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科学技術振興機構報 第340号

平成18年9月18日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp

神経細胞における異常タンパク質の凝集を阻害する分子を同定

(分子シャペロンが神経変性疾患を抑制する)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、通常タンパク質がその機能を正しく発揮するための手助けをしている分子シャペロン注1)CCTが、神経変性疾患の原因タンパク質の神経細胞における凝集を阻害する作用を持つことを発見しました。
 神経変性疾患は、プリオン病、アルツハイマー病、パーキンソン病をはじめとして、異常なタンパク質の凝集体が神経細胞に蓄積することによって、神経細胞死を引き起こす疾患です。神経変性疾患のなかでも、ハンチントン舞踏病をはじめとする、ポリグルタミンタンパク質注2)の凝集によって神経細胞死が引き起こされる、いわゆるポリグルタミン病もよく知られています。このような病気の予防および治療という側面からは、原因タンパク質の凝集の阻害が重要だと考えられています。
 本研究チームは、細胞質ゾル(サイトゾル)注3)に含まれるほ乳類の代表的な分子シャペロンCCTが、ポリグルタミンタンパク質の細胞内での凝集を防ぎ、かつ神経細胞死を阻止することを明らかにしました。またその作用機構として、CCTが凝集の初期段階に作用して<凝集の種>の形成を阻害していることを示唆するデータを得ました。これらの成果は、正常細胞内においてCCTがポリグルタミンタンパク質の凝集を抑制していることを示唆するともに、CCTの機能の活性化などを通じて、神経変性疾患の治療法や予防法の開発に寄与するものと考えられます。
 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」研究領域(研究総括:大島泰郎)の研究テーマ「小胞体におけるタンパク質の品質管理機構」の研究代表者・永田和宏(京都大学再生医科学研究所 教授)と、北村朗(同 大学院生)、久保田広志(同 助手)らが、Richard I. Morimoto(米国ノースウェスタン大学 教授)および金城政孝(北海道大学 助教授)らとの共同研究によって得られたもので、英国科学雑誌「Nature Cell Biology」のオンライン版にて2006年9月17日(英国時間)に公開されます。

<研究の背景>

 神経変性疾患は、アルツハイマー病をはじめとして、異常なタンパク質の凝集体が神経細胞に蓄積することによって、神経細胞死を引き起こす疾患です。プリオン病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などが含まれますが、ハンチントン舞踏病をはじめとする、ポリグルタミンタンパク質の凝集によって神経細胞死が引き起こされる、いわゆるポリグルタミン病も多くの種類があり、よく知られています。種々の原因タンパク質は、健常人にも普通に存在する機能が知られていないタンパク質ですが、なんらかの原因(遺伝的な素因が多い)によって、これらのタンパク質中のグルタミンのリピート数(繰り返し)が40を越えると、タンパク質は急激に凝集性を獲得し、凝集体を形成して、神経細胞を死に至らしめます。これらタンパク質の正しいフォールディング注4)に異常をきたし、変性や凝集によって細胞に傷害を及ぼす病態を、総称してフォールディング異常病と呼ぶようになりました。
 一方、分子シャペロンは、タンパク質のフォールディングを助け、また変性したタンパク質の再生を行うなど、タンパク質の構造形成に重要な役割をもつタンパク質であり、細胞内においては大多数のタンパク質のフォールディングに分子シャペロンが関与しています。なかでもCCTは、細胞質ゾル(サイトゾル)に含まれるほ乳類の代表的な分子シャペロンで、8つのサブユニットがリングを形成する複雑なフォールディング分子機械です。本研究においてはCCTによるポリグルタミンタンパク質の凝集阻止の能力が検討されました。

<本研究の成果>

 本研究チームは、分子シャペロンCCTが、細胞内でポリグルタミンタンパク質が凝集することを防ぎ(図)、かつ神経細胞死を阻止することを明らかにしました。
 CCTの1つのサブユニットをRNAi法注5)によってノックダウン注6)すると、CCTのリング構造が壊れ、機能性複合体(8量体)を形成しなくなることを明らかにしました。そこで、ノックダウンした細胞における、ハンチンチン(ハンチントン舞踏病の原因遺伝子)などのポリグルタミン(polyQ)タンパク質の凝集を調べると、凝集体を含む細胞が増加し、かつ神経細胞死も増加しました。逆に、8つのCCTのサブユニットの遺伝子をすべて細胞に遺伝子導入し発現させると、CCT8量体の増加が観察されました。この過剰発現によって、ノックダウンの時と逆に、ポリグルタミンタンパク質の凝集が著しく減少し、かつ神経細胞死が減少しました。
 さらに、この凝集体形成の分子機構を調べるために、蛍光相関解析(FCS, Fluorescent correlation spectroscopy)法注7)を導入して、ポリグルタミンタンパク質分子の大きさの変化を調べますと、CCTノックダウンによって、ポリグルタミン数個の複合体(オリゴマー)形成が多くなり、これが<凝集の種>となって、凝集が促進されていることが明らかになりました。これらの事実は、正常細胞内において、CCTがポリグルタミンタンパク質の凝集を抑制していることを示唆するとともに、CCTの機能の活性化を通じて、神経変性疾患の治療や予防の戦略を考えることができます。

<今後の展開>

 神経変性疾患は、現在有効な治療法のない難病ですが、生体中においては、細胞質中の分子シャペロンCCTがポリグルタミンタンパク質の凝集を抑え、神経細胞死を防いでいることを明らかにしました。CCTの作用が他のフォールディング異常病の原因タンパク質にも同様に防御効果があるのか否かを今後は検討しなければなりません。本研究チームでは、最近、CCTがタンパク質のβシート構造注8)を認識することも明らかにしていますので(Kubota, S. , Kubota, H. & Nagata, K., Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 2006)、CCTが、プリオン病やアルツハイマー病、パーキンソン病なども含め、一般にβシートを介したタンパク質の凝集を阻害する効果は十分に期待されます。このことから、CCTの発現あるいは機能を活性化する効果をもつ化合物を見出すことができれば、本研究成果は神経変性疾患を治療するあるいは予防するという手法の開発に寄与するものと考えられます。


<用語解説>
図 CCTによるポリグルタミン(polyQ)タンパク質の凝集阻害

<論文名>

「Cytosolic chaperonin prevents polyglutamine toxicity with altering the aggregation state」
 (サイトゾルシャペロニンは凝集状態を変化させることによりポリグルタミンによる毒性を防ぐ)
 doi :10.1038/ncb1478


<研究領域等>

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「たんぱく質の構造・機能と発現メカニズム」
(研究総括:大島 泰郎 共和化工株式会社環境微生物学研究所 所長)
研究課題名:「小胞体におけるタンパク質の品質管理機構」
研究代表者:永田 和宏 京都大学再生医科学研究所 教授
研究期間:平成13年〜平成18年

<お問い合わせ先>

永田 和宏(ながた かずひろ)
  京都大学 再生医科学研究所 細胞機能調節学分野
  〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町53
  TEL: 075-751-3848 FAX: 075-381-4645
  E-mail:

佐藤 雅裕(さとう まさひろ)
  独立行政法人 科学技術振興機構
  戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
  〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
  TEL: 048-226-5635 FAX: 048-226-1164
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