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資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)
新規採択研究者および研究課題概要

戦略目標:「異分野融合による自然光エネルギー変換材料及び利用基盤技術の創出」
研究領域:「光エネルギーと物質変換」
研究総括:井上 晴夫(首都大学東京 国際センター長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
足立 伸一 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 准教授 時間分解X線構造解析法による光エネルギー変換機構の分子動画観測 通常型 3年 光によるエネルギー変換反応を分子構造の時間変化として直接観測することはすべての化学者の夢です。本研究は、シンクロトロン放射光X線のピコ秒パルス特性を最大限に利用することにより、光エネルギー変換プロセスを、あたかも動画を観るように直接観察する方法論を提案します。この測定手法は、光エネルギー変換プロセスの高効率化に向けた設計指針を与えることが期待されます。
阿部 竜 北海道大学 触媒化学研究センター 准教授 機能分離型色素を用いた高効率水分解系の構築 通常型 3年 太陽光を用いて効率良く水を分解して、クリーンエネルギーである水素を製造できるプロセスを実現するために、有機色素と無機半導体を組み合わせた新規な光触媒反応系を研究します。植物が行っている光合成の「2段階光励起機構」を模倣し、水の分解反応における水素生成反応には新規開発した機能性有機色素を、一方の酸素生成反応には無機酸化物半導体を用い、両者の特性をそれぞれ生かすことによって、高効率な水素製造を目指します。
荒谷 直樹 京都大学 大学院理学研究科 助教 光機能性巨大π共役系化合物の創製 通常型 3年 本研究では、分子設計の自由度が高い有機分子の特長を生かした光電変換素子の開発など、太陽電池の基礎研究として新物質の創製に取り組みます。多環式芳香族化合物を基軸とした平面状および曲面状に共役系の拡がった化合物を合成し、その光学特性を評価します。本研究の目標は「斬新な機能性π共役系の構築」であり、現代有機化学の手法を駆使して、よりデザイン性の高い炭素材料の開発を目指します。
石北 央 京都大学 大学院医学研究科 特定助教 光反応中心・光受容体蛋白質における光反応の分子制御 通常型 3年 高効率な光エネルギー変換反応・光合成の仕組みを工業的に応用するため、光励起電子移動反応が注目されています。しかし、光合成反応中心蛋白質は、巨大色素・膜蛋白質複合体であり、実験で測定するにはしばしば困難を伴います。本研究では、蛋白質立体構造に基づき、電子移動の支配因子である「酸化還元電位」を理論計算で解析します。プロトン移動反応や周辺アミノ酸の電位への影響も算出し、光合成の酸素発生反応・電子移動反応機構の解明を目指します。
石田 斉 北里大学 理学部 准教授 ペプチド折り紙で創る二酸化炭素多電子還元触媒 大挑戦型 5年 光合成のように光エネルギーを利用して二酸化炭素を他の物質に変換するために、優れた二酸化炭素多電子還元触媒が望まれています。そのためには、二酸化炭素還元に伴うプロトン共役が重要となります。本研究では、“ペプチド折り紙”という手法を用いて、二酸化炭素還元能を有する金属錯体触媒の活性部位近傍にプロトン供与性官能基を自在に配置した触媒を開発し、二酸化炭素からメタノールやメタンを製造することを目指します。
伊田 進太郎 熊本大学 大学院自然科学研究科 助教 ナノ構造体の階層的構造制御による光機能性材料の創製 通常型 5年 厚さ約1nm、四方の広さが数百nm~数μm程度の形状を持つ二次元半導体ナノシートは、光励起で生成した電子と正孔の電荷分離が非常に大きいため、それを有効利用できる構造を設計できれば、高効率で可視光に応答する光電変換膜や水分解光触媒などを創製できる可能性があります。本研究では、さまざまな禁制帯幅をもつ半導体ナノシートの作製技術を開発し、それを階層的に積層した新しいタイプの光電変換膜や水分解光触媒の開発を目指します。
伊原 正喜 東京大学 大学院工学系研究科 特任助教 蛋白質工学的アプローチによる高効率ギ酸生産藻類の設計 通常型 5年 ギ酸は次世代エネルギーである水素へと容易に変換でき、水溶性であるために水素よりも輸送や貯蔵が容易です。本研究では、藻類が太陽エネルギーを吸収して、さまざまなバイオエネルギーへと変換することを利用し、藻類の光合成機構を分子レベルで改変して、高効率で安価にギ酸を生産できるシステムの構築を目指します。
稲垣 昭子 東京工業大学 資源化学研究所 助教 可視光エネルギーを駆動力とする触媒的有機分子変換システムの開発 通常型 3年 本研究は、太陽光の主要成分である可視光エネルギーを精密有機合成反応へ利用しうる触媒システムの開発を目指すものです。現在、太陽光エネルギーは電気・熱エネルギーとしての利用のみが着目され、応用開発が進められています。本研究は、この無尽蔵で膨大なエネルギー源である太陽光エネルギーを制御しながら物質変換、すなわちさまざまな有用な化合物を生み出すエネルギー源として用いることに着目したものです。
嶋 盛吾 マックスプランク陸生微生物学研究所 生物化学部門 グループリーダー [Fe]-ヒドロゲナーゼの活性中心鉄錯体の生合成 通常型 5年 [Fe]-ヒドロゲナーゼの鉄錯体活性中心の生合成機構を明らかにします。本酵素はメタン生成菌で発見され、新規に構造を解明したヒドロゲナーゼであり、水素ガスの分解と発生を触媒します。本研究によりこの鉄錯体の大量調製を実現することで電極触媒などへの応用研究が可能となり、本酵素を模擬した触媒合成のための化学的基礎を構築できます。さらに水素貯蔵システムの開発にも発展することが期待できます。
出羽 毅久 名古屋工業大学 大学院工学研究科 准教授 光合成膜タンパク質分子集合系の機構解明 通常型 3年 光合成の初期過程では、数種類の膜タンパク質・クロロフィル色素複合体が特殊な集合体を形成し、それらが協同的に連動して機能しています。本研究では、分子集合体の動作機構を分子レベルで明らかにすることにより、究極の物質・エネルギー変換システムとしての光合成システムを分子集合系として理解し、太陽光を利用した新規なエネルギー変換・炭素固定化システムの構築へと展開します。
中島 裕美子 京都大学 化学研究所 特定助教 ホスファアルケン系配位子を持つ鉄錯体を触媒とする二酸化炭素の高効率光還元反応 通常型 3年 本研究は、ホスファアルケン系配位子を用いて、鉄錯体の電子状態制御に取り組むことで、鉄錯体を用いた二酸化炭素の高効率光還元反応の達成を目指します。電子的に極めて柔軟な特性を持つホスファアルケン系配位子を用いれば、鉄錯体反応性の電子レベルでの理解が可能となります。得られた知見に基づき鉄錯体反応場を精密設計することで、反応の高効率化が期待できます。
正岡 重行 九州大学 大学院理学研究院 助教 水の可視光完全分解を可能にする高活性酸素発生触媒の創製 通常型 3年 本研究では、現代のエネルギー問題を解決するための人工光合成技術である水の可視光完全分解を、有機物と金属イオンからなる金属錯体を用いて実現させることを目標としています。特に、金属錯体による水の分解を達成するための鍵となる高活性酸素発生触媒の創出を目指します。
八木 政行 新潟大学 自然科学系 教授 水素生成型太陽電池を目指した水の光酸化ナノ複合触媒の開発 通常型 3年 太陽光を電気エネルギーに変換すると同時に水から水素を生成する水素生成型太陽電池の創製を目指します。太陽光により水素のような高エネルギー有用物質を生成するためには、水を電子源として利用することが不可欠であるため、水の光酸化系の構築は重要です。本研究では、独自に合成した多様な高活性の水の酸化ナノ触媒と可視光電荷分離系を機能的に融合した水の光酸化ナノ複合触媒を合成して革新的な水の光酸化系の構築に挑戦します。

