JSTトッププレス一覧 > 科学技術振興機構報 第735号
科学技術振興機構報 第735号

平成22年5月28日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

がんを標的治療するウイルス医薬の開発と遺伝子治療の基盤技術を提供する
ベンチャー企業設立

(JST大学発ベンチャー創出推進の研究開発成果を事業展開)

JST(理事長 北澤 宏一)は産学連携事業の一環として、大学・公的研究機関などの研究成果を基にした起業のための研究開発を推進しています。

平成19年度より鹿児島大学に委託した研究開発課題「完全オリジナルの癌遺伝子治療m−CRAベクターを基盤とした試薬・医薬総合的ベンチャーの創出」(開発代表者:小戝 健一郎(コサイ ケンイチロウ) 鹿児島大学 医歯学総合研究科 教授、起業家:大竹 秀彦)では、画期的な遺伝子導入試薬注1)および革新的ながん治療薬として利用できる次世代のウイルスの作製技術の開発に成功しました。この成果を基に平成22年4月13日(火)、メンバーらが出資して「株式会社 ウィック・バイオテック・ファーマ」を設立しました。

革新的ながん治療薬の開発は、今後の先端医療に課せられた重要課題の1つです。その解決策の1つとして遺伝子を薬として用いる遺伝子治療があり、1990年代以降に臨床試験も行われています。当初、これらのケースでは、細胞に遺伝子を導入するための遺伝子治療薬の運び屋(ベクター注2))として非増殖型ウイルスベクター注3)が用いられており、その安全性は問題がないものの、期待されたレベルの治療効果は得られませんでした。この問題を克服するために近年、がんのみで特異的に増殖する制限増殖型アデノウイルス(CRA)注4)によるウイルス療法が多く報告されています。しかしながら、同ウイルスのがん特異性(安全性と治療効果)は完全ではなく、また効率的な標準化作製技術も確立されていないために、がん治療薬としても、また新規研究用遺伝子導入ベクターとしても、その潜在能力を十分に引き出すことができていませんでした。

小戝教授らはこれまでに、CRAの問題点であるがん特異性の向上と標準的な作製技術の確立のために、多因子による精密ながん特異化や、自由な治療遺伝子導入も可能な次世代のCRA(m−CRA注5))を標準的に作製できる独自の基本技術(3プラスミドシステム注6))を開発し、さらにその応用展開として、がん治療効果を示すサバイビン反応性m−CRA(Surv.m−CRA)注7)の臨床応用を検討していました。その後、今回の研究開発を通じてm−CRA作製技術を確立させるとともに、Surv.m−CRAをがん治療薬への臨床応用開発へと発展させました。

今回行った開発の最大の特徴は、今まで開発してきた3プラスミドシステムでCRAに治療遺伝子の搭載やウイルスの基本骨格改変 注8)を可能にしたことです。このシステムによりm−CRAの標準的な作製だけではなく、がん治療研究以外のさまざまな研究に活用可能な新規遺伝子導入ベクターとして、m−CRAを活用することも可能になりました。

今後、同社は標準化技術の作製により可能となったオーダーメードm−CRAの受託作製事業を通じて広く遺伝子治療技術の普及に貢献しながら、同時に独自のm−CRAがん治療薬の実現のための事業展開を進め、さらに難病治療のための遺伝子・ウイルス治療、再生医療などの革新的治療技術の開発において、国民福祉の向上に貢献できる企業を目指します。

今回の企業の設立は、以下の事業の研究開発成果によるものです。

独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進

研究開発課題 「完全オリジナルの癌遺伝子治療m−CRAベクターを基盤とした試薬・医薬総合的ベンチャーの創出」
開発代表者 小戝 健一郎(鹿児島大学 医歯学総合研究科 教授)
起業家 大竹 秀彦(MPO株式会社 顧問)
研究開発期間 平成19〜21年

