JST(理事長 沖村憲樹)は、異常なタンパク質の発現を抑制し、正確な遺伝子発現に導く細胞内の新しいメカニズム(品質管理システム)を発見しました。
ヒトの遺伝子病注1の原因となる変異の多くは、間違った位置でタンパク質合成が終了する変異です。このような異常を持った遺伝子由来のタンパク質が通常の量で発現すると、細胞に様々な異常をもたらす可能性があります。しかしながら、このような異常な遺伝子によるタンパク質合成は、実際には抑制されております。例えば、ヒトの遺伝子病のほとんどは、両方の染色体に変異を持つホモの場合のみ、重篤な症状を呈します。これは、片方の染色体のみに変異を持つ場合には、異常なタンパク質合成が抑制されることで、正常なタンパク質の活性が阻害されない機構があるため、と考えられます。
この正常でない産物は作らないという細胞のもつ厳密な品質管理システムの仕組みについては、不明の部分が多く残されています。今回我々は、動物・植物などの真核生物のmRNA注2に普遍的に存在するポリ(A)鎖注3が、重要な役割を果たしていることを明らかにし、新たな仕組みを発見しました。
実験結果は、細胞における異常タンパク質の産生が抑制される新たな仕組みを明らかにしただけでなく、遺伝子病発症のメカニズムやその治療法の開発につながる成果と考えられます。
本研究は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「代謝と機能制御」研究領域(研究総括:西島正弘)における研究テーマ「機能性RNAによる代謝制御の分子基盤の解析(研究者:稲田利文、名古屋大学理学研究科生命理学専攻助教授)」の一環として行われております。今回の研究成果は、米国科学雑誌「Genes & Development(ジーン アンド デベロップメント)」の3月1日(米国東部時間)付の誌面に掲載されます。
<研究の背景と経緯>
遺伝情報の担い手であるmRNA自身が正確に合成され、正しく局在し制御を受けることは、生命現象の基礎です。一方DNA変異等に起因する異常mRNAは、生命活動を担うタンパク質の発現量や活性の低下を介して、様々な悪影響を細胞にもたらたす可能性があります。例えば、ヒトの遺伝子病の原因となる遺伝子変異として、間違った位置でタンパク合成が終了するナンセンス変異注4がありますが、このような異常を持った遺伝子由来のタンパク質が通常の量で発現されると、細胞に様々な異常をもたらす可能性があります。しかし、このような異常な遺伝子産物の合成は、細胞の保持する厳密な品質管理システムによって抑制されています。
現在、多くの研究者によりタンパク質合成が途中で終了するナンセンス変異を持つmRNAの分解機構について解析がなされています。また最近、タンパク合成を終了させる終止コドン注5を持たない異常mRNAを分解する機構の存在が報告されました(図1)。我々はすでに、タンパク合成を終了させる終止コドンを持たない異常mRNAの品質管理システムを解析し、mRNAの分解のみでなく、タンパク質の発現自体が顕著に抑制されることを報告しました。しかし、そのタンパク質の発現抑制のメカニズムについては不明のままでした。
<研究の内容>
真核生物のmRNAの3’末端注6にはポリ(A)鎖が普遍的に存在し、そのポリ(A)鎖が翻訳開始反応やmRNAの安定化に重要であることが明らかになっています。今回、稲田らの研究グループは、終止コドンを持たない異常mRNA由来のタンパク質の発現抑制について解析したところ、ポリ(A)鎖が非常に重要な役割をはたすことを明らかにしました。また、この抑制機構に、タンパク質合成に加えてタンパク質分解の過程があることも判明しました。
稲田らはまず、終止コドンを持たない異常mRNA由来のタンパク質量が通常量の100分の1程度にまで低下することを見いだしました。この非常に強い発現抑制について解析した結果、タンパク質の合成のみでなくタンパク質の分解も関与していることが、細胞の主要なタンパク質分解酵素であるプロテアソーム注7の阻害剤の添加実験で明らかになりました。またプロテアソームによる分解対象認識に重要と考えられているユビキチン化に依存することを示唆する結果も得られました。
終止コドンを持たない異常mRNAが翻訳されると、必然的にポリ(A)鎖を翻訳する結果となります。ポリ(A)鎖は通常決して翻訳されない配列であるため、ポリ(A)鎖を翻訳すること自体がタンパク質の発現を抑制する原因である可能性が考えられました。そこで、正常な遺伝子の終止コドンの直前に30塩基以上のポリ(A)配列を挿入したところ、翻訳抑制とプロテアソームによるタンパク質分解を示す結果が得られました。この際にポリ(A)配列の翻訳が途中で一旦停止(アレスト)すること、そのことによってタンパク質の迅速な分解が引き起こされることが分かりました。そして、ポリ(A)配列の翻訳により合成されるアミノ酸ポリリジン(K)配列がリボソーム注8と相互作用し、翻訳の一旦停止を引き起こす結果、異常な合成途中のタンパク質がプロテアソームによって分解されることが示唆されました(図2)。
<今後の展開>
今回の解析により得られた結果から、以下の様な展開が期待されます。
真核生物のmRNAの3’末端にはポリ(A)鎖が普遍的に存在します。そのポリ(A)鎖は翻訳を促進し、mRNAの安定性にも重要な役割を果たしています。今回、品質管理システムにおけるポリ(A)鎖の役割を明らかにしました。ヒトを含めたほとんどの生物は、限られた数の遺伝子から、その数倍~数十倍のタンパク質を作り出す機構を保持しています。この過程で生じうる様々なエラーを持った遺伝子産物は、細胞の持つ品質管理システムによって、産生を抑制され、また速やかに排除されています。今回分かったポリ(A)鎖の重要な役割が、正確な遺伝子発現を保証する品質管理システムを、今後さらに詳細に解明するステップになると思われます。
今回、終止コドンを持たない異常mRNA由来のタンパク質の発現抑制について、翻訳抑制とプロテアソームによるタンパク質分解が重要な役割を果たすことを明らかにしました。
現在、異常な位置に終止コドンをもちタンパク質合成が途中で終了するナンセンス変異を持つmRNAの分解機構について、多くの研究者により精力的に解析がなされています。これについても異常mRNAの分解のみでなく、異常mRNAの翻訳抑制やプロテアソームによるタンパク質分解などの機構が、異常タンパク質の発現抑制の普遍的な分子機構として関与している可能性があります。また品質管理の全体像の分子機構の解明は、ナンセンス変異による遺伝子病の治療につながる可能性が期待されます。
<掲載論文名>
“Translation of the poly(A) tail plays crucial roles in nonstop mRNA surveillance via translation repression and protein destabilization by proteasome in yeast”
(ポリ(A)鎖の翻訳は、翻訳抑制とプロテアソームによるタンパク質の分解を介してmRNA品質管理機構に重要な役割を果たす。)
doi: 10.1101/gad.1490207
<研究領域等>
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域: | 「代謝と機能制御」(研究総括:西島 正弘) |
研究課題名: | 「機能性RNAによる代謝制御の分子基盤の解析」 |
研究者: | 稲田 利文(名古屋大学理学研究科生命理学専攻助教授) |
研究実施場所: | 名古屋大学理学研究科生命理学専攻 遺伝子発現制御学グループ |
研究実施期間: | 平成17年10月~平成21年3月 |
<お問い合わせ先>
稲田 利文(イナダ トシフミ)
名古屋大学理学研究科生命理学専攻 遺伝子発現制御学グループ
〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町
TEL:052-789-2982(office),2983(lab)
FAX:052-789-3001
白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
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