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資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)
新規採択研究者および研究課題概要

戦略目標:「人間と調和する情報環境を実現する基盤技術の創出」
研究領域:「情報環境と人」
研究総括:石田 亨(京都大学 大学院情報学研究科 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
和泉 潔 (独)産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究センター 主任研究員 集団としての人間の行動軌跡解析と場のデザイン 通常型 3年 本研究では、実社会で相互作用する複数の人間の行動データから、集団としての人間行動モデルを構築するための情報処理技術を開発します。本技術によって、チーム作業を行う物理環境や社会経済活動を行う情報環境において、頑強性・安定性を向上させる空間や制度の設計を支援することを目指します。さらには解析結果を現場にフィードバックし、有効性検証や具体的な利活用形態の検討を行います。
尾形 哲也 京都大学 大学院情報学研究科 准教授 長期インタラクション創発を可能とする知能化空間の設計論 通常型 5年 本研究では、人間とロボットを含む知能化空間が互いの予測と適応を繰り返すことで、動的に発展していくコミュニケーション(事象やそれを表すサイン)に着目します。実環境変化を予測する順モデルを構築し、これを能動的な環境認知、言語への変換、さらに人間行為の予測に適用します。このモデルから、知能化空間が身体の一部となったかのような“さりげない長期支援”の設計論を構築し、多様なシステムへの適用を図ります。
緒方 広明 徳島大学 大学院ソシオテクノサイエンス研究部 准教授 ラーニングログを用いた協調学習情報基盤の開発 通常型 3年 本研究では、次世代のe-Learning環境として、日常生活での学習の体験映像をラーニングログとして蓄積し、他の学習者と共有することで、知識やスキルの獲得を支援する、協調学習の情報基盤を開発し、大学などで実践を行い評価します。特に、その場所や時間など学習者の周囲の状況に適した情報を学習者に知らせ、学習者の環境やニーズと調和して適切な情報コンテンツを提供し、学習プロセスを支援する学習環境の構築を目指します。
梶本 裕之 電気通信大学 電気通信学部 准教授 触覚の時空間認知メカニズムの解明に基づく実世界情報提示 通常型 5年 本研究は、実世界での最適な情報提示手法として触覚に着目し、触覚を用いた情報提示が持つ高い潜在能力を引き出すことを目指します。触覚による情報提示はリアルタイム性と直感性に優れ、視聴覚を阻害しないことから、実世界での情報提示手段として高い潜在能力を持つと考えられます。本研究では、実世界情報提示で主要と思われる閲覧と誘導という2つの行動について、皮膚感覚の時空間特性に基づいた最適設計論を確立します。
高玉 圭樹 電気通信大学 電気通信学部 准教授 学習進化機能に基づくスパイラル・ケアサポートシステム 通常型 3年 本研究では、高齢化社会における介護支援に焦点を当て、高齢者・介護士・経営者それぞれが抱える問題を解決し、介護の質を向上させるスパイラル・ケアサポートシステムの構築を目指します。特に、学習進化機能を導入することにより、高齢者毎に対応した介護支援を実現し、その有効性を実際の介護福祉施設で検証します。さらに、医療と比べて体系化されていない介護支援システムの標準化とデファクトスタンダードを追求します。
高梨 克也 京都大学 学術情報メディアセンター 特定助教 多人数インタラクション理解のための会話分析手法の開発 通常型 3年 グループでの情報交換や合意形成は現代社会の重要な活動の1つです。こうした活動の効率を向上させる情報処理技術の開発には、まず多人数インタラクションの理解に資する手法を開発しなければなりません。本研究では、実社会のミーティングのフィールド調査を中心とし、従来主に2者間の会話を対象としていた会話分析の手法を拡張します。また、開発した手法をミーティングなど、多様な多人数インタラクションの現場に適用します。
田中 文英 筑波大学 大学院システム情報工学研究科 准教授 世界の子ども達をつなぐ遠隔操作ロボットシステム 通常型 3年 本研究では、子ども達が海外の教室に置かれたロボットを遠隔操作することによって、現地の活動にリアルタイムに参加可能な「ロボット留学システム」を開発します。本システムにより子ども達はロボットを通して海外の子ども達と物理的にインタラクションできるのみならず、対話は相手に応じて自動翻訳され、手軽かつ安価にリアルな留学体験をすることができるようになります。さらにここでのマルチモーダル体験は記録・再生が可能です。
辻 俊明 埼玉大学 工学部 助教 力覚信号処理技術に基づくリハビリ支援ネットワーク 通常型 5年 本研究では、リハビリ支援機器をインターネットに接続し、リハビリ運動の応答値をサーバに記録するシステムを開発します。本システムでは運動データに機能に基づく力覚信号処理を施すことにより理学療法士のノウハウを抽出し、再利用可能なライブラリとして保存します。収集された膨大なデータに基づいてリハビリ動作の効果とリスクを数値化することで、個々の症例に合ったリハビリ動作の再生や統計に基づく精緻な評価が可能となります。
長谷川 晶一 電気通信大学 電気通信学部 准教授 作業プロセスの環境非依存化による作業集合知の形成 通常型 5年 人の行う作業には記述できない知識、即ち暗黙知が多く含まれています。この暗黙知を蓄積し、再利用可能な集合知とすることができれば、作業と結果の改善や支援、作業内容の検討や討議の支援など多くの応用が考えられます。本研究では、作業を認識し、物理モデルとセンサモデルのシミュレーションによる同定処理によって、作業プロセスを計測環境に依存しない形式に変換します。これによりネットワーキングによる作業集合知を構築します。
原田 達也 東京大学 大学院情報理工学系研究科 准教授 大規模web情報とライフログによる実世界認識知能の構築 通常型 3年 本研究では、実世界で利用可能な視覚を中心としたマルチモーダルデータを認識する知能の構築を目指します。実世界認識知能の構築には知識獲得が必要不可欠ですが、このために大規模webデータによる一般的知識の獲得とライフログによる個人適合した知識の獲得を行います。この応用例として、認識機能をゴーグル型ウェアラブルデバイスに実装し、人の視覚情報を言葉で書き下し、記憶を言葉で検索可能とするシステムを開発します。
坊農 真弓 情報・システム研究機構 国立情報学研究所 助教 インタラクション理解に基づく調和的情報保障環境の構築 通常型 3年 情報機器の発展はろう者の生活に大きな変化をもたらしてきました。例えばポケベルや携帯メールは外出先での連絡を可能にし、自宅でFAX を待つ従来の生活を一変させました。今後は映像通信技術の発展に伴い、手話を用いた映像による社会参画の機会が増えると予想されます。本研究では、遠隔地にいるろう者と聴者が対等に議論可能な場として、映像通信技術を用いた調和的情報保障環境の構築とそのガイドライン作成を目指します。
山岸 典子 (株)国際電気通信基礎技術研究所 脳情報研究所 主任研究員 脳活動の推定に基づく適応的な環境知能の実現 通常型 3年 今後のユビキタス環境では、ユーザの意図を理解し、「欲しいところに欲しい情報が、ちょうどよいタイミング」で提供されることが望まれます。本研究では、ユーザに適応的な環境知能の実現を目指し、脳活動の推定に基づいて、時々刻々と変化するユーザの注意の方向や知的作業に対する準備状況を推定する手法を開発します。これにより、情報通信技術の恩恵を自然に受けることができる適応的、親和的かつ能動的な情報環境を実現します。

