群馬県立前橋女子高等学校

  

 

  生徒が失敗から学べる環境を目指して・・・ 


        紹介者名:群馬県立前橋女子高等学校 SSH主任 岩佐倫希

 

 

   1.学校の概要とSSHの目指すところ 

 

 群馬県立前橋女子高等学校は、110年の歴史をもつ女子校で、県内有数の進学校の一つです。OGは様々な分野で活躍しています。一方で、受験に最適化されたものの考え方の弊害が生徒には見られ、状況や課題の分析、方向性の判断に不慣れな印象を受けたり、失敗を恐れる空気感を感じていました。 そのため、SSHでは課題研究の場において生徒の試行錯誤の機会を保障したい、そして、その中で生徒自身が失敗を通して学びながら、めまぐるしく変わるこの現代社会の中で、自分の人生の舵を自分自身できって進んでいく、その力を身につけてもらいたいという願いを持っています。  

 

   2.これまでの取組と課題

        

 課題研究は全生徒を対象とし、1年時と2年時にてそれぞれ1年間をかけて実施しています。「リサーチクエスチョン(RQ)設定」→「研究計画」→「予備実験」→「本実験」→「分析、発表」という探究プロセスを、高校生活の中で2回繰り返すことで、生徒が成長していくことを期待しています。また、各活動(例えば研究計画)の区切りには、生徒同士のディスカッションの機会を設けることで、各自が改善を図りながら探究活動をできるようになっています。 しかし、これらは一定の成果を上げている一方で、依然として生徒達には失敗を恐れるような、避けるような空気感を感じていました。試行錯誤の重要性や失敗の価値は折に触れて伝えているのになぜ・・・?当初は、それは受験の弊害だと考えており、どうすれば生徒の意識を変えられるか、躍起になってプログラム改善に取り組んでいました。  

 

   3.教師側の理不尽さに気づく

 

しかし、3年ほどこの課題に取り組む中で、そもそもこの課題研究プログラム自体に大きな問題があることに気づきました。それは課題研究の進め方において、生徒に「主導権」がないことでした。 Ⅱ期になり課題研究プログラムが充実すればするほど、どの時期にどんな活動を「生徒にさせる」かが明確になってきました。しかし、それは逆に言えば教師側が作ったレールから外れることを許さないということでした。例えば、11月に予備実験の結果から「そもそもRQ設定がおかしい」ということに生徒は気づいたとします。しかし、スケジュール的には12月以降は本実験をやらなければならないし、今更やり直していたら1月の発表会にも間に合いません。勉強も部活もそしてSSHもある生徒にとっては、このような状況では、結局は失敗を見なかったふりをして本実験に進まざるを得ませんでした。「失敗するのが大事だよ。失敗したらやりなおせばいい。むしろその方が良い経験になるよ」と口では伝えているのに、プログラム上では「失敗したら取り返しはつかない。失敗したのは注意点やポイントを理解できなかった生徒の自己責任」というメッセージを伝えていました。The・理不尽。 この問題についての気づきをもとに、2021年では予備実験後の12月に、本実験に進むか、再度RQを設定し直し予備実験を行うか、選べる機会を設定しました。すると、2学年120班のうち40%の班がやり直しを選択しました(このような機会を設けなかった時は、やり直しする班はごく少数でした)。この結果からは、「失敗したらやり直せる機会がほしい = 自分たちのペースで研究を進めたい」という生徒のメッセージを受け取った気がしました。そして、失敗を恐れる空気を生徒のせいにして、自身がいかに生徒の主体性を発揮する機会を奪っていたかを痛感しました。

 

2021年度 2学年 課題研究年間計画
学 期 単元・領域・章等 学習のねらい等
1 4 ガイダンス
PCスキル講座
・1年の活動を振り返り、2年の活動にいかす

・県から貸与されたPCを用いて、探究活動に有益な機能(ビデオ通話やファイルの共同編集機能)の使い方を学ぶ
5 RQ設定 ・興味関心の自覚、視野を広げる
(マインドマップなどを通して自身の興味関心を見える化し、ワクワク感と実現可能性を基準にして、RQを作る)

