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科学技術振興機構報 第753号

平成22年8月23日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

炎症を抑える薬剤の新たな探索評価システムの開発に成功
―関節リウマチ、動脈硬化症の治療に新しい可能性―

(JST委託開発の成果)

JST(理事長 北澤 宏一)はこのほど、独創的シーズ展開事業・委託開発の開発課題「ケモカイン注1)受容体CCR2注2)特異的阻害物質」の開発結果を成功と認定しました。

この開発課題は、東京大学 大学院医学系研究科 松島 綱治 教授らの研究成果を基に、平成17年3月から平成22年3月にかけて株式会社ECI(代表取締役社長 鈴木 幹雄、本社住所 東京都目黒区青葉台4−7−7、資本金 27億3千万円)に委託して、企業化開発(開発費 約2億円)を進めていたものです。

従来より慢性リウマチ、炎症性腸疾患などの難治性炎症疾患では、マクロファージ注3)などの免疫細胞が炎症部分で多く作られるたんぱく質(ケモカインなど)に向かって遊走し(細胞走化性注4))、過度に集積・活性化して細胞組織を破壊することで、局所的に慢性の炎症を引き起こすことが知られています。従来の新薬候補の探索は、これらの細胞の走化性を引き起こすたんぱく質ケモカインと結合する受容体(ケモカイン受容体CCR2)を標的として行われてきました。しかし、見いだされた化合物は動物種間で薬剤効果が異なる(種交差性注5))などの点で問題が多く、現在まで開発はほとんど成功していません。このため新薬探索のための新たな分子標的が必要とされています。

今回の開発は、ケモカイン受容体CCR2と細胞内で選択的に結合して、免疫細胞の遊走・集積を引き起こすスイッチとなる細胞内たんぱく質フロント(FROUNT)注6)に着目しました。このフロントの機能を阻害することにより、炎症を抑えることのできる新規化合物の開発を目指しました。

この新技術の開発では、まずフロントの機能を阻害する物質の選別(スクリーニング)システムの構築から着手し、酵母を用いた細胞レベルでの高感度の第一次評価系を構築しました。また、細胞遊走活性の評価においては、細胞の動態を可視化する技術を用いることにより、精度の高い薬剤スクリーニング評価システムの構築に成功しました。これらのシステムを用いて2万種類以上の化合物を評価し、毒性評価試験と動物炎症モデル評価試験を通して、抗炎症効果を持つ候補化合物を選抜しました。候補化合物はさらなる薬効の改良により、関節リウマチや動脈硬化症などの慢性炎症性疾患の治療に結びつくことが期待されます。

さらに、開発された薬剤スクリーニング評価システムは、新たな創薬開発システムとして医薬品開発における効率的手法として広く活用されることが期待されます。

独創的シーズ展開事業・委託開発は、大学や公的研究機関などの研究成果で、特に開発リスクの高いものについて企業に開発費を支出して開発を委託し、実用化を図っています。本事業は、現在、「研究成果最適展開事業【A-STEP】」に発展的に再編しています。詳細情報 http://www.jst.go.jp/a-step/

本技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景) 関節リウマチなど慢性炎症性疾患の治療を目指して行われてきた走化性因子受容体に着目した治療薬開発にはさまざまな問題があり、新しい創薬開発コンセプトが必要とされています。

関節リウマチ、動脈硬化症などの慢性炎症性疾患の治療は、炎症を悪化させる可能性が大きい白血球の一種であるマクロファージや単球注7)などの走化性を制御して、これらの細胞が局所に集積することを妨げたり、活性化させないことが重要と考えられています。

そこで従来は、新薬候補の探索として、これらの細胞の走化性に関与するケモカイン受容体が標的として注目され、細胞表面に露出しているケモカインとの結合部位を阻害する物質の研究が行われてきました。しかし、ケモカイン受容体の結合部位の構造は、動物種で異なり、候補化合物の動物実験ができないなどの点で大きな問題がありました。そこでこれらの問題を解決する新たな標的分子が求められています。

(内容) 遺伝子を導入した酵母を用いた創薬開発システムを構築し、フロントの役割を阻害し、抗炎症効果を示す候補化合物を選抜しました。

今回の開発では、ケモカイン受容体CCR2と細胞内で選択的に結合し、マクロファージや単球の遊走・集積・活性化を引き起こすたんぱく質フロントの機能を抑制する化合物の探索を行いました(図1)。フロントは細胞内に存在するたんぱく質で、刺激を受けたマクロファージや単球のケモカイン受容体CCR2の細胞内部分に結合し、走化性シグナルを制御する分子です。細胞内分子は動物種による違いが少ないため、フロントの機能を制御する薬剤候補は動物実験で開発を進めることができます。