(五十音順に掲載)

<研究総括総評> 石田 亨(京都大学 大学院情報学研究科 教授)

本研究領域は、人とのインタラクションが本質的な知的機能の先端研究を行い、その成果を情報環境で共有可能なサービスの形で提供し、さらに研究領域内外の他のサービスとのネットワーキングにより複合的な知能を形成していくことを目指しています。初年度は99件の応募がありました。これらの応募に対し、応募課題の利害関係者の関与を避け、他制度の助成金なども留意し、公平・厳正に次の通り選考を行いました。まず、12名の領域アドバイザーおよび1名の外部評価者が分担して各申請の書類査読を行い、34件(申請全体の1/3)を面接審査候補として選定しました。次に、領域アドバイザーが一堂に会して議論を行い、25件(申請全体の1/4)を面接対象としました。2日間にわたる面接の結果、最終的に以下に示す12件を採択しました。

フィールド研究は、問題解決の技術手段の明確さ、深さと共に、フィールドへのコミットメントの深さを評価の基準としました。フィールドが技術開発の単なる例題に過ぎないと思われる申請は採択しませんでした。場合によっては、当初想定した技術手段を捨ててでもフィールドの問題を解こうとするモチベーションがあるかどうかを見極めながら選考を進めました。その結果、高齢者介護、障害者支援、青少年教育などを対象とする4件の申請を採択しました。審査の過程で、高いレベルの技術手段を持った優秀な研究者が、社会的に重要なフィールドに向かう姿を目の当りにし、審査の期待を超える研究活動が始まっていることに感銘を受けました。

先端技術研究は、知的機能を実現する先鋭的な切り口と、研究が成功したときのネットワーク社会へのインパクトを評価基準としました。その結果、触覚、力覚、脳活動の推定、画像認識、コンピュータグラフィックス、マルチエージェントシミュレーションなど、高度で将来性ある先端技術であって、将来のネットワーキングを強く意識した研究を6件採択しました。また、基礎研究は、今後の情報環境と人に関わる重要な研究で、他のさきがけ研究者にも大きな影響を与えるものを厳選して採択しました。その結果、知の創発に関わる研究と、多人数インタラクションの分析に関わる研究を採択しました。

今回の審査では、多くの優秀な研究者から応募があり感謝しています。申請の中には、研究内容や研究計画などが十分に記述されていないという理由で、採択されなかったものが数多く見られました。本研究領域の趣旨を理解され、次年度に再度挑戦頂ければと思います。なお、当初予定していた知的機能のネットワーキングに関わる研究は採択に至りませんでした。本領域の目標に深く関わりますので、来年度に向けて準備を頂ければと思います。また、大挑戦型に関しては、研究領域から1件を推薦しましたが、残念ながら採択されませんでした。情報環境と人に関わる大きなスケールの研究申請を期待しています。