JSTトッププレス一覧 > 科学技術振興機構報 第739号
科学技術振興機構報 第739号

平成22年6月21日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

高感度で低侵襲なアレルギー診断技術を提供するベンチャー企業設立

(JST大学発ベンチャー創出推進の研究開発成果を事業展開)

JST(理事長 北澤 宏一)は産学連携事業の一環として、大学・公的研究機関などの研究成果を基にした起業のための研究開発を推進しています。

平成20年度より徳島大学に委託した研究開発課題「低侵襲性高感度マルチ抗原アレルギー診断チップの開発研究」(開発代表者:木戸 博 徳島大学 疾患酵素学研究センター 教授、起業家:鈴木 宏一)では、革新的カルボキシル化DLCたんぱくチップ注1)の技術とその関連技術について研究を重ね、このたび、微量の血液や臍帯血(さいたいけつ)、唾液、鼻汁、涙液などの体液を検体として用いて、1回の検査で多項目のアレルギー注2)原因物質(アレルゲン)を診断できる画期的な「低侵襲性高感度マルチ抗原アレルギー診断チップ」の開発に成功しました。この成果を基に平成22年5月27日(木)に、メンバーらが出資して「応用酵素医学研究所株式会社」を設立しました。

現在の標準的アレルギー診断法として用いられるアレルゲン特異的IgE注3)測定法のCAP―RAST法注4)は検出感度が十分とはいえず、また、多項目のアレルギー診断には多くの血液を必要とします。特に乳幼児のアレルギー診断では、検査に必要とする血液量の多さが乳幼児の負担になっています。さらに乳幼児のアレルギーの早期発見、早期診断に、新生児の臍帯血診断がこれまで検討されてきましたが、胎児のIgE生産量は少なく、同法による臍帯血のアレルギー診断は不可能とされていました。そのため、高感度で低侵襲性注5)と迅速性とを兼ね備えた、多項目検定対応のアレルギー診断法として、マイクロアレイ注6)によるアレルギー診断が市場から強く望まれています。

本研究開発では従来法の問題点を解決するために、これまでに同教授らがDNA診断向けに開発してきたカルボキシル化DLCチップの技術を、抗原たんぱく質の高密度集積と、それによる高感度化を可能とするアレルギー診断用のチップ開発に応用・発展させ、2時間以内に微量でかつ高感度で測定できる技術を検討し、このたび開発に成功しました。これにより、患者への負担を軽減した迅速で正確なアレルギー診断が可能となりました。さらに従来のアレルギー診断に比べて、測定対象抗体の範囲を広げる技術開発にも成功したことで、これまでのように単にIgE抗体によるアレルゲンの同定にとどまることなく、アレルギーの進行状況、治療状況、アレルギー症状の軽減状況を正確に伝えることが可能になりました。

今後、同社は「低侵襲性高感度マルチ抗原アレルギー診断チップ」によるアレルギー診断事業を進めながら同技術の普及を目指し、さらに関連機器メーカーと連携してアレルギー診断マイクロアレイの全自動解析装置を開発して、本事業の国際展開を目指します。

今回の企業の設立は、以下の事業の研究開発成果によるものです。

独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進

研究開発課題 「低侵襲性高感度マルチ抗原アレルギー診断チップの開発研究」
開発代表者 木戸 博(徳島大学 疾患酵素学研究センター 教授)
起業家 鈴木 宏一
研究開発期間 平成20〜22年

独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進では、大学・公的研究機関などの研究成果を基にした起業および事業展開に必要な研究開発を推進することにより、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャーが創出され、これを通じて大学などの研究成果の社会・経済への還元を推進することを目的としています。

今回の「応用酵素研究所 株式会社」設立により、JSTの「プレベンチャー事業」および「大学発ベンチャー創出推進」によって設立したベンチャー企業数は、108社となりました。本事業は、現在、「研究成果最適展開支援事業【A−STEP】」に発展的に再編しています。
詳細情報:http://www.jst.go.jp/a-step/

<開発の背景>

たんぱく質と酵素の研究で50年の実績のある徳島大学 疾患酵素学研究センターでは、これまでに蓄積されたたんぱく質化学の知見と技術とをたんぱく質のマイクロアレイに応用することに取り組んできました。その具体的な応用研究テーマの1つに、現在国民病といわれ人口の約30%が罹患(りかん)している、アレルギー疾患の診断法の改良があります。

現在の標準的なアレルギー診断法であるCAP−RAST法では、比較的多くの血液(10〜20ml)を必要としており、しかも検査結果から得られる情報は、アレルゲンの同定であり、治療に踏み込んだ情報を得ることはできませんでした。特に乳幼児にとっては、多くの血液を必要とする負担の高い診断方法です。

