補足説明


 ノックアウトマウスを用いた解析から、免疫系特異的に発現するCDMファミリー分子DOCK2がリンパ球の移動に必須の分子であることを初めて明らかにした。
 免疫系の特徴の1つは、その構成細胞が絶えず動き回る点にあり、これは他の生命複雑系においては認められない。胸腺、骨髄といった1次リンパ組織で分化したTおよびBリンパ球は、脾臓、リンパ節、パイエル板といった2次リンパ組織の特定のコンパートメントへ移動し、そこで種々の組織から集められた抗原をその抗原受容体を介して認識することで、特異的な免疫応答を惹起する。これまで、リンパ球の移動が、種々のケモカインによって導かれることは知られていたが、リンパ球の運動性そのものを制御する分子機構は不明であった。
 細胞運動には、細胞極性の変化と細胞骨格の再構築が必須であり、これらはいずもRho、Rac、Cdc42といった低分子量Gたんぱく質によって制御されている。この中でもとりわけRacは、葉状突起とよばれるアクチンに富んだ突起を形成することで細胞運動の際の駆動力を提供する。Caenorhabditis elegans(線虫の一種)、ヒトおよびDrosophila melanogaster(ハエの一種)において、CED5、DOCK180、Myoblast city(MBC)という構造上相同性を示す分子が同定され、その頭文字をとってCDMファミリー分子と呼ばれている。これらの分子はいずれもRacの上流で機能することで細胞骨格の再構築に関与すると考えられているが、その哺乳類における機能は不明であった。今回、我々はマウス胸腺cDNAライブラリーより、免疫系特異的に発現するCDMファミリー遺伝子DOCK2を単離し、その生体内での機能を明らかにする目的で、ノックアウトマウスを作製した。
 DOCK2ノックアウトマウスはメンデルの法則に従って出生し、外見上の異常は認められなかった。しかしながら、野生型マウスと比較して脾臓、リンパ節といった2次リンパ組織におけるTおよびBリンパ球の数が著減していた。リンパ球を蛍光色素でラベルして、リンパ節へのホーミングを検討したところ、ノックアウトマウスのTおよびBリンパ球のホーミング活性は野生型マウスのそれと比較して約1/10に減少していた。一方、野生型マウスのリンパ球はノックアウトマウスのリンパ節へ効率よくホーミングしていた。このことから、DOCK2ノックアウトマウスでは、リンパ球自身の異常により、2次リンパ組織へのホーミングが障害されていると考えられた。
 そこで、リンパ球運動におけるDOCK2分子の関与を直接検討する目的で、種々のケモカインに対する遊走活性をノックアウトマウスと野生型マウスで比較した。MCP-1、SDF-1といったケモカインに対するマクロファージの遊走活性はノックアウトマウスと野生型マウス間で差を認めなかった。しかしながら、野生型マウスのTおよびBリンパ球が、SLC、SDF-1、BLCといったケモカイン刺激より活発に遊走するのに対して、ノックアウトマウスのそれは顕著に障害されていた。野生型マウスのリンパ球をケモカインで刺激すると15秒をピークとしてRacの活性化及びアクチンの重合が観察されたが、ノックアウトマウスのリンパ球においてはこれらの反応が消失していた。一方、PKB、ERKの活性化やカルシウムの流入は両者の間で差を認めなかった。すなわち、DOCK2は、Racを活性化し、細胞骨格の再構築を促すことでリンパ球特異的にその運動性を制御していることが明らかとなった。
 DOCK2ノックアウトマウスの1次リンパ組織におけるT及びBリンパ球の分化に関して、大きな異常は認められなかった。しかしながら、ノックアウトマウスの末梢血中のTリンパ球は野生型マウスと比較して著減していた。ケモカインELCが成熟胸腺T細胞の胸腺からの移出に関与することが知られている。胸腺器官培養を用いてELCに対する成熟胸腺T細胞の移出を検討したところ、その効率がノックアウトマウスでは野生型マウスに比べ約1/20に減少していた。このことから、成熟胸腺T細胞の移出障害が、ノックアウトマウス末梢血におけるTリンパ球減少の原因であることが示唆された。
 SLC、ELC、BLCといったケモカインは、'homeostatic chemokines'と称され、2次リンパ組織の構築に重要な役割を演じることが知られている。DOCK2ノックアウトマウスの脾臓の免疫組織学的解析において、リンパ瀘胞の著明な萎縮、赤脾髄におけるリンパ球の迷入及びmarginal zone B細胞の消失が観察された。リンパ濾胞の萎縮はリンパ節、パイエル板といった他の2次リンパ系組織においても同様に認められた。さらに、ノックアウトマウスの胸腺において成熟胸腺T細胞の分布に顕著な異常を認めた。すなわち、DOCK2ノックアウトマウスのリンパ球は種々のケモカイン刺激に遊走活性を示さず、その結果免疫系の構築異常が生じることが示された。
 以上より、DOCK2はRacを活性化し、細胞骨格の再構築を促すことでリンパ球の運動性を制御する重要な分子であり、その欠損が免疫系の構築に多大な影響を与えることが初めて明らかにされた。この知見は、細胞運動が線虫から哺乳類まで極めてよく保存された分子によって制御されていることを初めて示したのみならず、リンパ球の運動性を人為的に制御することでアレルギー、自己免疫疾患、移植片拒絶といった免疫関連疾患に対する新しい治療法の開発につながることが期待される。


This page updated on August 23, 2001

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