独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進では、大学・公的研究機関などの研究成果を基にした起業および事業展開に必要な研究開発を推進することにより、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャーが創出され、これを通じて大学などの研究成果の社会・経済への還元を推進することを目的としています。今回の「株式会社 ウィック・バイオテック・ファーマ」設立により、JSTの「プレベンチャー事業」および「大学発ベンチャー創出推進」によって設立したベンチャー企業数は、107社となりました。本事業は、現在、「研究成果最適展開支援事業【A−STEP】」に発展的に再編しています。

詳細情報:http://www.jst.go.jp/a-step/

<開発の背景>

がんは先進諸国の3大死因の1つであり、革新的治療法の開発が求められています。その候補の1つである遺伝子治療は、1991年以来、米国を中心に多くの臨床試験が行われました。遺伝子治療にはベクターを利用しますが、初期の非増殖型ウイルスベクターを用いた遺伝子治療は医薬としての安全性は確認されたものの、治療遺伝子薬は体内の全てのがん細胞に到達することは不可能であるため、当初期待されたがん根治に近づくような治療効果は得られませんでした。この問題を克服するものとして、遺伝子治療の技術を発展させてがんのみで特異的に増殖するCRAによるウイルス療法が報告され、新しいがん治療薬候補として臨床開発が期待されています。

しかしながら、同ウイルスのがん特異性(安全性と治療効果)は完全ではなく、また効率的な標準化作製技術も未確立であるために、がん治療薬としても新規研究用遺伝子導入ベクターとしても、その潜在能力を十分に引き出すことができていませんでした。

小戝教授らは、上記のCRAの問題点を克服するためにがん特異性の向上(安全性の向上)と標準的な作製技術の確立を目指し、多因子による精密ながん特異化や、自由な治療遺伝子導入もできる次世代のCRA(m−CRA)を標準的に作製できる3プラスミドシステムを開発しました(図1)。またその応用展開として、がん治療効果を示すSurv.m−CRAの実用化を検討していました。

しかし、3プラスミドシステムを用いたm−CRAを実用化するためには、同ウイルスの作製技術の最適化と並行してがん治療薬などへの臨床応用の検討が必要でした。

<研究開発の内容>

(1)m−CRAの受託作製事業化を目指した研究開発
 小戝教授らは今回の研究開発を通じて、3プラスミドシステムの技術改良を行いm−CRA作製の迅速かつ単純作業化を達成しました。(図2)また、がん細胞を標的とする遺伝子や目的の遺伝子の発現を抑えるRNA干渉(人工的に2本鎖RNAを発現させることで目的の遺伝子の発現を抑える技術)を導入すること、ある程度の長い遺伝子やプロモーター(遺伝子発現を制御するスイッチ)でもm−CRAに搭載することが可能になり、m−CRAの作製自由度と応用性を飛躍的に増加させることができました。これらの技術開発により、新しいがん治療薬の開発の研究ツールや、遺伝子導入・発現調節の研究ツールとして、分子生物学研究者や製薬会社の希望に応じたオーダーメードm−CRAの受託作製販売事業を可能としました。

(2)画期的ながん治療薬としてのm−CRA創薬と医薬事業化を目指した研究開発
 小戝教授らはこれまでに、ほとんどのがん細胞で特異的に高発現するサバイビンという遺伝子に注目したSurv.m−CRAの臨床応用を検討していました。その第1弾として、具体的には、細部を改良したSurv.m−CRA−1の開発とともに、これを臨床試験へ発展させるための研究を進めてきました。
 今回の研究開発では、Surv.m−CRA−1の医薬事業化のために必要な臨床試験の準備作業を進め、既存のCRAよりもがん治療薬としての性能は大きく向上しました。性能については、ほとんどのがんを特異的に治療可能という点でこれまで最良のCRAの1つとされたテロメラーゼ反応性CRA(Tert. m−CRA)との比較実験を行い、そのがん治療効果とがん特異性(安全性)の両面ともSurv.m−CRAの方がはるかに優れた性能を持っていることを証明しました(図3)。
 また、さらに4因子の追加によりがん特異性をさらに向上させるとともに、治療遺伝子を搭載し、がんへの到達後の感染効率も上昇させた新型Surv.m−CRAも開発しました。またさらに第2、第3弾のがん治療薬となる、全く新しいm−CRAがん治療薬も開発することができました。