木戸教授らの研究開発チームはこれらの問題を解決するため、これまでDNAマイクロアレイの領域を対象に開発してきたカルボキシル化DLCチップの技術を、たんぱく質マイクロアレイに応用する新技術の開発に取り組んできました。

<研究開発の内容>

木戸教授らのチームは、これまでに高密度にDNAをチップ上に固定化できるカルボキシル化DLCチップを開発していました。この技術をたんぱく質マイクロアレイに応用し、たんぱく質を高密度に固定化することを目指し、独自の技術開発に取り組みました。

すでに開発していたチップは、0.25nm間隔に配置するダイヤモンドのカーボンから高密度に垂直に突き出た、核酸やたんぱく質と結合する機能を持つ反応基(カルボキシル基)を有していることが特徴です。同開発チームは、反応基を高密度に集積させて高感度化、検体の少量化および幅広い定量性が期待できる本チップ技術を、アレルギー診断が可能なたんぱく質チップの開発に応用できないか検討しました。このカルボキシル化DLCチップの技術をアレルギー診断が可能なたんぱくチップの開発に展開するためには、抗原抗体反応機能を維持した状態での抗原たんぱく質の固定化条件、抗原たんぱく質の抽出・精製条件、検体調整条件など、多くの条件の最適化が必要でした。

同開発チームは、それら種々の条件の検討を行った結果、抗原抗体反応注7)に基づく特異的反応性が向上し、高感度でノイズの影響が低いたんぱくチップ(低侵襲性高感度マルチ抗原アレルギー診断チップ)の開発に成功しました(図1図2)。

従来のCAP―RAST法と異なる点は主に以下の5つです(図3)。

第1に、従来法が1つのアレルゲンを調べるために40μlの血液を必要とするのに対し、本マイクロチップは1〜2μlの微量血液で一度に数十ものアレルゲン診断が可能です。

第2に、本マイクロチップは、日本のアレルギー患者のアレルギーの原因となるほとんどの抗原を網羅したチップであり、卵や牛乳その他の食物、ネコやイヌの皮膚抗原、小麦やスギ花粉などに対応する抗体の検出が可能です(図4)。

第3に、従来のアレルギー診断が血液中の抗原に特異的に働くIgE抗体を検出し、アレルゲンを特定するだけでしたが、本マイクロチップはアレルギーの病状に影響を与えるIgE以外の複数の抗体(IgA、IgG1、IgG4、IgG、sIgA)の測定も可能であり、これらの抗体を測定することの臨床的意義を明らかにして、アレルギーの病状を総合的に診断する基盤技術を提案することもできました(図5)。

第4に、検体として、血液以外に、唾液、涙液、鼻汁のIgE、sIgA、IgG4を高感度に測定することも可能となりました。特に唾液による診断は、集団検診など多数の検者に少ない負担で実施できる高感度測定として期待されています。

第5に、血液を検体にした場合でも、従来は前処理として血清注8)の分離が必要でしたが、この操作を省いて全血で測定できる簡便さが実現しました。カルボキシル化DLCマイクロアレイ技術によって、アレルギーの検査がこれまで以上に身近で、しかも病状の進行の把握から治療効果の判定まで、多数の情報が収集可能になりました。

<今後の事業展開>

今回開発したマイクロアレイ技術を用いたアレルギー診断チップ(低侵襲性高感度マルチ抗原アレルギー診断チップ)について、今後提携先と全自動測定装置の開発を進めていきます。当面は、血液IgE抗体を高感度に測定するアレルギー診断事業を柱に、唾液、涙液、鼻汁の各種抗体を測定する診断事業を拡大させます。そして日本での事業を核に、将来は国際事業展開を目指します。さらに中長期的には、このマイクロアレイ技術をアレルギー診断チップ以外に応用展開することを計画しており、例えばインフルエンザワクチン接種後の抗体価注9)の測定や、ワクチン接種の必要性を判定するマイクロアレイの開発にも取り組み、事業の展開を計っていく予定です。

<参考図>

図1a

図1a カルボキシル化DLCたんぱくチップの構造

上段の図は、ダイヤモンドの炭素の結晶を作製する条件に比べて、低温、短時間の条件にて調製できる炭素の不完全結晶体(DLC)基盤の構造を示す。下段の図は、そのDLC基盤上に、各炭素原子から空間的な距離をあけるためのスペーサーアームを経てカルボキシル基を導入するプロセスを示す。その結果、2.5Å(=0.25nm)間隔で、カルボキシル基が高密度に集積されたDLCたんぱくチップができる。

