National Academy of Sciences米国科学アカデミー)からは“Gathering Storm”などの報告書(理数系の教育の低下への警告、科学技術に強い労働者増強のための提案を含む)が出され、2006年には、ブッシュ大統領のACI(アメリカ競争力計画)が発表された。こうした一連の報告書の多くの提案は民間から出たものである。ブッシュ大統領の報告書を基礎に、いまAmerica Competes Act(アメリカ競争法)が立法作業に移っている。WIRED(地域の経済開発のためのワーカー強化プログラム)なども、政府が民間の主導の下、イノベーションを地域レベルで最適化しようとするものである。

  COCでは、米国州知事協会とも協働して、50の州でイノベーションを基盤とした成長戦略を推進するように働きかけている。たとえば、州政府の管轄である理数系教育の強化に力をいれているし、成長ポテンシャルの高い地域をイノベーション・センターとして、州単位で強化する計画などがそれにあたる。それまでの地域の経済振興活動が税制の優遇策などを中心して行われていたことと比べると、こうした動きは画期的である。

 すなわち、COCがはじめたNII(ナショナル・イノベーション・イニシアチブ)は、米国全土にわたって、イノベーションを推進するためのモメンタムをつくり、競争力を強化するために、広い範囲にわたる計画を各界のリーダーや国民すべてを巻き込んで推進する上での中核的役割を果たしている。

 アメリカも日本も経済先進国は、今後、人件費の低さ、差別化のできないコモディティの領域、標準的なサービス、ありきたりの科学技術で競争することはできないし、してはならない。といって、世界中で技術力が高まる中、科学技術に卓越しているだけでは、成功には結びつかない。コスト削減と品質向上だけでは新しい様相を呈している競争に有効な手段ではなく、競争的な価格と高い品質はあくまでも世界市場への入場料に過ぎない。

 継続的成長をもたらすのは、イノベーションという手段のみである。米国や日本は、イノベーションを通じて、急速に台頭し、高付加価値のイノベーション経済となりつつある新興国に対抗していかねばならない。産業セクターや情報・知識を基盤とするいままでの経済構造とはまったく違う、斬新な「コンセプチュアル経済(概念や構想力が決め手となる経済)」はまだ姿を現し始めたばかりだが、その可能性は計り知れない。

 今日では、科学技術もしだいにコモディティになりつつあり、その結果、情報や技術を持つだけでは、リターンを得ることはできない。知識・情報・技術をどう活用するかを考え、実行する人にのみ大きなリターンがもたらされる。
こうした新しい富は、直感、創造力、洞察力、リスクを恐れぬ姿勢、判断力に味方する。こうした能力がなければ、新しいコンセプチュアル経済の時代に、国が豊かになることはできない。すなわち、価値・成長・競争優位性の源泉が抜本的に変わりつつあるということである。

  イノベーションは人間の創造力によって作り出される。今までの歴史をみても、家族中心の農業社会から産業化された農業へ、それから都市化の波、さらに産業革命など、黒川氏が語った大きなパラダイム・シフトのきっかけはいずれもイノベーションである。

 20年前に考えられていたイノベーションというコンセプトは、ハード、製品、プロセスによって実現されることが多かった。しかしインターネットが生まれ、ウェブ・ベースのビジネスが増えるにしたがって、サービスに対する全く新しいアプローチ、すなわち高付加価値のライフ・スタイル製品やサービスがイノベーションという概念を広げつつある。

  ここでCOCが定義した新しいイノベーションを紹介しよう。新しいイノベーションとは、Iの5乗から成る。すなわち、(Imagination)想像力、(Insight)洞察力、(Ingenuity)創意、(Invention)発明、(Impact)インパクトが交わる点にある概念である。これこそが新しい時代への変化(Transformation)の原動力に他ならない。

  製品、サービス、経営システム、ビジネス・モデル、デザイン、マーケティング、新しいブランド、新しい働き方など、様々な形でイノベーションを創出できる能力が、新しい富の源泉となる。業界を変革し、市場を新たに構築し、技術創出の先端に位置し、知識・情報・技術をひろめる能力があってこそ、成功への道が開かれる。

  新しいコンセプチュアル経済では、市場を世界レベルで考え、世界に訴求できる国、多様な文化を受容して、多彩なアイディアをイノベーション・プロセスに組み込むことのできる能力を持つ国や人が勝利を得る。多様な技術・分野をクリエイティブにフュージョン(融合)することができるか、創造的、芸術的、そして型にはまらない思考ができるかどうか、黒川氏の言葉を借りれば「出る杭」となる人材がいるか、育てられるかどうかによって決まる。