7
基礎調査 ・文献調査法の習得と知識の構造化
(RQに関する基礎文献を探し、調べたことを班内で構造化する)
2 9 RQ明確化 ・定量化過程での目的の明確化
(マジックワードを除去することでRQを明確化し、仮説を立てる)

11
仮研究 ・目的に沿って妥当な検証活動ができているか
(作ったRQと仮説に妥当性があるかを、単純な実験で確認する)
12
本実験 ・目的に沿って妥当な検証活動ができているか
(仮説を検証するための詳細な実験を計画して実行する。RQ明確化からやり直しを選んだ班は、ここで2回目の確認実験まで進める)
3 1 統計解析 ・自身の研究に妥当性はあったか、考察の妥当性はどうか
(統計検定の結果から、仮説の肯定否定を検証する。  ポスター作成を通して研究の最終確認を行う)
1 クラス発表会 学年発表会
SSH発表会※
・質疑応答を通して、質問する力が向上しているか試す。
(ポスター発表を行い、相手と深い議論ができる)
※SSH発表会は3月に延期
2 追加実験 ・探究活動を通して、何を学んだか言語化する
3 振り返り ・レポート作成を通して、これまでの学んだことを言語化する

      4. 生徒に研究の主導権を返す「課題研究すごろく」の開発

 

そこで、Ⅱ期5年目の2022年、Ⅲ期を見据えてプログラムの見直しを始めました。コンセプトは「生徒に研究の主導権を返す」です。しかし、生徒は課題研究の経験が乏しいため、「自分で進めていいよ」だけでは何をしたらよいか判断ができません。そこが障害となりました。 そのために開発したのが、「課題研究すごろく」です。すごろくは、①RQ設定、②予備実験、③本実験の3種類があります。すごろくにしたのには、以下のようなねらいがあります。
「進むペースはそれぞれ」
「どの道にいくかも各自の判断」
「ふりだしにもどることだってある、でも経験は積み重なる」
「未知の世界を進んでいくワクワク感」
生徒はすごろくを頼りに探究を深めていきます。すごろくには前のすごろくに戻るルートも存在します。大事なのは、すごろくを終わらせることではありません。すごろくの中で行ったり来たりを繰り返して、自分自身でPDCAサイクルを何度も回し、「失敗を繰り返しながら答えのない問いを探究していく力をつけること」です。おそらく最初のサイクルは慣れないため、つたないものとなるはずです。しかし、①→②→①→②→②と、すごろくを行ったり来たり試行錯誤をした生徒達は、たとえ本実験にまでたどり着かなかったとしても、より効率的にPDCAサイクルを回せるようになっていると期待します。これは、単に①→②→③と進めて終わらせることよりも何倍も価値があり、締切を教師が決めていたときには磨かれないものであると考えています。  


          予備実験の探究すごろく(画像は開発中のものです)


     5.生徒自身で探究ができるよう支える環境作り

生徒は時にはつまずくこともあります。生徒自身の力でそれを克服するための支援として、現在はクラウド上にある生徒との共有ドライブに、様々な動画コンテンツの用意を始めています(Ex.グラフの作り方、t検定の使い方、校内物品検索リスト)。理想としては、生徒が必要と感じた時に、必要な情報に、自分たちの判断で、いつでもアクセスできる環境を目指しています。この環境構築には、Ⅱ期の4年間の中で、研究活動に必要な知識技能が精選され、生徒の活動に必要な資料やワークシートの開発を着実に進めてきたことが下地になりました。


               探究活動を行っている生徒

       6.最後に

初実施の6月現在、既に予備実験まで進む班も多数あり、やはり教師が生徒の活動の足かせになっていたことを感じさせられています。生徒の取組が予想を上回り、驚かされることが多い一方で、未だ生徒の活動を支える環境が不十分な場面に気づかされることも多く、課題は山積みの状況です。安定的なシステムになるまでには数年を要するため、Ⅲ期にはこれまでの研究開発を柱に取り組んで行きたいと考えています。
システムが構築できれば、生徒達は今よりも教師の手を借りずに自分たちだけで探究活動を進めることができます。これは、本校の課題研究の目指すところそのものです。さらに、生徒達が自走できれば、教師の労力を削減、特定教師の転勤に伴うノウハウの失伝の防止にもつながり、他校への普及にも貢献できると期待しています。