科学技術振興事業団報 第172号


平成13年8月21日
埼玉県川口市本町4−1−8
科学技術振興事業団
電話(048)-226-5606(総務部広報室)

「リンパ球の移動に必須なたんぱく質の機能を初めて解明」

 科学技術振興事業団(理事長 沖村憲樹)の戦略的基礎研究推進事業の研究テーマ「免疫系のフレームワーク決定及び免疫生体制御の分子機構」(研究代表者:笹月健彦、九州大学生体防御医学研究所教授)で進めている研究において機能が不明であった新規たんぱく質(DOCK2)が、哺乳動物のリンパ球の遊走(外部からの刺激に応じて細胞が移動すること)に欠かすことができないことを初めて明らかにした。この研究成果は、九州大学生体防御医学研究所の笹月教授、九州大学生体防御医学研究所福井助教授らの研究グループによって得られたもので、平成13年8月23日付の英国科学雑誌「ネイチャー」で発表される。

 免疫応答は、生体にとって感染に対する必須の防御機構であり、種々の感染源に迅速に対処すべく、免疫細胞は生体内を常にパトロールしている。このように構成細胞が絶えず動き回るという特徴は、他の生命複雑系においては認められず、免疫系独自に進化したものである。免疫細胞のうち、好中球、マクロファージといった細胞は感染の初期防御において機能する一方、Tリンパ球およびBリンパ球はその抗原受容体を介して外来異物を認識することで抗原特異的な免疫応答をひきおこす。
 TおよびBリンパ球は胸腺、骨髄といった1次リンパ組織で分化し、脾臓、リンパ節、パイエル板(小腸のリンパ組織)といった2次リンパ組織の特定のコンパートメントへ移動した後、ここで、種々の組織より集められた抗原を認識し反応する。このリンパ球の移動は、ケモカインと総称されるタンパク質によって導かれることが知られているが、リンパ球の運動性そのものを制御する分子機構は不明であった。
 CDMファミリー分子(注;補足説明資料参照)は、遺伝学の研究に広く利用されている線虫から高等な哺乳類に至るまでよく保存されており、細胞骨格を制御する機能を有する。今回、CDMファミリーに属し、免疫系特異的に発現する遺伝子DOCK2を単離し、その機能を明らかにするために、遺伝子操作によりこれを欠損させたマウス(ノックアウトマウス)を作製した。このマウスは、メンデルの法則に従って出生し、外見上の異常は認められなかった。しかしながら、DOCK2ノックアウトマウス由来のTおよびBリンパ球は種々のケモカイン刺激に対しても遊走せず、その結果、末梢血中のTリンパ球の著減、2次リンパ組織におけるTおよびBリンパ球の減少及びその構築異常を生じた。一方、このノックアウトマウス由来のマクロファージは、正常な遊走能を有していた。以上より、DOCK2はリンパ球特異的に、その運動性を制御するタンパク質であることが初めて明らかにされた。
 この研究成果は、細胞運動の分子機構という基礎生物学の重要なテーマを解明する手掛かりを与えたのみならず、リンパ球の運動性を人為的に制御することでアレルギー、自己免疫疾患、移植片拒絶といったさまざまな免疫関連疾患に対する新しい治療法の開発につながることが期待される。

 この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
 研究領域:生体防御のメカニズム(研究統括:橋本嘉幸 共立薬科大学理事長)
 研究期間:平成9年度 〜 平成14年度

補足説明

本件問い合わせ先:
(研究内容について)
   笹月健彦(ささづきたけひこ)
   九州大学 生体防御医学研究所個体機能制御学部門免疫遺伝学分野
   〒812-8582 福岡市東区馬出3-1-1
   TEL:092-642-6827
   FAX:092-632-0150
(事業について)
   小原英雄(おはらひでお)
   科学技術振興事業団 研究推進部 戦略研究課
   〒332-0012 川口市本町4-1-8
   TEL:048-226-5635
   FAX:048-226-1164

This page updated on August 23, 2001

Copyright©2001 Japan Science and Technology Corporation.

www-pr@jst.go.jp