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資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)
新規採択研究者および研究課題概要

戦略目標:「多様で大規模な情報から『知識』を生産・活用するための基盤技術の創出」
研究領域:「知の創生と情報社会」
研究総括:中島 秀之(公立はこだて未来大学 学長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
赤石 美奈 東京大学 大学院工学系研究科 准教授 物語構造に基づく情報編纂基盤技術 通常型 3年 人間は、多くの情報から必要な箇所を抜き出し、つなぎ合せ、状況に応じた文脈に沿って、新たな情報を生成することができます。本研究では、大量に蓄積された情報を機械的に処理して、大量の情報の中に隠された潜在的な物語を紡ぎ出すことを目標とします。このために、物語構造モデルを導入し、文書の意味を解釈せずに、文書から得られる表層的な特徴量を基に、物語構造を抽出し、文書を分解・再構成する、ナラティブ連想情報アクセス・フレームワークを構築します。
伊藤 孝行 名古屋工業大学 大学院工学研究科 准教授 マルチエージェントの交渉と協調に基づく集合的コラボレーション支援システムの開発 大挑戦型 3年 人間の社会生活の基盤となる根源的な活動であるコラボレーションをソフトウェアで効果的に支援することで、よりよい社会の形成を目指します。本研究では、集合的コラボレーションの形態の1つとして、大規模な意見集約に注目し、意見集約のための自動合意形成支援機構を試作・評価します。具体的な応用システムとして大規模な人数を前提とした共同設計支援システムを開発し、その有用性と課題を実験により明らかにします。
上野 玄太 情報・システム研究機構 統計数理研究所 助教 次世代データ同化:自動モデル化と情報フロー抽出技術開発 通常型 3年 大規模データから有用な知識を得るには、よいモデルを立て、情報の流れを汲みとることが重要ですが、それらを実現することは容易ではありません。本研究は、データとモデルを組み合わせる「データ同化」の技術を基盤とし、(1)モデルの高性能化・省コスト化、(2)モデルが捉えた情報の流れの抽出、の方法を系統的に開発するものです。専門家に頼らない再モデル化、入力データ量を凌ぐ大量のモデル出力の動的な解析を可能にします。
宇野 毅明 情報・システム研究機構 国立情報学研究所 准教授 大規模データに対する高速類似性解析手法の構築 通常型 3年 データの解析にかかる時間はデータサイズの増加よりも大きな割合で増加するため、大規模データの解析には非常に長い時間がかかります。本研究では、データ解析に用いる基本的なデータ処理である類似性の検出に対して、計算理論の技術を用いることで計算時間の増加を加速度的に抑え込むようなアルゴリズムの開発を行ない、既存のグループ分けや異常検出、重要度算出などさまざまな手法に対して、100倍を超える高速化を目指します。
岡部 誠 マックスプランク情報科学研究所 コンピュータグラフィックス部 博士研究員 映像分析による知識の抽出と、その利用による新たな映像合成 通常型 3年 本研究では、現在容易に利用できるようになった大量の映像データに着目し、それらを分析して知識を抽出し、効率よく再利用を可能とするデザインツールの構築により、容易で直感的な映像製作環境の実現を目指します。具体的には、抽出された動きに関する知識を用いて絵画、写真を動かす技術、3次元的な知識を利用した映像の視点変更を可能にする技術、動きと音声の関係に基づいた音声合成技術などの開発を行います。
北本 朝展 情報・システム研究機構 国立情報学研究所 准教授 ベイジアンテレビ:取材・配信・編集を自動化した緊急情報メディア 通常型 3年 本研究では、リアルタイム性が重要な緊急情報を対象に、ベイズ時系列モデルを用いた取材・配信・編集の自動化を行う「ベイジアンテレビ」を構築します。情報の個別化が困難というテレビの弱点と、能動的な情報探索を要求するというウェブの弱点を解消するために、立ち上げておくだけで重要な情報が配信されるというテレビのようなプッシュ型メディアをデザインし、台風情報を題材とした「デジタル台風TV」を実社会に展開します。
坂本 比呂志 九州工業大学 大学院情報工学研究院 准教授 圧縮データ索引に基づく巨大文書集合からの関連性マイニング 通常型 3年 ニュース記事や特許、遺伝子データなどの多様なテキストデータの洪水からデータ同士の重要な関連性を取り出す要求が高まっています。本研究は、データ圧縮の理論を応用して冗長な部分を削ぎ落とすことで重要情報を特定し、これまでは困難であった巨大なテキストデータの集まりから、埋もれた知識の発見を目指します。
佐久間 淳 筑波大学 大学院システム情報工学研究科 准教授 実社会情報ネットワークからのプライバシ保護データマイニング 通常型 3年 ネットワーク技術の発展により「誰とどこへ行って何をした」「誰が誰にメールした・電話した」といった経済活動や人間同士の関係、人間とサービスの関係など、個人の生活に密接に関係した情報の蓄積が可能になりつつあります。詳細度の高い個人情報は悪用を防ぐための慎重な取り扱いを要しますが、私たちの生活を支援する画期的なサービスを生み出す源泉ともなります。本研究では、ネットワーク構造をもつプライベートな情報の保護と活用を両立させる知識発見技術の構築を目指します。
杉山 将 東京工業大学 大学院情報理工学研究科 准教授 密度比推定による大規模・高次元データの知的処理技術の創生 通常型 3年 本研究では、ロボット制御、脳波解析、自然言語処理、信号画像処理、生命情報処理などの応用分野に共通するデータ解析問題に対して、数理的な裏づけのあるデータ解析手法を開発し、これらの応用分野に技術的なブレイクスルーを起こすことを目指します。具体的には、特徴抽出、外れ値検出、条件付き密度推定などの基礎的なデータ処理課題を、確率密度関数の比の推定問題として統一的に定式化し、アルゴリズム開発を行います。
鈴木 秀幸 東京大学 生産技術研究所 准教授 インフルエンザ感染伝播のデータ同化モデルによる解析・予測技術 通常型 3年 新型インフルエンザのパンデミック発生回避や被害軽減のための方策を検討する際には、感染伝播モデルによる解析・予測が有効であると期待されますが、単なる数値シミュレーションではモデルと現実との乖離が問題となります。本研究は、データ同化技術を導入することにより、現実のデータとの整合性の取れたシミュレーションを実現し、感染伝播モデルによる解析・予測を行うための数理的基盤技術を開発します。
高田 輝子 大阪市立大学 大学院経営学研究科 准教授 金融市場における相転移の時空間構造の自動抽出と予測 通常型 3年 金融バブルのような相転移現象の制御や予測は重要な課題です。しかしこうした異常現象はデータが少なくノイズが大きい一方、多くの要因が絡む複雑な構造を有するため、データから帰納的に本質的構造を抽出するのは原理的に困難です。本研究では、大規模データを有効活用する頑健かつ効率的な統計手法を用いて金融バブルの時系列構造を可視化し、発見された有用なパターンを基に因果関係解明や予測の高精度化を目指します。
中西 泰人 慶應義塾大学 環境情報学部 准教授 空間的な情報システムの設計開発支援システム 通常型 3年 コンピューターと通信ネットワークからなる情報空間は実空間と連係した新たな空間を構成しつつあります。本研究では、空間のデザインを本質的な要素とする情報システムの設計開発を支援するシステムを構築します。情報空間と実空間とを綜合した環境をデザインする基盤的な技術となることを目指し、デザイン思考的なプロセスに着眼点を置いた設計の道具とプロセスの研究を行います。

