科学技術振興機構報 第89号
平成16年7月6日
独立行政法人 科学技術振興機構
東京都千代田区四番町5-3
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL:http://www.jst.go.jp/

高温超伝導メカニズム解明への手がかり

-電子の運動状態に対する格子振動効果の直接観測に成功-

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村憲樹)の研究チームは、高温超伝導体中を動き回る電子が結晶を構成する原子の振動(格子振動)と強く相互作用していることを明らかにした。本研究成果は、高温超伝導発現にとって本質的ではないとされてきた格子振動が、実際には高温超伝導と密接な関わりをもつことの証拠として、超伝導メカニズム論争に大きな一石を投じるものである。
 超伝導は、反発しあう電子と電子の間に引力が生じ、電子の対が形成されることで実現する。従来の超伝導体では、電子対を形成する糊の正体は格子振動であった。一方で、高温超伝導体では、超伝導と格子振動の関係や、電子と格子の相互作用を示す観測例がほとんどなく、糊の役割は格子振動以外が担っているという意見が発見当初から大勢を占めてきた。
 今回、従来の方法では困難とされてきた「高温超伝導体中で格子振動と強く相互作用して運動する電子の直接観測」に世界で初めて成功した。格子振動の影響を強く受ける電子は、その運動方向とエネルギーに特徴があり、高温超伝導になる電子対のもつ運動状態と深く関連していることを発見した。この測定結果は、高温超伝導の仕組みを理解する上で重要な手がかりになるものと期待している。
 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「相関電子コヒーレンス制御」(研究代表者:永長直人・東京大学大学院工学系研究科教授)の一環として、東京大学大学院新領域創成科学研究科の笹川崇男助手、高木英典教授、およびカリフォルニア大学バークレー校のAlessandra Lanzara助教授のグループによって得られたもので、7月8日付け英国科学誌「ネイチャー」で発表される。
 銅と酸素の2次元ネットワークを構成要素としてもつ一連の銅酸化物において、比較的高い温度での超伝導現象が観測されている。この高温超伝導は、現代物理学の最も重要な課題の一つとして活発な研究が行われているものの、そのメカニズムはまだわかっていない。金属や合金における従来の超伝導メカニズムを解明する手がかりとして、転移温度に対する同位体効果(注1)の発見が重要な役割を果たしたが、これに対応するような決定的な実験観察が高温超伝導体においても切望されていた。今回、高温超伝導体において、全く異なる新しいタイプの同位体効果を電子の運動状態の変化として観測することに成功し、メカニズム解明への糸口になるものとして期待が高まっている。
<研究背景>
 金属中における電子の運動は、格子の乱れや振動によって邪魔される。これが電気抵抗の発生する原因である。ところが、物質によっては温度を下げると電気抵抗が突然なくなるものが知られており、この現象を超伝導という。超伝導状態は、何らかの素励起の仲立ちにより反発しあう電子と電子の間に引力が生じ、電子同士の結合した電子対が形成されることによって実現する。この電子のノリの正体を知ることが超伝導理論の出発点となる。従来の超伝導体においては、これが格子振動であることが明らかになったことでBCS理論(注2)が完成された。ここで決定的役割を果たした実験は、同じ原子番号で原子核の質量の異なる同位体元素を用いると、超伝導転移温度が質量を反映した格子振動の変化に影響を受けるという、同位体効果の観測であった。

高温超伝導体の場合には、超伝導と格子振動の関係や、電子と格子の相互作用を示す観測例がほとんどなく、メカニズムを考える上での対象から格子振動が除外されることとなった。しかしながら、電子同士の相互作用が強い高温超伝導体においては、その強電子相関(Mott効果;注3)が格子振動の効果を覆い隠して観測を困難にさせたり、あるいは全く違った姿として観測させたりするために、格子振動の役割を正しく理解することは一筋縄ではいかないことがわかってきている。このような指摘に刺激されて高温超伝導体における電子と格子の相互作用について再検討が活発に行われる状況になっているが、メカニズムと結びつく実験事実の発見にはこれまで至っていなかった。
<研究成果>
 高温超伝導体では、超伝導の舞台が2次元の正方格子状に並ぶ銅と酸素のネットワーク面であること、そしてそこで形成される電子対は電子の運動方向に大きく依存することがわかっている(図1)。本研究では、銅酸素面の格子振動を最も大きく変化させることが可能な酸素の同位体置換を行い、これによって引き起こされる電子の運動状態の変化を、エネルギーと運動方向に分解して観測するという試みを行った。