  いまや、イノベーションは、研究を起点として、発明、商品化というステップを踏むリニア(直線的)なプロセスではない。イノベーションとは複雑でダイナミックなプロセスであり、経済、社会の多様な要素が相互作用する多面的なエコ・システムによってのみ、イノベーションの創出は実現できる。日本のイノベーション25もこのエコ・システムという考え方が基盤をなしており、こうした取り組みを積極的に進めている安倍総理と日本政府に敬意を表したい。

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 COCのナショナル・イノベーション・イニシアチブ(NII)では、このエコ・システムを構成する3つの柱-―人材、知識創造と投資、インフラストラクチャー―を明示した。そして、イノベーションを醸成する環境をつくるための政府の活動にも言及した。こうした要素を結びつけるネットワーク、そして、国のイノベーション推進政策、リスクを受容する姿勢がエコ・システムをさらに強くする

1)人材
 新しいアイディアや創造力の源泉は人である。高価値のイノベーションには、優れた科学者、エンジニア、ITワーカーだけでなく、新しいビジネス・モデルを構築できる人材、市場調査やマーケティングの専門家、創造力のある資金調達や金融手法に通じた人材、デザイナー、アーティストが必要である。こうした能力ある人々が交流することによって、世界でも最も要求度の高い消費者のニーズにこたえられるようなアイディアが多数生まれる。

 中でも、高付加価値の競争のルールや業界のゲームの仕方自体を変えてしまうようなイノベーションの原動力となるのは、ひとつの分野ではなく、多くの分野にまたがったチームである。こうしたチームには、科学者、エンジニアに加えて、芸術、人間学、社会科学、ビジネス、デザイン、マーケティング、経営のプロが必要である。

 こうした多様な異なる分野のフュージョンから生まれた日本のイノベーションの良い例は、アニメーションとマルチメディアである。米国にも、ドリームワークスという優れた事例があるが、同社の最新映画「シュレック3(Shrek No.3)」は、音楽家、文化人類学者、デザイナーなど異なる分野の専門家を集めてチームを作り、勝手にやらせた結果生まれたすばらしいイノベーションである。

  イノベーターは、生命科学、情報科学、材料科学、デザイン、文化人類学、社会学、人文科学などすべての分野の要素を融合し、応用したり、新しい組み合わせを考えねばならない。個人や個々の組織が、高付加価値のイノベーションに必要なすべての要素を持つことはできない。イノベーションと新しい価値の創造は、創造力のるつぼ(Cauldron)から生まれる。

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 作業をするワーカーにもより高度な思考能力が必要である。グローバル経済の下では、ルーチンな作業は自動化され、オフショア化される。複雑な問題を解き、多様な市場ニーズを分析し、チームで協働し、コミュニケーションできる能力からしか高い付加価値は生まれない。
 米国は、初等中等教育が低迷する中、作業者(ワーカー)に対して新しいイノベーション経済に則した高度な思考能力を身につけられるように訓練するという大きな課題に直面している。米国の中等教育は衰退の一途をたどってきた。幼稚園から12歳までの教育現場は、労働組合が圧倒的な力を持ち、教師も業績に応じた評価がなされない分野であることから、多くの問題が生じている。理数系への関心の低下、科学分野に進もうとする学生が少ないこと、分析や問題解決思考などの高度な思考法の訓練が十分でないことなどがある。教育はイノベーションを推進する上で重要な柱のひとつとなる。

2)インフラストラクチャー
 イノベーション・エコ・システムのもうひとつの柱は、インフラストラクチャーだが、中でも、イノベーションを醸成するビジネス環境をつくる連邦政府・州政府の政策が重要である。政府の経済政策や税制によって、イノベーションへ向けられる投資資金のコストや投資活動は左右される。また貿易政策や市場へのアクセス、イノベーション、新しいビジネス、市場開拓などに関連するFDIに関する法制度もイノベーション活動を決める大きな要因となる。

 中でも重要なのは、法律・規制に対する政府の役割である。イノベーション環境を実現する上で、最も重要なものは、知的財産権を認め、適用し、実施することである。残念ながら、この点については、まだ整備されていない国も多い。
知的財産権は、米国や日本のような高度経済の国では、イノベーションの担い手である企業や業界の基礎をなす。しかし今日のように、研究開発やイノベーションが世界各地で行われるようになり、コンセプトや無形資産がイノベーションの鍵となる中、知的財産権を世界的にどう保護するかはさらに大きな問題となる。知的財産権が守られないと、特に米国や日本両国にとって、損失は大きい。