(五十音順に掲載)

<研究総括総評> 中島 秀之(公立はこだて未来大学 学長)

本「知の創生と情報社会」研究領域は、「知識」を生産して社会で活用するための基盤的技術となる研究、実社会への応用を見据えた新しい基盤技術の研究開発の提案を募集しました。すでに得られている「情報」を対象とするだけでなく、情報を現実世界から取り込むための手法の提案なども期待しました。3年型提案は「知の創生」の基盤技術を開発するもの、5年型提案は実社会での適用や実運用のためのアプリケーションの開発など、「情報社会」での応用を目指すものという仕分けをしていました。また、今回から、失敗を恐れず大きなテーマに挑戦していただくための「大挑戦型」提案も募集しました。

本公募に対して、情報通信分野をはじめ、社会学やライフサイエンスなどさまざまな範囲にわたる研究分野から計64件の応募がありました。やや少なめでしたが、レベルの高い、魅力的な提案が多かったと考えています。これらの研究提案を9名の領域アドバイザーのご協力を得て書類選考および面接選考を行い、大挑戦型1件、通常型11件の計12件の提案を採択するに至りました。選考に際しては、これまでと同様、研究構想が本領域の趣旨に合っていること、特に、研究計画が高い独創性と新規性を有し、挑戦的であること、将来の実社会応用が期待できること、また提案者が明確な目的意識を有していることを重視するとともに、本研究領域の基本方針である研究者間の「コラボレーション」を促進することができるかどうかも重視し、厳正な審査を行いました。また、審査に当たっては、応募課題の利害関係者の審査への関与や、他制度の助成金などとの関係も留意しました。残念ながら、5年型提案についてはそれに相応しい抜きん出た提案がなく、全12件が3年型提案という結果となりました。『「情報社会」での応用を目指すもの』という条件は本領域では外せないものであり、具体的にどのような提案が5年型に適するのかなどを明らかにして来年度の募集に備えたいと考えています。

面接選考で採択されなかった提案、また書類選考の段階で面接選考の対象とならなかった提案の中にも、重要な提案や独自性の高い提案がいくつかありました。技術的な広がりや深みがやや不足しているもの、応募者の「こだわり」のため、提案にバイアスがかかっているものなどについては、コメントやアドバイスを加えて不採択としました。不採択となった提案の提案者につきましては、今回の不採択理由を踏まえて再度提案を練り直し、是非とも再挑戦して頂きたいと思います。

来年度も、「知識」を生産して社会で活用するための基盤的技術となる研究、実社会への応用を見据えた新しい基盤技術の研究開発提案を募集します。本年度以上に多様な分野から夢のある優れた提案が積極的になされることを期待しています。