 同位体置換により原子の質量数を変化させると、その原子の振動の様子だけを変化させることができる。したがって、同位体置換前後の電子の運動状態の変化を精度良く明らかにできれば、ある特定の格子振動がまとわりついて影響を与えている電子を特定できるものと考えた。原理的には単純であるが、適切に同位体置換した単結晶試料を準備し、十分な分解能と再現性をもって測定を実施する、という2つハードルは非常に高いと考えられて来たため、この試みが行われていなかった。今回の新発見は、物質合成と物性測定を国際共同研究として一貫して行った成果である。
 具体的には、実験対象として、高温で酸素が可逆的に出入りするビスマス・ストロンチウム・カルシウム・銅の酸化物でセ氏零下約一八〇度において超伝導になる物質(Bi2Sr2CaCu2Oy; 注4)の単結晶を選んだ。試料は、これらを同位体酸素のガス雰囲気を制御した条件において適切な熱処理を行うことで、質量数16や18の酸素原子を選択的に含むように準備した。この熱処理のために特別に設計・製作した炉を図2に示す。この試料に、シンクロトロン軌道放射光施設(注5)で発生される非常に強力な光を照射し、試料表面から真空中に叩き出されてきた電子の方向やエネルギーを精密に分析する「角度分解光電子分光」測定を行うことで、これまで検討されることのなかった電子の運動に対する格子振動の効果を直接観測することに成功した。
 その結果、金属の場合に解明されている現象としては説明できそうにない、異常な電子と格子の相互作用が高温超伝導体で発生していることを発見した。酸素の振動が影響を与えているのは、相互作用するとは予想されなかった運動エネルギーを持つ電子であり、特に超伝導の電子対を作りやすい方向に運動している電子への効果が大きいことがわかった。さらに、超伝導状態でこのような新奇な電子格子の相互作用が増強されるという、超伝導現象との明らかな関連も見出した。
 この測定結果は、格子振動が超伝導と密接に関わっていることを示す直接的な証拠として、高温超伝導の仕組みを理解する上で重要な手がかりになるものと考えられている。奇しくも、従来の超伝導メカニズムの解明に転移温度への同位体効果が重要な役割を果たしたように、それとは全く異なるタイプの同位体効果の発見が、高温超伝導における機構解明への弾みになるという感触を得た。
<今後の展開>
 高温超伝導の性質は、キャリア(電流の担い手)の濃度に大きく依存することが知られており、今回の研究チームの成果は、着目した物質が最大の転移温度を示すキャリア濃度となる組成で得られている。したがって、キャリア濃度を調整して超伝導状態を変化させた場合に、今回観測された新奇な電子と格子の相互作用がどのように影響を受けるかを系統的に明らかにすることが早急に望まれる。

 また、同様なアプローチを多彩な高温超伝導物質に対して網羅的に実施することにより、結晶構造や転移温度などとの系統性の中から、高温超伝導体における格子振動の真の姿を抽出できるものと確信している。そしてこれが、高温超伝導の仕組みを謎とく最も有力な実験的証拠に発展することを期待している。
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: 高度情報処理・通信の実現に向けたナノ構造体材料の制御と利用
(研究総括:福山秀敏・東北大学教授)
研究期間: 平成14年度~平成19年度
<論文題目>
"An unusual isotope effect in a high-transition-temperature superconductor"
(高温超伝導体における異常な同位体効果)
doi :10.1038/nature02731
<用語解説>
図1
図2
図3

******************************************************
本件問い合わせ先:
高木 英典(たかぎ ひでのり)
 東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授
 〒277-8561 千葉県柏市柏の葉5-1-5
 TEL:04-7136-3790
 FAX:04-7136-3792  

笹川 崇男(ささがわ たかお)
 東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 助手
 〒277-8561 千葉県柏市柏の葉5-1-5
 TEL:04-7136-5465
 FAX:04-7136-3792  

甲田 彰(こうだ あきら)
 独立行政法人科学技術振興機構
 特別プロジェクト推進室
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8 川口センタービル
   TEL: 048-226-5623/FAX: 048-226-5703
******************************************************
■ 戻る ■

This page updated on November 6, 2015

Copyright©2004 Japan Science and Technology Agency.