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 代表的な知的財産権が著作権である。ビジネス・ソフト、音楽、映画、娯楽ソフト、書籍の著作権侵害による損失は、2005年で170億ドル以上と推測される。こうした損失は、将来の投資へのマイナス要因となり、結局イノベーションの継続を脅かす。私自身80年代後半にインドとの著作権の交渉に関与していたが、当時、ソフトウェア・クラスタを経済の先導としようとしたインド政府は、ソフトウェアの著作権法制度を整備した。これがなければ、欧米からのバンガロールなどインドへの活発な投資はなかったと思われるし、もちろん、現在のインドのソフト業界の隆盛もなかった。

 最近の事例では、メルク社が開発したエイズへの薬に対して、ブラジル政府が現地企業にライセンス付与を義務付けることが問題である。この決定は、世界における知的財産権の重要性に対する認識不足を示している。この決定により、世界中の研究・投資コミュニティには間違ったメッセージが送られてしまった。知的財産権が研究開発やイノベーションへの投資のインセンティブの中心となっていることを認識していないともいえる。

  知的財産権侵害で特に問題となるのは、中国だが、中国の開発戦略は、世界企業に対して、中国市場へのアクセスを許可する代わりに、技術の移転を奨励するものだった。企業がいまだに投資を続けているのは、中国市場のポテンシャルが限りなく大きく、知的財産権侵害というコストを払っても良いからであろう。安全や健康などについても低い水準を許している中国は、グローバル・レベルのサプライ・チェーン上も大きな問題となる。

  中国、インド、ブラジルなど開発途上の国で海賊版が作られ、知的財産権が侵害されたり、ライセンス付与の義務付けなどが行われると、無形資産への直接的な打撃となる。こうした問題を日米両国が率先して解決していかねばならない。
日本にはないが米国にとって最近特に大きな問題となっているのは、訴訟費用の増大である。現在米国では、訴訟の費用がGDPの2.2%を占めるにいたっている。こうなってくると、しだいに、企業はリスクを回避するようになり、リスクのあるイノベーションをさけることとなる。これはイノベーション推進という観点から望ましいことではない。

3)投資
 イノベーション・エコ・システムの第3の柱は、長期的な投資であり、この点では日本が優れている。この投資には、イノベーションのための素材や原材料への投資も含まれる。たとえば、学術分野の接点や研究のフュージョンから生じるイノベーションが増えている。ということは、業界や市場全体を一変させるようなバイオ、ナノテク、高性能のコンピュータなどの分野に加えて、学際的な分野により大きな投資が必要である。

 知識とイノベーションの経済的重要性が増すと同時に、無形資産―ブランド、能力の高い人材、科学的研究の基盤などーの価値も増している。しかし、国レベルでも企業レベルでも、現在の会計システムでは、簡単に数えることができ、価値が測定できる有形資産の価値しか資産として認められない。現在の会計システムでは、こうした無形資産への投資が経費と見られがちなため、成長と生産性の原動力の価値を過小評価することになってしまう。

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 実際、米国ではGDPに占める無形資産の価値の方が、目に見える物質や労働の価値より大きくなっている。コンセプチュアル経済への変化を示す米国の無形資産への投資は、有形資産の価値とほぼ同額の1兆ドルに達している。しかしこの投資は、米国企業でも国の財政面でも会計上の数字には上がってこない。

 測定できるものに価値を見出すのは人間の常である。19世紀の産業革命の時代に由来する旧来の測定指標を使っていたのでは、今日のコンセプチュアル経済を推進することはできない。イノベーション基盤の成長を進める上で、COCでも無形資産の価値を測定できる方法を考えている。

  起業家的な活動を促進するための投資は、リスクを伴い、ゲームを一変させるようなイノベーションには不可欠である。米国の競争力にとって、こうしたベンチャーが雇用創出、生産性向上、イノベーションに占める役割は非常に大きい。

アントレプレナーシップはアメリカン・ドリームの核をなす。こうした歴史に根ざした深い文化的な優位性により、アメリカ人はリスクをとり、リターンを得ようとする。それに引かれてくる移民も多い。米国では、誰でもが発明者になれ、新しいビジネスをはじめられ、だれでも新しいゲームをつくることができる。

スライド11
 最近、議会で証言したが、そこで見せたのはこのスライドだけである。米国の大企業は、グローバル・サプライチェーンを構築しているし、高付加価値を創出するというイノベーションを行っているが、国内で新しい雇用を創出してはいない。 米国で雇用を創出しているのは、小さく新しい企業である。これこそがイノベーション・エコ・システムの核となる。データを見ると、1980年から2001年の間、新しい雇用の創出は5年以下の歴史を持つ企業によるもので、成熟企業は逆に雇用を減らしてきた。

