樽茶多体相関場プロジェクト


1.総括責任者

 樽茶清悟(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)

2.研究の概要

 20世紀後半の物理研究における顕著な方向性の一つとして、固体・液体などの相互作用粒子系の性質を量子力学によって解明しようというものがある。ヘリウム(4He)の超流動や金属超伝導はボーズ粒子系の典型的な相互作用効果に由来する現象として早くから知られている。最近では、酸化物超伝導の発見を契機として、従来難問として避けられてきた多体効果、すなわち粒子相関の問題が正面から取り上げられるようになってきた。一方、フェルミ粒子の代表である電子系についても、ボーズ粒子とは質的に異なる粒子相関現象(分数量子ホール効果注1)など)が現れることが分かってきた。これらの相互作用系では、粒子間の相関を反映した多粒子状態が系の性質を決めるうえで重要な役割を果たす。特に、粒子相関がコヒーレントな性質をもつときには、粒子系全体が空間的な秩序性を示す場合がある。上記の超流動や超伝導はその例で、このような秩序性の発見に端を発して、これまで数々の物性研究が展開されてきた。しかし、その多くはボーズ粒子系に関するもので、フェルミ粒子系については、ほとんど研究が進んでいない。 
 本研究は、電子相関を正確に把握できる数十ナノメートルスケールの微視的量子構造を単位として、これを人為的に組み合わせることにより巨視的にコヒーレントな秩序性をもつ構造(多体相関場)を作りだすとともにその秩序性を記述するための量子力学的理論を構築しようとするものである。相関効果は電子を半導体低次元構造に閉じこめた系で顕著にあらわれるので、まず理想的な単位構造として、零次元電子系(人工原子注2)など)、一次元電子系を選び、そしてその中でのコヒーレント性と電子相関の関係を明らかにする。さらに、これらを、それぞれ複数個組み合わせることにより、よりマクロなスケールの電子相関で支配される秩序状態を実現し、その量子力学的性質を明らかにする。また、電子の単位構造と強磁性体との接合を利用した電子−磁気モーメント系、超伝導体との接合を利用した電子−準粒子系、或いは半導体接合を利用した電子−光子系、などの異種粒子間の相関現象を探究し、物性物理の新しい分野を開拓する。
 本研究により、巨視的秩序構造を舞台として、いわゆる"強相関系"の多体効果の解明や、さまざまな量子力学的基本仮説の検証が進められるだけでなく、異種物質を微細に組み合わせた構造における新しい粒子相関現象の発見が期待できる。これらの成果をもとに、例えば、電子のコヒーレント状態を利用した量子暗号処理や量子論理ゲート、異種接合の超伝導あるいは強磁性的性質を取り入れた電子デバイス、などの新しいデバイス概念の出現などが期待される。また、それに関連して高品質な結晶を作成する技術、高精度な微細加工技術、極限環境下での測定技術等の進展が期待される。

3.研究の進め方

 本研究では、(1)低次元電子相関、(2)異種粒子相関、(3)量子輸送コヒーレンスの3グループを設置し、相互に緊密な連携を保ちつつ研究を展開する。それぞれのグループでは、一次元、零次元の強い電子相関構造の作成と多体相関の研究、異種物質の微細構造の作成と異種粒子間の相関効果の抽出の研究、量子輸送における相関とコヒーレンスの研究を有機的に組み合わせて行う。

4.研究事項

 (1)低次元電子相関

 人工原子、朝永−ラッティンジャー液体注3)をそれぞれ零次元、一次元の基本単位として、複数個結合させたコヒーレントな秩序構造を実現するとともに、その電気的性質を支配する多体相関系の物理を解き明かす。具体的には、人工原子を一列に結合した人工分子、および二次元的に結合したマトリックス構造において、強いスピン相関の発生や分子的軌道形態の発現等のような、相関効果の制御をめざす。さらに、その特徴を利用した電子デバイス概念を提唱する。朝永−ラッティンジャー液体については、一次元方向に新たな周期性をつけ加えた構造、異なる一次元性をもつ朝永−ラッティンジャー液体を接続した構造等について、電荷−スピンの分離、モット転移注4)などの非フェルミ液体的性質を抽出する。これにより、フェルミ粒子の典型として知られている電子が、相関効果によりボーズ粒子的に振る舞うことを、実験的に明らかにする。

 (2)異種粒子相関

 半導体と強磁性体、超伝導体などの微小接合、半導体微小光共振器などを用いて、電子−磁気モーメント、量子磁束、準粒子、光子などの異種粒子間の相関現象を追求する。さらに、表面原子操作技術を利用して、これらの微小接合のスケールを原子レベルまで小さくすることにより、微小極限での新物質創製の可能性を検討する。また、カーボンナノチューブ、フラーレン、極微小金属粒子など、特異な相関効果が期待される材料系についても探索的研究を行う。

 (3)量子輸送コヒーレンス

 量子ドット構造の電子スピンに関わる相関現象に着目し、極低温の電気伝導、すなわち、量子輸送に反映される相関効果の詳細と位相緩和時間の影響などを明らかにする。さらに、スピン状態のコヒーレント性を利用した量子論理ゲートを提案する。また、新しい表面走査プローブ技術を開発し、相関現象の空間的秩序性を解明する。

5.研究期間

 平成11年10月1日〜平成16年9月30日

用語解説

注1) 強電磁場下において2次元電子系の伝導率(この場合、ホール伝導率といわれる)が物質の種類によって変わらない値(e2/hの分数倍)に量子化される現象。
注2) 電子を半導体微小空間に閉じこめたもので、その中の電子は実際の原子中の電子に類似した振る舞いをする。
注3) 一次元フェルミ粒子(電子、中性子などの粒子)系における多体問題を最も基本的な形で捉えた電子模型。
注4) 強い電子間相互作用によって生じる絶縁体と金属の間の相転移現象。

This page updated on October 5, 1999

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