(五十音順に掲載)

<研究総括総評> 井上 晴夫(首都大学東京 国際センター長)

本研究領域では、人類にとって理想的なエネルギー源である太陽光による広義の物質変換を介して、光エネルギーを化学エネルギーに変換・貯蔵・有効利用し得る高効率システムの構築を目指しており、光化学、有機化学、材料科学、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど幅広い分野から、将来のエネルギーシステムへの展開を目指した革新的技術に新しい発想で挑戦する研究を対象としました。

本研究領域は本年度から発足しましたが、極めて多岐にわたる研究領域の20~50歳代の幅広い年齢層から計112件の応募があり、競争率は約9倍となりました。人工光合成、分子認識・自己組織化、高効率太陽光発電材料・素子・電池、光エネルギー変換・捕集、光増感、先端機能デバイス、カーボンナノチューブ・フラーレン、金属ナノ構造、微細加工、触媒反応、光触媒、水素、金属錯体、二酸化炭素還元、酸素発生、再生可能エネルギー、環境対応、生体機能利用、植物、バイオマス、代謝解析、微生物、光合成細菌、細胞・組織、発生・分化、糖、タンパク質、核酸、酵素、遺伝子、ゲノム――などをキーワードとする多様な研究課題が数多く提案されました。応募者の所属機関は、ほとんどが大学ですが、公的・民間の研究機関や海外の研究機関からの提案もありました。なお、日本の研究機関に所属する外国人による英文の提案もありました。これらの研究提案を11名の領域アドバイザーの協力を得て厳正な書類審査を実施し、特に優れた研究提案31件について面接審査を行いました。

審査に当たっては、これまでの研究実績というよりは研究者の個性「ひと」を重視しました。提案の新規性、独創性はもちろん研究計画の発展性に加え、これまでに蓄積された科学技術やその組み合わせを超えて、将来のエネルギー問題解決のブレークスルーとなる可能性を秘めた挑戦的な研究提案を特に重視し、できるだけ多面的な評価を心がけ選考いたしました。また、研究提案の利害関係者の関与を避け、他制度による助成状況なども留意し、公平厳正な審査を行いました。

選考の結果、通常型として研究期間5年型が3件、研究期間3年型が9件、さらに本年度より新設された大挑戦型として研究期間5年型が1件、計13件を採択しました。この中には、海外研究機関での研究も含まれています。いずれも、本領域として推進するに十分値する独創性の高い挑戦的な研究提案です。

ブレークスルーは一般には予測しないところから出てくることが多いことは科学の歴史が示しています。「さきがけ」研究の趣旨である研究者の個性「ひと」を重視した研究提案をこれからも期待しています。来年度も是非積極的に応募していただきたいと思います。