研究領域「グライコトリロジー」の概要
ヒトを始めとする高等動物、植物、酵母など真核生物の細胞内にはアミノ酸で構成されたタンパク質に糖が結合した糖タンパク質が他種多様な形で存在し、様々な生体現象に深く関与しています。また、最近の研究により、多くの微生物も糖タンパク質を有することが明らかとなり、生物進化との関連からも注目されています。特に高等生物においては糖タンパク質の糖鎖の構造多様性が多彩な機能に反映されています。たとえばタンパク質の安定性や構造に与える影響、細胞間認識、細胞分化、癌化、シグナル伝達、免疫応答、微生物感染などと糖鎖の関わりはよく知られています。そのなかで最も普遍的な生命現象への関与として、タンパク質立体構造形成への関与があります。タンパク質は正しい立体構造を形成して初めて機能を発現しますが、その形成に糖鎖が大きく関与しています。タンパク質の立体構造異常に起因する種々の疾病(アルツハイマー病、プリオン病など)が知られていることから、糖タンパク質を構成する糖鎖が細胞内でどのような仕組みでタンパク質の立体構造に影響するのかを明らかにすることが重要な課題になっています。しかしながら糖タンパク質を天然物から単離して利用する従来の生化学的なアプローチで得られる知見には限界があります。本研究領域は、合成糖タンパク質医薬開発のための基盤構築を目指し、有機化学合成により糖鎖を精密に人工合成・ライブラリ化するとともに、これを用いて糖タンパク質の細胞内における作用を系統的に解析し、その機能を理解しようとするものです。その特徴は有機化学合成を駆動力に据えて、構造解析および生体機能解析と合わせた三位一体の推進力として糖鎖研究に取り組むことから「グライコトリロジー」と呼び、新たな研究の流れの創成を目指します。
本課題では、糖鎖合成において障壁となる糖鎖の結合部位の選択性を高めた高度な合成化学手法を開発・駆使して、糖タンパク質の糖鎖を網羅的に合成して糖鎖ライブラリを構築し、多様な糖鎖で構成された糖タンパク質の化学合成や生合成系での合成に取り組みます。更に質量分析法の応用手法や核磁気共鳴などを駆使して、糖タンパク質の構造決定法を開発するとともに糖鎖―タンパク質相互作用の生物学的役割を解明し、将来の糖鎖関連医薬開発に向けた糖鎖認識分子の創出と認識機構の解明も視野に入れて取り組みます。
本研究領域は糖タンパク質関連分子の人工合成を中心に、糖タンパク質の細胞内における作用と機能の理解を深めるとともに、合成糖タンパク質医薬開発のための基盤構築を目指しており、戦略目標「代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御に関する基盤技術の創出」に資するものと期待されます。
研究総括 伊藤 幸成 氏の略歴など
1.氏名(現職) |
伊藤 幸成 (いとう ゆきしげ) (理化学研究所 基幹研究所 主任研究員) 54歳 | ||||||||||||||||||
2.略歴 |
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3.研究分野 |
製薬化学、化学生物学、有機合成化学 | ||||||||||||||||||
4.学会活動など |
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5.業績など |
1970年代 酵素化学的手法による光学活性ヌクレオシド抗生物質の合成(JACS 1981; JACS 1983)、などに携わった後、マサチューセッツ工科大学留学。C-グリコシド合成法の開発、ポリエンマクロリド抗生物質の合成研究を行った(JACS 1982; JOC 1984)。 1980年代 新規グリコシル化反応の開発で成果をあげるとともに(Carbohydr. Res. 1986; Tetrahedron Lett. 1987; 1988)、糖脂質特にジシアロガングリオシドの合成に初めて成功した(JACS 1989)。 1990年以降 米国において糖転移酵素を用いるシアル酸含有複合糖質の合成研究に従事(JACS 1993; JACS 1993)。帰国後、分子内アグリコン転移反応による選択的糖鎖合成法(Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1994; JACS 1997; JACS 2008)やオルトゴナルグリコシル化法(JACS 1993)などを開発し、糖タンパク質糖鎖の高立体選択的合成を達成した(JOC 1995; Angew. Chem. Int. Ed. 2000)。その後高分子担体を用いる糖鎖迅速合成における新しい概念の提示(JACS 2001; Angew. Chem. Int. Ed. 2001)やC-マンノシルトリプトファンの初の合成(JACS 2001)に成功した。2003年以降は合成糖鎖プローブを用いる糖タンパク質品質管理機構の解明(Nature 2002; JACS 2003; Angew.Chem. Int. Ed. 2005; JBC 2006; J. Med. Chem. 2005; JACS 2008; Biochemistry 2009)、微生物表層多糖(Org. Lett. 2006)などを中心に研究を行っている。 | ||||||||||||||||||
6.受賞など |
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