<今後の事業展開>

(1)m−CRAの受託作製の共同研究事業
 このm−CRA技術は、がんに対する遺伝子導入の効率とがん特異性の両面を従来よりも高めることが可能です。(図4)そのため、がん遺伝子治療の研究領域だけでなく、新しい遺伝子導入ベクターとして、他の領域のライフサイエンス研究や創薬開発などにも広く応用できます。具体的には、新しいがん治療薬の開発のための研究ツール、また分子生物学の研究に必須の遺伝子導入・発現調節の研究ツール、あるいは新しく発見した遺伝子やそのプロモーターの機能解析の新しい研究ツールとしても広く応用可能です。これらの特徴を生かし、まず分子生物学や腫瘍学の基礎医学の研究者、あるいは製薬会社の希望に応じたオーダーメードm−CRAを共同研究として受託作製販売する事業を進めます。この受託・共同研究にあたっては、特許共有を基本とし、将来的ながん治療薬のシーズを充実させ共同開発を推進することで、日本の基礎医学研究やバイオ製薬事業の発展への貢献を目指します。

(2)がん治療薬としてのm−CRA創薬・医薬事業
 まずSurv.m−CRA−1を第1弾のがん治療薬として、医薬開発を行います。臨床用に開発・製造したSurv.m−CRA−1の臨床試験を米国で実施することを計画しており、その結果を踏まえて日本への技術導入を目指します。またさらに高度改良を加えた新型Surv.m−CRA、あるいは第2、第3弾として開発した新規のm−CRAがん治療薬も、順次医薬事業化を目指していきます。

以上のように、まずm−CRAの受託作製事業を確実に進め、同時に創薬・医薬事業を着実かつ発展的に事業を進めることで、日本でのバイオ研究の進展や医学の発展による国民福祉向上に貢献できる企業を目指します。

<参考図>

図1

図1 3プラスミドシステムによるm−CRA作製技術

図2
図2

図2 がん遺伝子治療とアデノウイルスベクター技術の変遷

図3

(A)m−CRAの革新的ながん治療薬としての可能性

(B)がんモデル動物での治療実験結果(Surv.m−CRAと非増殖型アデノウイルスの比較)

(C)Surv.m−CRA(黒棒)とTert.m−CRA(灰色棒)の性能比較
Surv.m−CRAはTert.m−CRAと比較して、がん細胞の中での増殖がより盛んで治療効果も強くなるのに対し、正常の細胞の中では逆に増殖がより強く抑制されるため安全性も高くなることを示している。(白棒は対照実験として行った非増殖型アデノウイルスのデータ)

