科学技術振興事業団(理事長 沖村憲樹)の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「生殖細胞の形成機構の解明とその哺乳動物への応用」(研究代表者:小林悟 岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター・教授)で進めている研究において、国立遺伝学研究所 相賀裕美子教授らの研究グループはRNA結合蛋白質(※1)としてハエの生殖細胞の形成に関与することで注目されていたnanos蛋白質が、哺乳類であるマウスで3種類同定され、そのうちの2つの遺伝子、nanos2とnanos3がマウスの初期生殖細胞の形成、及びその維持にかかわっていることを明らかにした。相賀教授らはnanos2及びnanos3それぞれの遺伝子が胎生期の始原生殖細胞(※2)に発現することを示し、またそれぞれの遺伝子ノックアウトマウスを作成し解析した結果、nanos2欠損マウスは雄特異的にまたnanos3欠損マウスは雄、雌両方において、生殖細胞を完全に欠損することを見いだした。今回、進化的に遠く離れたハエとマウスにおいて相同な遺伝子が同様に生殖細胞の形成に関与することを示したことで、生殖細胞形成の戦略が進化的に保存されており、またnanos蛋白質が生殖細胞の形成に重要な働きをもつことを証明した。本成果は、平成15年8月29日付の米国科学雑誌サイエンスで発表される。 |
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<背景>
生殖細胞は唯一、次世代に受け継がれる細胞であり、また全能性を持つ幹細胞であるため、その形成機構、生殖細胞としての性質の実体に関しては注目されてきた。この生殖細胞の形成機構に関してはショウジョウバエでの解析が進んでおり、研究代表者である小林らが中心となり、母性因子(※3)であるRNA結合タンパク質nanosが翻訳制御を介した機構で、生殖細胞が体細胞と異なった性質を維持することを示してきた。しかしマウスにおいては生殖細胞の形成に母性因子が関与している証拠はなく、nanosが生殖細胞の分化に関与しているのか、またその形成機構の保存性については全く不明であった。
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<ハエとマウスの生殖細胞形成過程の比較:図1参照>
ショウジョウバエにおいて生殖細胞は極顆粒と呼ばれる母性因子を取り込んだ細胞がその母性因子の働きで生殖細胞となり、その後移動して生殖巣へはいり、生殖細胞に分化することが知られている。その際、極顆粒の中にnanosのRNAがあり、生殖細胞でのみ翻訳され、それが特に移動期の生殖細胞の維持にかかわることが知られている。一方マウスにおいては、生殖細胞の誘導には周りの細胞からの誘導が重要であり、母性因子の関与は全く知られていない。すなわち最も初期の生殖細胞の形成機構は、両者で異なっていることが明らかである。ところが、マウスにおいても、生殖細胞は胚体外で形成され、それが移動して生殖巣に入っていく過程は非常に似通っている。しかしその移動過程の生殖細胞に特異的に発現し、機能する遺伝子は全く知られていなかった。
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<研究の経緯>
相賀研究室においては、マウスにおけるnanos相同遺伝子が存在するのかどうか、また存在した場合どのような機能をもつかに興味をもち、nanos遺伝子を3個同定し、それぞれの機能を解析してきた。最初に発見したnanos1は生殖細胞には発現せず、そのノックアウトマウスも全く異常を示さなかった(Mechanism of Development 120,721-731 (2003))。そこでさらにnanos2及びnanos3を同定し、その発現解析、機能解析をおこない、生殖細胞形成における機能を明らかにした。
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(Science 29 August 2003の内容)
今回、nanos2, nanos3それぞれの遺伝子の発現解析を行い、さらにノックアウトマウスを作成し、これらの遺伝子の生殖細胞形成過程における機能を解析した。
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nanos2は胎生期の雄の生殖巣に入った生殖細胞で一過的に発現する(図2参照)。nanos2欠損マウスにおいても生殖細胞は正常に形成され、生殖巣にとりこまれるが、ちょうどnanos2の発現する時期から、生殖細胞が細胞死をおこしはじめ、次第に減少し、生後4週目には完全に失われ、雄は精子欠損となり、生殖能力はない。一方、雌の生殖細胞においてnanos2の発現はなく、雌の生殖細胞は正常に発生分化し、生殖能力も正常であった。 |
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一方、nanos3はnanos2よりもっと早い時期に発現が開始する(図2参照)。我々が調べた最も初期の生殖細胞(移動期)ですでに発現しており、その欠損マウスにおいては、この移動期にすでに異常がみられる。生殖細胞は形成されており、移動能力は保持しているが、次第にその数が減少し、ほとんど生殖巣に達する細胞はいない。したがって、雄、雌両方のマウスにおいて生殖細胞欠損をおこす。よって雄、雌どちらも不稔となる。 |
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nanos2及びnanos3の発現は生殖細胞にほぼ限局しており、それ以外の細胞、組織においての欠陥は全く観察されず、まさしく生殖細胞形成に必須な蛋白質であるといえる。 |
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<まとめ>
生殖細胞は究極の幹細胞であり、その細胞の性質、形成機構、また維持機構を理解することは再生医療、生殖医療を目指す今後の医療の基礎研究として非常に重要な課題であることはいうまでもない。相賀研究室では哺乳類でnanosという分子が生殖細胞の維持に必須であり、進化的に保存されて使われていることを始めて明らかにした。このことは我々ヒトにおいても同様な機構が働いていることを強く示唆している。
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<参考:論文タイトル>
Conserved Role of nanos Proteins in Germ Cell Development
doi :10.1126/science.1085222
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<用語注釈>
(※1) |
RNA結合蛋白質 |
RNAに結合して機能するタンパク質の総称。そのなかには、RNAそのものの形成、成熟に関する蛋白質やnanosのようにRNAの翻訳調節に関与するタンパク質が含まれる。 |
(※2) |
始原生殖細胞 |
生殖細胞の前駆細胞、最も初期の生殖細胞で雄、雌の区別はない。一般に始原生殖細胞は胚体外で形成され、移動して生殖巣に入ってから、精子や、卵子といった生殖細胞に分化していく。 |
(※3) |
母性因子 |
母親の体内で作られ、卵子に蓄積しているRNAや蛋白質の総称。ハエ等の無脊椎生物、また脊椎動物でもカエル等では受精後にこれらの母性因子が機能することにより、初期発生過程で多くの細胞運命が決定される。しかし哺乳類では母性因子が細胞の運命決定に関与することはないと考えられている。 |
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この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:生物の発生・分化・再生 (研究総括:堀田 凱樹、国立遺伝学研究所 所長)
研究期間:平成12年度~平成17年度
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【本件問い合わせ先】
相賀 裕美子(さが ゆみこ)
国立遺伝学研究所
〒411-8540 静岡県三島市谷田1111
TEL: 055-981-6829
FAX: 055-981-6828
森本 茂雄(もりもと しげお)
科学技術振興事業団 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 川口市本町4-1-8
TEL:048‐226‐5635
FAX:048‐226‐1164
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