研究領域「オステオネットワーク」の概要
骨は、ヒトなど脊椎動物に特有の組織であるにもかかわらず、これまでの医学・生物学において、その果たす役割は、カルシウム貯蔵や、造血機能を持つものの、主として単純に生体を支え、運動を可能にする硬い組織としての認識にとどまってきました。しかし近年の研究により、骨は単なる運動器の一部として働くだけではなく、環境やストレスといった外界からの刺激を感受し、その状況に応じて全身の免疫機能の制御を行うなど、全身機能の制御において中心的な役割を担っている事が示唆されるようになりました。このため、骨を中心とした全身の制御メカニズムが解明できれば、これまで治療が困難と考えられてきた疾患に関する新しい見識が得られ、画期的な疾患治療法の創出に繋がることが期待されます。本研究領域は、この骨を司令塔とした他臓器を制御するネットワークを「オステオネットワーク」と名付け、その全貌の解明をすることで、我々脊椎動物がもつ生体機能の制御システムを新しい視点から理解し、将来のヒトの疾患治療法の確立を目指すものです。
本研究の構想として、まず骨から全身の臓器をコントロールする新規のホルモンやサイトカイン(細胞から放出されるタンパク質)などの同定を試みます。そして、こうした因子を「オステオカイン」と総称し、それらが実際に生体内でどのように機能しているかをトランスジェニック(遺伝子改変)マウスを用いて解析を行います。一方で、骨以外の臓器から放出される因子が原因で生じる骨異常のメカニズムを解明するとともに、外界からの力学的な刺激に対して骨がどのようにして内部の状態を一定に維持しようとしているか、その仕組みを解析します。このように、骨と他臓器・外界環境変化の間に生じている相互の制御機構を理解することによって、オステオネットワークの全体像を明らかにします。同時に、骨の組織内部を詳細に観察するための技術や、骨の構造を立体的に解析する技術を確立し、オステオネットワークの解明を加速させるためのツール構築を図ります。これらによって得られるオステオネットワークの制御メカニズムの知見を基盤にして、オステオネットワークの破綻によって生じる様々な疾患に対して治療効果が期待できる新しい薬剤の基礎研究を進めます。この結果、骨粗鬆症、関節リウマチ、変形性関節症、癌骨転移、寝たきりや無重力による骨萎縮などの運動器疾患(ロコモーティブ症候群)のみならず、動脈硬化、メタボリック症候群、自己免疫疾患といった、全身の臓器が関わる疾患にも適応が可能な、全く新しい治療法への端緒が得られるものと考えられます。
本研究領域は、生命システムの一つである「オステオネットワーク」の理解を深めることで、その知識をさまざまな疾患の治療に役立て、人類の福祉や医療水準の向上に繋げることを目的としており、その研究成果は、戦略目標「生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出」に資するものと期待されます。
研究総括 高柳 広 氏の略歴など
1.氏名(現職) |
高柳 広(たかやなぎ ひろし) (東京医科歯科大学 大学院分子情報伝達学 教授) 44歳 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2.略歴 |
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3.研究分野 |
骨免疫学、分子生物学 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4.学会活動など |
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5.業績 |
骨代謝系と免疫系は機能的には全く異なった組織であるが、免疫細胞が分化増殖する場は、骨構成細胞と共通の微小環境であり、サイトカインなどの因子を介して様々な相互作用を有する。このため、生体防御に伴う免疫応答や自己免疫疾患による免疫系の異常な活性化が、骨代謝に直接影響を及ぼすことになる。しかしながら、従来の医生物学の枠組みの中では、免疫と骨代謝は別個の分野として研究され、その相互作用が正面から研究対象とされることは稀であった。 研究総括者は、世界に先駆け、関節リウマチ(RA)の滑膜における破骨細胞分化因子RANKL発現を解析し、炎症性骨破壊がRANKL異常発現症であることを提唱した(Arthritis Rheum 2000)。さらに活性化T細胞の破骨細胞分化抑制機構におけるIFN-γの重要性を解明した(Nature 2000)。Nature誌上で、この報告は「Osteoimmunology:骨免疫学」の幕開けと評され、免疫学と骨生物学の境界領域が、新規研究分野であることを位置づけた。また、今まで不明であった破骨細胞誘導性T細胞が、Th17細胞であること(J Exp Med 2006)や炎症性サイトカインTNF-αの破骨細胞分化促進機序を解明している(Proc Natl Acad Sci 2007)。さらに自己免疫性疾患の炎症増悪において樹状細胞の新たな機能を明らかにしている(Science 2008)。 RA病態解析に留まらず、研究総括者は免疫制御分子の遺伝子改変動物の解析を精力的に進め、IFN-α/β受容体欠損マウスが破骨細胞増加を伴う高度の骨粗鬆症を呈することを発見し、ウイルス制御因子と考えられてきたIFN-βが、生理的な骨代謝の過程において、破骨細胞分化を抑制し骨量を維持すること(Nature 2002)や破骨細胞のゲノムワイドスクリーニングを世界に先駆けて行い、T細胞で重要な転写因子NFATc1が、破骨細胞分化のマスターレギュレーターであることを同定した(Dev Cell 2002, J Exp Med 2005)。さらに破骨細胞分化に必要なRANKL以外の受容体群として、免疫グロブリン様受容体が必須の役割を担うことを解明し、破骨細胞分化に共刺激分子が必要であること(Nature 2004)やRANKと共刺激シグナルを繋ぐキナーゼとしてTec/Btkが重要でることを見出した(Cell 2008)。またRANKからNFATc1の活性化経路に、カルシニューリンなどのホスファターゼと同時に活性化されるキナーゼCaMKが重要な役割を果たすことも明らかにしている(Nat Med 2006)。 骨の恒常性は、骨芽細胞と破骨細胞によるバランスにより得られており、研究総括者は、IFNシグナル下流で機能するStat1が骨形成抑制因子として作用することから、免疫制御分子が骨形成を制御すること(Genes Dev 2003)や NFATc1が骨芽細胞分化にも重要な役割を担っていることも明らかにしている(Nat Med 2005)。骨免疫学の英文総説も世界に先駆けて多数執筆しており(Immuno Rev 2005 etc)、2007年にはNat Rev Immunol誌にて当該研究領域の黎明期からこれまでの知見を総括し概説している。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
6.受賞など |
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