総評:領域総括 村上 陽一郎(東京理科大学大学院科学教育研究科 教授)
平成19年度に始まった研究開発プログラム 「科学技術と社会の相互作用」で実施する研究開発プロジェクトは、最大5年間の時限付きである。本年度は公募最終年度となるため、最大3年を前提に公募を実施した。なお昨年度まであったプロジェクト企画調査の公募は、そうした事情から、今年度は行われなかった。そうした事情もあって、今回の応募プロジェクト候補は44件、一部を除いて、非常に質の高い提案が集まった。そのため、最初の書類審査から、選考はなかなか大変だった。アドバイザー諸氏の熱心な討議と慎重な審査を経て、何とか9チームを選び出し、面接選考にこぎつけることが出来た。面接は、丸一日かけて、研究代表者によるプレゼンテーションと、アドバイザーによる質疑を重ねた。ここでも非常に熱の篭った討議を経て、結局報告にある4件を採択候補として決定した次第である。
毎年応募して下さり、しかも非常に熱心に提案の改善に取り組んで下さったにもかかわらず、採択に至らなかったチームもあり、責任者としては心痛む思いが深いが、今回採択できた4件は、大変期待の持てる提案であると感じている。大井氏の自閉症を巡る提案は、社会的問題でありながら、はっきりした光を当てられることの少なかったこの課題に、厚生労働省的な性格を超えて、社会技術という本プログラムの趣意に沿う視点から取り組むことを目指した野心的なプロジェクトである。同じくユニークな視点は中村氏の「法的意思決定」の提案にも見られる。本年度、特に公募においてメッセージを打ち出したELSI(倫理的・法的・社会的課題)に関係しており、科学・技術の観点が、さまざまな形で法廷に取り上げられることが多くなってきている現在、この提案は、科学者、法律家と市民とを結ぶ画期的な内容を持つものと期待している。飯澤氏を代表とする北大チームの提案は、社会的課題に専門家と一般の市民とが協働して取り組むプロジェクトで、すでにある程度の実績の上に立って、新たな規模での展開を目指そうとするもので、今後、こうした取り組みは北海道という地域に根付かせると同時に、他の地域へのグッド・プラクティスとして、適切なモデルを提供することが期待される。瀬川氏のサイエンス・メディア・センターの提案は、科学・技術の専門家と非専門家との間を繋ぐメディエーターの組織化と、科学者のメディアへの訓練を目指そうとするもので、具体的な成果が望まれている。
残念ながら採択に至らなかったもののなかにも、落としがたい思いの残るものも幾つかあったが、とにもかくにも、このプログラムの公募事業の締めくくりとして、良質の提案を採択し得たことにほっとしていると同時に、今後、すべてのプロジェクトが所期以上の成果を挙げることができるように、努力を重ねたいという思い切である。
採択研究開発プロジェクト
研究代表者 氏名 |
所属・役職 | カテ ゴリー |
題名 | 概要 | 研究開発に協力する 関与者 |
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飯澤 理一郎 | 北海道大学 大学院農学研究院 教授 |
II | アクターの協働による双方向的リスクコミュニケーションのモデル化研究 | 科学技術が高度に発達した今日ほど、研究者と市民、生産者、行政、メディアなどとの間のリスクコミュニケーション、合意形成が重要になっている時はない。しかし、これまでの経緯を顧みた時、一方的な「説得」になっているのではないかとの印象は免れない。本研究では如何にしたら双方向的な、「説得」ではなく各層の「納得」に基づく合意形成が達成されるのかを、BSE全頭検査とGMO問題を事例に検討していきたいと考えている。 | 北海道農政部 コープさっぽろ 札幌消費者協会 北海道女性農業者ネットワーク など |
大井 学 | 金沢大学 人間社会研究域学校教育系 教授 |
II | 自閉症にやさしい社会:共生と治療の調和の模索 | 「正常」との境界線が高度に不確実な知的障害なき自閉症問題について、社会の自閉症への眼差しの解明、「自閉症に優しい学校」作り実験、先端脳科学による自閉症早期発見・治療の是非の議論を、医系・文系研究者、保健・医療・福祉・教育の「現場人」、自閉症者・家族・支援者・市民などからなる「自閉症共生・治療地域共同体」を通じて行い、自閉症との共生と自閉症への治療の持続的調和をはかる「自閉症に優しい社会」をめざす。 | NPO法人 アスペの会 石川県発達障害者支援センター 石川県私立幼稚園協会 学校法人木の花幼稚園保護者会 金沢市子ども福祉課長 など |
瀬川 至朗 | 早稲田大学 政治経済学術院 教授 |
II | 科学技術情報ハブとしてのサイエンス・メディア・センターの構築 | 科学技術分野の研究者と、新聞・テレビをはじめとする「メディア関与者」の交流を促進する「日本版サイエンス・メディア・センター」(SMCJ)の構築を目指す。SMCJは、メディア関与者の科学技術に関するアジェンダ構築を助け、また、研究者に対しては社会への効率的な情報発信の道筋を開くことを主目的とする。「研究者とメディア関与者の出会いの場」の創出により、社会の合意に基づいた科学技術の発展をもたらすことが期待される。 | 科学ジャーナリスト 科学技術広報研究会 京都大学 物質・細胞統合システム拠点 東京大学 理学系研究科 理化学研究所 など |
中村 多美子 | 弁護士法人リブラ法律事務所 弁護士 |
II | 不確実な科学的状況での法的意思決定 | 科学技術開発は潜在的危険に関する論争を引き起こし、時に司法はその社会的受容の判断を迫られる。しかし、法律家と科学者の間に相互協力の仕組みがないため、合理的な法的意思決定に困難が生じている。本プロジェクトでは、両者の協力障害原因を探り、科学的争点を適切に議論するためのシステムを構築する。これにより、不確実な科学的状況における法的意思決定に関する提言を行う。 | 各種公害・薬害弁護団所属弁護士 東北大学 理学研究科 京都大学 法学研究科 サイエンスカフェ「科学ひろば」 NPO法人 あいんしゅたいん など |
領域総括および領域アドバイザー
氏名 | 所属・役職 | |
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領域総括 | 村上 陽一郎 | 東京理科大学 大学院科学教育研究科 教授 |
領域総括補佐 | 小林 傳司 | 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 教授 |
領域アドバイザー | 大守 隆 | APEC経済委員会 議長 |
奥山 紘史 | 日本電気株式会社 顧問 | |
柿原 泰 | 東京海洋大学 海洋科学部 海洋政策文化学科 准教授 | |
小林 悦夫 | 財団法人 ひょうご環境創造協会 顧問 | |
武部 俊一 | 日本科学技術ジャーナリスト会議 会長 | |
中島 秀人 | 東京工業大学 大学院社会理工学研究科 准教授 | |
萩原 なつ子 | 立教大学 社会学部 社会学科 教授 | |
藤垣 裕子 | 東京大学 大学院総合文化研究科 准教授 | |
渡部 潤一 | 国立天文台 天文情報センター 准教授 |