戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATOタイプ)
(平成17年度発足)

研究領域「ヒト膜受容体構造」研究総括

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岩田 想 氏
(インペリアルカレッジロンドン 生命科学科 教授)

■研究領域「ヒト膜受容体構造」の概要
 蛋白質の構造解析の技術はこの15年間で急速な発展を遂げ、蛋白質構造データバンクには3万以上の構造データが登録されている。ところが、そのほとんどは可溶性蛋白質のものであり、膜蛋白質は80程度、ほ乳類由来の膜蛋白質に限れば10に満たない。膜蛋白質の構造解析が進んでいないのは、(1)発現、大量精製が困難であったこと(2)水溶性でないため結晶化が難しいこと、(3)そのため良好なX線回折データを得られないことに因る。一方、現在市販されている医薬の5割以上が、細胞膜中に存在する膜蛋白質、特にG蛋白質共役受容体(以下「膜受容体」という。)をターゲットにしており、膜受容体の構造の理解は合理的創薬に不可欠である。にもかかわらず、ヒト由来の膜受容体の構造は、上述の問題により、これまで一つも解析されていない。
 本研究領域では、ヒトゲノム配列解析の成果を活用し、膜蛋白質の大量発現・精製技術、膜蛋白質の可溶化・結晶化技術、新世代放射光技術等、各種技術を組み合わせることにより、創薬に要求されるヒト膜受容体の構造解析を系統的に行う技術の確立を目指す。
 具体的には、(1)ヒト膜受容体のcDNAを迅速に各種ベクターに組み込み、これを蛋白質の機能を保持したまま発現可能な酵母を用いて大量発現するとともに、結晶化の妨げとなる糖鎖の除去方法の開発等を行い、ヒト膜受容体の大量産生・精製技術を確立する。(2)膜蛋白質は、可溶化するために用いる界面活性剤のミセルに覆われて結晶化が困難であるが、親水性を増大する別の蛋白質を結合することによって結晶性を向上することが可能なことから、ヒト膜受容体に適した結合蛋白質を作成する技術を開発する。(3)膜受容体と結合蛋白質を含む溶液と結晶化を促進する沈殿剤をナノリットル・オーダーで滴下・混合する等の独自技術と、結晶化したプレートをX線回折計に直接マウントし、結晶化最適条件を高速スクリーニングする機械制御システムを確立する。(4)最終的な解析には、回折の弱い結晶からも高精度のデータを得られるビームラインと、新たな結晶マウンティングシステムを組み合わせることで、放射線損傷を防ぎながら高分解能データが得られる超低ノイズデータ計測系を構築する。
 これら一連の技術の確立により、医薬の主要なターゲットの一つであるヒト膜受容体の構造を効率的に解析することが可能になり、その知見に基づいた副作用を抑えた医薬の開発や、テーラーメイド医療の実現はもとより、細胞生物学や分子生物学等の学問領域においても、膜受容体を介した情報伝達に関する研究の進展に寄与すると考えられ、戦略目標「遺伝子情報に基づくたんぱく質解析を通した技術革新」に資するものと期待される。
■研究総括 岩田想氏の略歴等

1.氏名(現職) 岩田 想 (いわた そう)

 (インペリアルカレッジロンドン生命科学科 教授)42歳

2.略歴

昭和61年3月 東京大学農学部農芸化学科卒
昭和63年3月 東京大学大学院農芸化学専攻修士課程修了
平成 3年3月 東京大学大学院農芸化学専攻博士課程修了、農学博士
平成 3年4月 文部省高エネルギー物理学研究所、日本学術振興会特別研究員
平成 4年9月 ドイツ、マックスプランク生物物理学研究所HSFPポストドクトラルフェロー
平成 8年6月 スウェーデン、ウプサラ大学生化学科講師
平成11年7月 同上 教授
平成12年3月 イギリス、インペリアルカレッジロンドン生命科学科及び医学部教授
平成17年1月 同上 構造生物学センター長
   この間
平成16年8月〜現在Diamond放射光実験施設(イギリス、オックスフォードシャー)、


ダイアモンドフェローを併任

3.研究分野

 X線結晶学、膜蛋白質構造生物学

4.学会活動等

2001年イギリス結晶学会、冬期大会オーガナイザー
2003年RIKEN/BBSRC合同シンポジウム:日英合同膜タンパク質の構造生物学
−ハイスループット膜タンパク質結晶構造解析をめざして−オーガナイザー
2005年The 2nd Bilateral Japan-UK Symposium on Structural Genomics and Proteomics オーガナイザー
European Membrane Protein Consortium ステアリングコミッティーメンバー
Swiss National Centre for Competence of Research (NCCR) サイエンティフィックアドバイザリーボード

5.業績等

 文部省高エネルギー物理学研究所において坂部知平教授のもとでシンクロトロンを用いた最新のX線構造解析の技術を習得、 その技術を最も難しくかつ非常に重要な生物学的問題である膜蛋白質に応用するため、光合成の反応中心でノーベル賞を受賞したハートムートミヘル博士のドイツ、フランクフルトの研究室に渡り、膜蛋白質の構造解析技術の開発に携わった。フランクフルトでは呼吸鎖の末端酵素であるシトクロム酸化酵素の構造解析に世界で初めて成功した(Iwata et al., Nature, 1995). また、この結晶を得るために膜蛋白質を抗体フラグメントとともに解析する技術の開発に参加した(Ostermeier et al., Nature, Str. Biol, 1995). この後、スウェーデンのウプサラ大学に講師として赴任し、ここで呼吸鎖の中間酵素であるシトクロムbc1複合体(Iwata et al., Science, 1998)及び大腸菌の呼吸鎖末端酵素ユビキノール酸化酵素(Abramson et al., Nature Str. Biol. 2000)の構造解析に成功した。
 また解析したシトクロムbc1複合体の構造を基に、各種の遺伝病の原因について解明することに成功し(Andreu et al., N. Engl. J. Med. 1999 and Andreu et al., Pediatr. Res. 2000)、膜蛋白構造の研究が実際の臨床医学に貢献できることを示した。2000年にロンドンのインペリアルカレッジで膜蛋白質構造の解析の研究室を担当し、今年の4月より構造生物学センター長に就任している。ロンドンの研究室では以前より続けている呼吸鎖酵素に加えて、輸送体、受容体の構造解析を行っており、ギ酸脱水素酵素(Jormakka et al., Science, 2002)、コハク酸脱水素酵素(Yankovskaya et al., Science, 2003)、ラクトース輸送体(Abramson et al., Science, 2003) 及び光化学系2(Norell et al., Science, 2004)の構造解析に成功している。このうちラクトースの受容体は重要な人間の創薬ターゲットである、グルコースの受容体のホモローグであり、光化学系2は植物の葉緑体において、地上の生物すべてが呼吸している酸素を生成しているきわめて重要な膜蛋白質である。
 2004よりイギリスの新しい放射光実験施設ダイアモンドのフェローを併任し、膜蛋白質構造解析研究室の建設を行っている。このほかにも国際会議の主催や講演、英文の本(Iwata ed., " Methods and Results in Membrane Protein Crystallization" , 2003) や総説の著作など活動を行っている。

6.受賞等

 1998年 スウェーデン生化学会スベドベリ賞
 1999年 スウェーデン王立科学アカデミーリンドボム賞