スライド12
  アントレプレナーシップはまた米国の生産性向上の大きな部分を占める。創造的破壊のプロセスを経て、経済は活性化する。生産性の低い企業は倒産し、資金、人材、市場を開放して、新しいもっと生産性の高い会社に市場シェアを譲ることになる。生産性向上は、既存企業の業績向上だけでなく、創造的破壊によっても生まれる。

 労働市場の回転の激しさは、米国の創造的破壊の状況をよく示している。3ヶ月ごとに、20社中1社が開業し、廃業する。このダイナミズムによって、労働市場の回転が起こる。過去10年間、平均1600万人分にのぼる民間企業の職(農業以外の民間雇用の15%)が消失している。こうして失われた雇用は貿易によるものではない。
同じ10年間で新しい雇用は年間1700万生まれており、正味では増えている。こうしたプロセスによって、経済は高度化していくわけである。

  このプロセスによって経済はしだいに進化するが、個々のワーカーにとってはかなりの負担になる。そのため、年金や健康保険などを個人が転職する時に持っていけるように、精度を整備する必要がある。イノベーション経済では変化が激しいため、新しい機会をつかまえられるような人材の移動が不可欠である。

  企業における創造的破壊と労働市場のすばやい回転は、コンセプチュアル経済にとって不可欠である。先ほどのお話にもあったように、イノベーションと安定は共存しない。そして、これが日本には欠けているようだ。労働市場の流動性と労働の回転率こそが、創造的破壊の基礎をなす。

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 政府の規制は起業家の活動に大きな影響を与える。小さな企業は規制によって活性化するし、衰退もする。シリコンバレーなど起業が活発な地域では、アントレプレナーへの政策が地域の命運を左右する大きな要因となる。これもエコ・システムの要素をなす。

 規制や環境問題は資産にもなるし、負債ともなる。シリコンバレーをはじめとしてイノベーションが盛んな地域では規制のやり方によりイノベーションを促進している。

スライド14
 残りの時間でエネルギー問題について述べたい。競争力に関連して重要性を増しているエネルギー分野でのリーダーは日本である。米国は起業家精神には勝れているが、日本は、エネルギーと持続可能な経済発展、特に新興国が急速な工業化を図る中でいかにエネルギーを活用するか、持続可能な経済発展を実現するか、については、日本の力がすばらしい。この分野はイノベーションの宝庫である。

 米国でももうすぐCO2を制限する法律が制定される。多くの企業が地球温暖化やグローバルなエネルギー問題について、力を結集しつつある。太陽光発電、バイオマス、原子力などバランスのとれたエネルギー源のポートフォリオを新たに工夫し、考えることにより、企業と経済の競争力を向上させるだけでなく、地球規模の課題解決にも大きな貢献をすることができると思われる。

スライド15
 COCでも、この分野について、エネルギー・セキュリティ、イノベーション、持続可能性という3本柱の新しいプログラムを始めた。RPIやキャタピラーのトップなどが中心になり、需要者側からこの問題を検討している。エネルギーの消費者と生産者が一同に会して議論しているが、ある技術に政策が限定されないように、需要サイドから官民協力体制を敷き、生産性、イノベーション、競争力を統合する持続可能なエネルギー問題の解決法を模索している。

 ナショナル・イノベーション・エコシステムという分野でCOCが大きな影響力を持ったように今後エネルギーと地球規模の繁栄に対して、COCが大きなインパクトを持つことを期待している。

  今後、競争力を決める3本柱はイノベーション能力、企業の適応力(Resilience)、持続可能性である。

スライド16
 最近のCOCの会合で、ペプシコの前CEOであり、現在はドリームワークス・アニメーションのCEOであるロジャー・エンリコが、大きな変革は大きなスケールで成し遂げねばならないと言った。変化と進歩はIncrementalism(漸進主義)からは生まれない。小さなレベルで、周辺をいじっているだけでは、劇的に世の中を変えるイノベーションは生まれない。

  日米両国とも大きなスケールでイノベーションを進め、大々的な変革をすべき時にきている。

 イノベーションとは、はじめも終わりもない永遠の競争であり、リスク、変革を伴うものである。世界はフラットではなく、世界には豊富な資源がある。こうした世界にいる才能豊かな人材が協働・競争できる環境をつくりさえすれば、今後世界はより大きな繁栄を実現できる。

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