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資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)
新規採択研究者および研究課題概要

戦略目標:「生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出」
研究領域:「生命現象の革新モデルと展開」
研究総括:重定 南奈子(同志社大学 文化情報学部 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
青木 一洋 京都大学 大学院生命科学研究科 助教 細胞内シグナル伝達の定量的数理モデリング 通常型 3年 生物学の理解が進むに伴って、生命現象をコンピューター上で再現しようという試みが近年盛んになってきました。しかし、生命数理モデルの構築に必要な信頼に足る実測データは圧倒的に不足しています。本研究では、最新のイメージング技術を用いて生命現象を数学的に記述するための新たな計測技術を開発し、実測データに基づく癌化プロセスのシミュレーションモデルの構築を行います。
岩見 真吾 静岡大学 創造科学技術大学院 日本学術振興会特別研究員 AIDSワクチン開発への理論的介入-SHIV感染実験と数理モデル- 通常型 3年 HIV感染症は、極めて長い経過をたどる慢性感染症です。この特性のため、HIV感染症の拡大阻止には、長期効果を有するAIDSワクチンの開発が不可欠です。1983年のHIVの単離からすでに26年たった今でも、効果的なワクチンは開発されていません。本研究では、数理モデルと動物実験を用いることで、アカゲザル生体内での免疫反応を実験的・理論的に理解・検証し、次世代改良型ワクチン開発の手がかりを理論免疫学的な立場から探索していきます。
印南 秀樹 総合研究大学院大学 葉山高等研究センター 准教授 遺伝子重複による生命システム複雑化の進化モデル 通常型 3年 すべての生命システムの中では、タンパク質などの無数の分子がネットワークとして繋がり、複雑な相互関係を形成しています。そのような複雑なシステムも、もとはシンプルなものが進化した結果であり、その背景には、設計図であるゲノムの進化があります。本研究では、遺伝子重複と自然選択を通して生命システムが複雑なものへ適応進化する理論モデルを構築し、生命システムがいかに形成され、維持されているか、そのメカニズムを解明します。
岸本 直子 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 招聘開発員 有殻原生生物骨格の力学特性解明とモジュラー構造物への展開 通常型 3年 重力から解放される人工衛星などの宇宙構造物は、対称性の高いかたちが望まれます。また、地上試験や輸送を考えると、単純なユニットの結合によるモジュール構造が有効です。一方、放散虫や有孔虫などの海洋性プランクトンは、浮力によって重力から解放され、単純なユニットの繰返しによる多様で幾何学的なかたちをもっています。これらの海洋性プランクトンの形態を分析して、新たなモジュール型宇宙構造物の構造様式と設計法を探索します。
沓掛 展之 総合研究大学院大学 先導科学研究科 助教 表現型の進化モデルと系統種間比較から適応進化を明らかにする計算行動生態学 通常型 3年 生物多様性を適応進化の観点から理解するためには、生物進化の歴史である系統関係を考慮することが必要不可欠です。本研究では、進化生物学的妥当性に基づき、表現型の進化モデルによって信頼性が保障された新しい系統種間比較の理論・分析手法を創出します。開発した分析手法を、進化・行動生態学の実証的研究に適用し、従来の研究では実現できなかった適応進化のパターンとプロセスの解明を目指します。
小林 徹也 東京大学 生産技術研究所 講師 情報処理の最適性からとらえる分子・細胞・発生現象 通常型 3年 分子・細胞・発生現象はその素過程では高いゆらぎを示すにもかかわらず、全体としてロバストに振る舞います。本研究では、統計学を動力学理論と融合させることによって、生命現象のロバスト性のメカニズムを情報処理的側面から取り扱う理論を構築します。この理論を用いてさまざまな生命現象を解析することにより、我々の体を構成する細胞がさまざまな不確定性に対して柔軟にかつ巧みに対応する原理の解明が期待されます。
竹垣 草世香 九州大学 大学院理学研究院 日本学術振興会特別研究員 サンゴメタ集団の存続可能性と環境変動への応答予測 通常型 3年 生物多様性の宝庫として知られるサンゴ礁生態系は、近年世界各地で衰退が報告されています。沖縄・慶良間海域では、サンゴ白化現象とオニヒトデ大発生により、サンゴ群集が壊滅的となりました。本研究では、サンゴのダイナミクスを記述する数理モデルを構築し、サンゴ群集の存続可能性と移植による人為的回復の方法を検討します。また、今後予想される地球規模の環境変動に対するサンゴ群集の応答を予測します。
竹本 和広 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 特任研究員 環境適応から解き明かす代謝ネットワークの設計原理 通常型 3年 生物は、長い進化過程において代謝系を変化させることでさまざまな代謝物を合成し、環境に適応してきました。このような代謝物組成の決定や代謝経路の形成に働く原理を明らかにすることは、適応進化の理解や生命現象の制御において重要です。本研究では、生物の環境適応という視点から、代謝物多様性と代謝ネットワーク形成に対する統合的な数理モデルを構築し、有用な生産物の人工合成などへの応用を目指します。
西浦 博 ユトレヒト大学 獣医学部 博士研究員 歴史統計を活用した非特異的感染症対策の予防効果推定 通常型 3年 これまでに見られたことのない新たな感染症の流行拡大を防ぐためには、検疫や隔離、接触者を追跡する疫学的調査などといった非特異的な(非医学的な)公衆衛生対策を駆使することが求められます。本研究は、過去の膨大な感染症流行の統計資料を利用して、個々の非特異的対策の有効性を定量的に明らかにするものです。予防効果の統計学的推定だけに留まらず、推定作業や流行予測のために必要な観察データの種類と特性を明らかにします。
福田 弘和 大阪府立大学大学院生命環境科学研究科 助教 体内時計に見る植物システムの創発原理 通常型 3年 植物システムに特有の自己組織化現象やそれを司る創発原理の解明は、植物の高度な環境適応機能の解明とその工学的応用、ならびに植物生産技術イノベーションの視点から重要です。本研究では、一つひとつの細胞に備わった体内時計が近接・長距離の相互作用を通じてさまざまな時空間パターンを形成する様子を解析し、その形成機構を数理モデル化します。これにより、植物システムがもつ特有の創発原理を明らかにしていきます。
宮下 脩平 東京大学 大学院農学生命科学研究科 日本学術振興会特別研究員 数理モデルを利用した植物ウイルス生態の理解と応用 通常型 3年 植物ウイルスは、植物の病原体として防除の対象であると同時に、有用タンパク質の大量生産などでは利用の対象でもあります。しかしウイルスは進化が速く、我々が思うように制御することは非常に困難です。本研究では、最近の研究成果をもとにした新しい数理モデルを使って植物ウイルスの進化機構と生態を分析し、その結果に基づく新しい発想により、植物ウイルスの防除や利用に有効な手段を提供することを目指します。
吉田 丈人 東京大学 大学院総合文化研究科 准教授 生態と適応のフィードバック関係における新たな展開 通常型 3年 生物は、生息環境の変化に対して、そこでうまく生きられるようにさまざまな適応を見せます。適応により生物の生死が影響をうけるので、適応は生物の個体数変化のパターンにも影響すると考えられます。本研究は、現実の生物が見せるメカニズムに即した数理モデルとその予測を検証する実験を高度に組み合わせて、適応が個体数変化のパターンとどのような関係にあるかを研究し、適応の未知の役割を探究します。
若野 友一郎 明治大学 先端数理科学インスティテュート 准教授 生物進化の2大理論の統一的理解 通常型 3年 包括適応度理論(IFT)とAdaptive Dynamics理論(ADT)は、進化の2大理論であり、IFTは1960~80年代に、協力の進化の解明に大きく貢献し、ADTは1990年代以降、種分化の解明に大きく貢献しています。21世紀に入り、IFTが急激に発展し、ADTや他の各論が対象としてきた現象にも適用可能となりつつあります。本研究では、進化の統一理論を目指して、IFTとADTとを統一的に理解することを目指します。
若本 祐一 東京大学 大学院総合文化研究科 准教授 バクテリアのパーシスタンス現象と原始的な表現型適応 通常型 3年 バクテリアのクローン集団に抗生物質などの致死的ストレスを与えると、一部の細胞が表現型的な耐性を示しながら長期間生き残ることが知られています。この現象は「パーシスタンス」と呼ばれ、さまざまなストレスに対して一般的に起こります。本研究では、パーシスタンス現象の背景機構と一般性の起源の理解を目指します。特に、遺伝子発現ゆらぎにもとづいた原始的な適応原理の検証を実験・理論の両面から行います。