図1b

図1b カルボキシル化DLCたんぱくチップの検出機構

図1aにて調製したプレーンチップ上には高密度にカルボキシル基が集積されているが、このカルボキシル基を、ヒドロキシコハク酸イミドと縮合剤のWSCにより活性化した後に、抗原たんぱく質と結合させる。このチップは、測定対象とした抗原に対応する抗体と特異的に反応した場合にのみ蛍光を発するように、蛍光色素で標識した(測定対象抗原とのみ特異的に反応する)2次抗体と反応させる。この蛍光強度を測定することにより検体に含まれる各種抗体量を測定して、アレルギー診断につなげる。

図2

図2 開発された低侵襲性高感度マルチ抗原アレルギー診断チップ

図3

図3 従来測定法との比較

図4

図4 本マイクロチップによるさまざまな抗原に対するアレルギーを持った患者の測定例

蛍光強度が示すIgE抗体の量を色で示したもの。赤、オレンジ、黄色のシグナルは、高濃度のIgEがあることを示しており、活発なアレルギー状態であることを示す。標準物質には、既知の濃度のヒトIgE抗体を搭載している。

図5

図5 アレルギー状態を総合的に判断することを目的とした多種類の抗体測定

アレルギーの原因物質(アレルゲン)が体に侵入すると、生体防御反応としてアレルゲンと反応するIgE抗体が産生され、時に過剰な防御反応によって体はアレルギー状態に傾く。一方で体は、IgE以外にもアレルゲンと反応するIgA、IgG1、IgG4抗体を血液中に産生し、口腔や鼻腔粘膜にはsIgA抗体を産生して、アレルギー状態に傾いた体を元に戻そうとする反応を始める。アレルゲンによるこのような体のバランス状態を、さまざまな抗体測定から探る試みが始まっており、アレルギー診断チップの情報がアレルギーの進行状況の判定や、アレルギーの治療効果の判定に有益な情報を提供することが可能になる。

<用語解説>

注1) カルボキシル化DLCたんぱくチップ
DLCとはDiamond−Like Carbonの略称であり、ダイアモンドの炭素の結晶を作製する条件に比べて、低温と短時間の条件でできる炭素の不完全結晶体をいう。カルボキシル化DLCたんぱくチップとは、このDLCを基板表面に沈着させた後、化学反応によりカルボキシル基をDLCに導入して、たんぱく質をアミノ基で固定化するように加工したたんぱくチップをいう。
注2) アレルギー
花粉症やアトピー、食べたものに反応して出るじんましんや湿疹(しっしん)、下痢などの病気のことで、体の持つ免疫反応が特定の外来物質に対して過剰に反応して起こる炎症反応をいう。
注3) IgE
抗体は免疫グロブリン(Immunoglobulin)とも呼ばれ、Igと略される。IgEは抗体の一種であり、ヒスタミンなどと並んでアレルギー反応の中心的な役割を果たす分子の1つと考えられている。健常者では血清中のIgE濃度は他の種類の抗体と比較して非常に低いが、アレルギー疾患を持つ患者の血清中では濃度が上昇する。
注4) CAP−RAST法
特定の抗原を共有結合させたスポンジ状の樹脂に患者の血清を通し、樹脂に保持された抗原に特異的なIgE抗体量を定量する方法をいう。スウェーデンで最初に開発されたアレルゲンの診断法であり、最初は放射性同位元素を利用して微量の抗原(例えば血中のホルモンなど)の量を測定する放射免疫測定法として開発され、後に酵素を利用して抗体の量を測定する酵素抗体法に変化した。現在では、この方法が主にアレルギー診断に用いられているが、前処理操作が煩雑であることから検査時間を要すること、また検出感度が十分ではないことから多項目のアレルギー診断には多くの血液が必要となるなどの欠点がある。
注5) 低侵襲性
生体を傷つける度合いが低いことをいう。
注6) マイクロアレイ
検査対象物を多数固定化しておき、これらを一度に反応させることで、同時に同一条件で検査の結果を得る方法をいう。
注7) 抗原抗体反応
抗原と抗体との間に起こる結合をいう。
注8) 血清
血液が凝固して上澄みにできる淡黄色の液体成分をいう。
注9) 抗体価
あるロット(調製された1単位)の抗体が示す抗原抗体反応の強さの指標をいう。

参考:<企業概要、ほか>

<お問い合わせ先>

応用酵素医学研究所株式会社
〒770-0811 徳島県徳島市東吉野町3丁目11番地の11
鈴木 宏一(スズキ コウイチ)
Tel:088-633-7469 Fax:088-633-7425
E-mail:

独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 産学連携展開部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
下田 修(シモダ オサム)、浅野 保(アサノ タモツ)
Tel:03-5214-0016 Fax:03-5214-0017