まず、フロントの機能を阻害する物質のスクリーニングシステムの構築に着手し、必要な遺伝子を導入した酵母を用いた細胞レベルでのアッセイ系注8)を構築しました。これを高効率化することにより、高感度の第一次評価系、続いて、細胞遊走活性の評価においては、細胞の遊走軌跡を2次元方向で経時的に解析・評価し、可視化するTAXIScan技術注9)を用いることにより、精度の高い薬剤スクリーニング評価システム(図2)の構築に成功しました。

この薬剤スクリーニング評価システムを、入手した海外由来の化合物ライブラリーのスクリーニングに適用した結果、フロントの機能を阻害する複数の有望化合物を発見しました。さらに、細胞遊走阻害活性試験、細胞毒性評価試験、動物モデルでの抗炎症効果試験などを行った結果、候補化合物を選抜しました。

(効果) 新たなコンセプトに基づき構築された薬剤スクリーニング評価システムは、新たな創薬開発システムとして、幅広い活用が期待されます。また、選抜された候補化合物はさらに薬効を高めることにより関節リウマチや動脈硬化症治療薬への展開が期待されます。

本開発で構築された酵母を用いた創薬開発システムは、細胞レベルでの特定の分子標的に対する効果を迅速かつ的確に検証できる特長を持つものです。今後、他社への技術供与およびライセンス化により、医薬品開発における独自の効率的手法として幅広い活用が期待されます(図3)。

また、今回選抜された候補化合物は、細胞レベルでの毒性試験、遊走阻害活性評価試験、動物試験の抗炎症効果などで活性が確認されたものであり、今後さらに薬効の向上を目指した最適化により関節リウマチや動脈硬化症などに対する新しい治療薬の創出が期待されます。

<参考図>

図1

図1 創薬開発の新しいコンセプト

図2

図2 新規の薬剤スクリーニング評価システムの概要

図3

図3 今回の開発の成果と今後の展開

<用語解説>

注1) ケモカイン
白血球などの免疫細胞の遊走を引き起こす比較的小さなたんぱく質で、これまでに50種類ほど知られている。免疫細胞を含む各種細胞の走化性因子として働き、炎症の形成や免疫に関与する。
注2) ケモカイン受容体CCR2
ケモカイン受容体は細胞を移動させる働きのあるケモカインを、細胞の表面で受け止め感受するアンテナの役割を持つ。
CCR2は炎症反応の司令塔である単球、マクロファージなどに発現するケモカイン受容体の一種。関節リウマチ、動脈硬化症などの難治性炎症性疾患との関わりが明らかにされている。
注3) マクロファージ
白血球の1つ。免疫システムの一部を担うアメーバ状の細胞で、生体内に侵入した細菌、ウイルス、または死んだ細胞を捕食・消化したり、サイトカインを放出して、生体機能を制御する役割を持つ。別名、大食細胞ともいわれる。
注4) 細胞走化性
免疫細胞などが、炎症の場所で多くつくられるケモカインなどに向かって移動(遊走)する現象。
注5) 種交差性
動物種間での薬剤効果の共通性のこと。動物実験と臨床試験での効果の一致が薬剤開発における重要なポイントとなる。
注6) フロント(FROUNT)
今回株式会社ECIと東京大学医学系研究科の松島教授らが共同で発見した細胞内分子で、刺激を受けた単球、マクロファージのケモカイン受容体のCCR2やCCR5の細胞内特異部分に結合し、走化性を促進する。動物実験ではフロントの機能阻害により、マクロファージの炎症局所への移動が見られなくなる。マクロファージの過度の集積が原因とされる炎症性疾患においてフロントの働きを阻害することで、これらの疾患に対する副作用の少ない薬剤開発を実現することが期待できる。
注7) 単球
血中に存在する白血球の一種で、血管から組織に出てマクロファージに分化し、生体防御のための免疫反応の引き金になるなどの機能を持っている。
注8) アッセイ系
分析・評価することをいい、細胞や生物個体、または生体材料を用いて生物学的な応答を分析・評価することを特にバイオアッセイ(Bioassay)という。
注9) TAXIScan技術
さまざまな疾患に深く関係しているエフェクター細胞の走化性などを解析する目的で株式会社ECIが開発した独自技術。細胞は微細加工したスペースに形成された、走化因子の濃度勾配を感知して遊走する。細胞の遊走軌跡からさまざまなパラメーターが計算可能で、種々の定量法が開発されている。

開発を終了した課題の評価

<お問い合わせ先>

株式会社 ECI 研究2部フロント創薬開発プロジェクト
寺島 裕也(テラシマ ユウヤ)
〒153-0042 東京都目黒区青葉台4−7−7 青葉台ヒルズ3F
Tel:03-5452-0662 Fax:03-5452-0663

独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 産学連携展開部
平尾 孝憲(ヒラオ タカノリ)、福壽 芳治(フクジュ ヨシハル)
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8995 Fax:03-5214-0017