図3 m−CRAがん治療薬の効果

図4

図4 従来ベクターとの比較

<用語説明>

注1) 遺伝子導入試薬
生命科学の代表的研究手法である、細胞へ遺伝子を導入する実験を可能にするための試薬。
注2) ベクター
治療遺伝子を細胞(ここではがん細胞)に運ぶもので、多くは遺伝子組換えによりその性質を改変したウイルスを用いる。
注3) 非増殖型ウイルスベクター
治療遺伝子を細胞内に導入する機能だけが残され、安全性確保のためにウイルスの増殖能力は欠損した遺伝子組換えウイルス。
注4) 制限増殖型アデノウイルス(CRA:Conditionally replicating adenovirus)
遺伝子改変され、がん細胞の中でだけ増殖するアデノウイルス。正常の細胞にはほとんど作用することがなく、ウイルスががん細胞の中で増殖することにより細胞が溶解し、がんだけを効果的に殺していく。溶解性アデノウイルス(Oncolytic adenovirus)とも呼ばれる。
注5) m−CRA(CRA regulated with multiple tumor−specific factorsの略)
多因子で精密にがんを特異標的治療する次世代のCRA。単一の因子でがんの特異化を試みる従来の単純なCRAではなく、ウイルスの増殖制御部を最大4つの異なるがん特異化の因子で精密に制御することで、がんの特異標的化を精密に行うことが可能となり、安全性が格段に向上される。さらに治療遺伝子も搭載可能であるため、がん治療効果の増強も可能である。さらにウイルス遺伝子の改変を行い、その性格を変えることも可能である。
注6) 3プラスミドシステム
ウイルスの増殖を決める部分(P1)、治療薬の遺伝子を入れる部分(P2)、ウイルスの性格を決める部分(P3)の3つの要素を、独立した3つのプラスミド(遺伝子組換えを行うための道具)に載せてパーツ化し、各パーツを自由に改変した後に、それらを簡単に融合することで、どのパーツからも迅速効率的に多種多様の高度なm−CRAを作製するシステム。
 これまでは、単純な構造と限られた性能のCRAですらこの領域の専門研究者が一個一個を「手作り」で作るしかなく、非効率な状況であった(例えば半年かけて1個)。今回開発した効率的な標準化作製技術では、専門知識を持たない一般の技術補助者(テクニシャン)でも、「システム化されたプロトコール」に従って、性能も従来のCRAを大きくしのぐ高度なm−CRAも、迅速に多種多様のものが作製できるようになる(例えば2ヵ月で30個など)。
注7) サバイビン反応性m−CRA(Surv.m−CRA)
もともと細胞が死ぬのを抑える機能を持つ遺伝子の1つとして発見されたサバイビン(Survivin)遺伝子は、その後の研究でがんのマーカーであると分かった。つまり、ほとんどの種類のがんはサバイビンと呼ばれるたんぱく質を多量産生しているのに対し、正常の細胞ではほとんど産生していない。さらに、がん患者でのサバイビンの量は、がんの悪性度や患者の予後とよく相関することも分かった。
 本研究開発ではサバイビンはがん細胞のみで特異的に異常産生されているという特性に注目し、サバイビン遺伝子のプロモーター部分(細胞の種類や状態で遺伝子の量を決めて、遺伝子の量をコントロールしている部分)を、m−CRAのウイルスの増殖開始を決める最初のスイッチに使った。そのために、このサバイビン反応性m−CRA(Surv.m−CRA)は、がん細胞の中だけでスイッチが入ってウイルスの増殖が起こることでがん細胞を次々に殺していき、その一方で正常の細胞の中ではそのスイッチが入らないためにウイルスは増えずに安全という、がんだけを見つけ出しては殺して治療していく理想的な医薬といえる。
注8) ウイルスの基本骨格改変
ウイルスゲノム(ウイルス粒子の中に含まれているDNA)の中には、そのウイルスの構造や特性を決定するさまざまな遺伝子が含まれている。m−CRAでは、アデノウイルスの増殖制御に関与するE1領域という遺伝子部位を3プラスミドシステムのP1(ウイルスの増殖を決める部分)に搭載した以外は、ウイルスの構造や特性を決定する大部分の遺伝子を含むDNA配列はP3(ウイルスの性格を決める部分)に搭載しているため、P3を改変や置換することでウイルスの基本骨格(その基本的な構造や特性)を改変することができる。(注6および図1を参照)

参考:<企業概要>

<お問い合わせ先>

株式会社 ウィック・バイオテック・ファーマ
〒890-0061 鹿児島県鹿児島市天保山町23−1−1111
小戝 健一郎(コサイ ケンイチロウ)
Tel:099-275-5219(鹿児島大学内) Fax:099-265-9721(鹿児島大学内)
E-mail:

独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 産学連携展開部
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
下田 修(シモダ オサム)、浅野 保(アサノ タモツ)
Tel:03-5214-0016 Fax:03-5214-0017