(五十音順に掲載)

<研究総括総評> 重定 南奈子(同志社大学 文化情報学部 教授)

本研究領域は、多様な生命現象に潜む本質的なメカニズムの解明に資する斬新なモデルの構築を目指す研究を対象として、平成19年度から募集を開始しました。具体的には、環境へ適応しつつ合目的に機能していると見られる生命システムの、遺伝子発現、細胞の機能と動き、発生・形態形成、免疫、脳の高次機能、生物社会の形成、生態系などの制御機構や、老化や疾病などのメカニズムに対して、そのはたらきの基本原理に迫るような革新的な数理科学的モデルの構築をおこなう研究提案を取り上げることにしました。

本研究領域への公募の最終年度となる今年度(平成21年度)の募集には、遺伝子や細胞から生態・環境に至るまでのさまざまなスケールにわたる幅広い研究分野から、計176件の応募がありました。これは過去2年間を上回る数であり、また、これまでにはなかった新しい分野へ数理モデルを適用する提案や、全く新しい発想にもとづく提案も見られ、生命科学分野における数理モデル研究が着実に広がっていることが実感されました。これらの研究提案を10名の領域アドバイザーのご協力を得て書類選考を行い、研究提案25件を面接対象としました。面接選考に際しては、研究構想が本領域の趣旨に合っていること、特に、高い独創性を有すること、提案者自身の着想であること、提案された数理モデルの発展性が期待できることなどを重視し、加えて提案者の目的意識やチャレンジ性を勘案しました。審査にあたっては、研究提案の利害関係者の関与を避け、他制度の助成状況なども留意し、公平かつ厳正な審査を行いました。

選考の結果、今年度の採択課題数は14件となり、平成19年度の11件および昨年度の10件に引続く、新しい発想に基づく意欲的な研究課題を採択することが出来たと考えております。面接選考で採択されなかった提案、また書類選考の段階で面接選考の対象とならなかった提案の中にも、重要な提案や独自性の高い提案が数多くありました。ただ、重要であっても数理モデルのイメージが具体的でないものは、不採択としました。

この3年間の本研究領域への応募は、応募総数451件、採択数35件(採択率8%)となりました。応募頂きました全ての研究者の方々に御礼を申し上げるとともに、皆様のご研究がますます発展することを祈念致しております。

今後は平成25年3月の領域終了時まで、採択研究者の提案課題の推進を図り、生命現象のメカニズムの基本原理に迫る革新モデルの構築を目指します。これまで以上に、本領域へご支援を賜りますようよろしくお願いいたします。