戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATOタイプ)
(平成17年度発足)

研究領域「分化全能性進化」研究総括

写真

長谷部 光泰 氏
(自然科学研究機構 基礎生物学研究所 教授)

■研究領域「分化全能性進化」の概要
 多細胞生物を構成する大部分の細胞は、受精卵のようにどのような細胞にもなれる能力を持つ細胞から種々の細胞に分化して機能する。分化によって各細胞は役割に応じた性質を獲得するが、このことは多くの遺伝子からその細胞が必要な情報のみを読み出すようにプログラムすることで達成されている。ひとたび分化した細胞は、このプログラムをやりなおす(リプログラミング)ことで、再びすべての細胞になれる能力を取り戻せる。これを分化全能性と呼ぶが、植物は高い分化全能性を持ち、簡単な処理だけでリプログラミング可能である。一方、動物のリプログラミング能力は極めて低く、この点が植物と動物の大きな違いである。これまで多くの研究がなされているにも関わらず、植物の分化全能性の分子機構はほとんど明らかになっていない。本研究ではモデル植物としてヒメツリガネゴケを用いるが、ヒメツリガネゴケはこれまでのモデル植物とは違い極めて高い分化全能性を持ち、陸上植物で最も容易に遺伝子ターゲティング法が行える。また、近い将来に多細胞下等植物としては初めて全ゲノム解析が完了予定であり、きわめて有用なモデルである。
 本研究領域では、ヒメツリガネゴケのゲノム情報を最大限に利用し、その高い分化全能性を担う因子を同定・機能解析することにより、植物分化全能性の分子機構とその進化過程解明を目指す。
 具体的には、ヒメツリガネゴケのリプログラミング過程における、低分子やRNA、蛋白質の変動を網羅的に解析し、リプログラミングに関わる因子を推定する。また、DNAの高次構造が分化全能性をコントロールしているという仮説のもと、全ゲノムレベルでDNAの高次構造に関わる因子などについてリプログラミング過程における動態を明らかにする。また、リプログラミングには各因子の細胞内での位置的変化が関与している可能性が高く、イメージング技術を駆使してリプログラミング過程における各因子の細胞内動態を調べる。さらに、他の生物との間でゲノムを比較することでリプログラミング機構の相違点を明らかにし、共通の祖先からリプログラミング機構がどのように進化してきたかの解明を通して、リプログラミングの本質的理解を目指す。
 本研究成果により、植物分化全能性の分子機構全貌解明への鍵を手に入れ、リプログラミング研究分野が新たな展開に進むことが期待される。本研究領域から得られる知見と技術は、細胞機能を制御する分子機構解明に寄与し、本研究領域における戦略目標「代謝調節機構解析に基づく細胞機能制御に関する基盤技術の創出」に資するものであり、植物の再生能力を最大限生かすことで農産物生産などの技術に革新をもたらすことや、リプログラミングを利用した再生医療への応用が期待される。
■研究総括 長谷部光泰氏の略歴等

1.氏名(現職) 長谷部光泰(はせべ みつやす)

 (自然科学研究機構・基礎生物学研究所 教授)42歳

2.略歴

昭和62年 3月 東京大学理学部生物学科植物学教室 卒業
平成 3年 4月 東京大学大学院理学系研究科植物学専攻博士課程 退学
平成 3年 5月 東京大学理学部附属植物園 助手
平成 4年 9月 東京大学大学院理学系研究科より博士(理学)取得
平成 8年11月 岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所・形質統御実験施設・種分化機構第2研究部門 助教授
平成12年 7月 岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所・形質統御実験施設・種分化機構第2研究部門 教授
平成16年 4月 大学共同利用機関法人・自然科学研究機構・基礎生物学研究所・生物進化研究部門 教授
   この間
平成 5年 9月〜平成 7年 7月  日本学術振興会海外特別研究員併任(Purdue University、米国)
平成 9年 4月〜平成12年 3月 科学技術振興事業団・さきがけ研究21(研究領域 形とはたらき)
平成12年 7月〜平成16年 3月 総合研究大学院大学・生命科学研究科 教授併任
平成16年 4月〜現在  大学法人・総合研究大学院大学・生命科学研究科 教授併任

3.研究分野

 植物学分野・進化学分野

4.学会活動等

 国際学術集会オーガナイザー
  「The 15th International Botanical Congress (平成5年)」シンポジウムオーガナイザー
  「The 16th International Botanical Congress(平成11年)」基調シンポジウムオーガナイザー
  「Evolution and Development(平成12年)」オーガナイザー
  「MOSS 2001(平成13年)」オーガナイザー
  「Plant Gametophytes (平成15年)」オーガナイザー
 社会的活動
 平成 3〜 4年日本植物分類学会幹事
 平成 4〜平成 5年日本植物学会幹事
 平成11〜平成15年日本進化学会評議員
 平成13〜平成16年日本植物学会評議員
 平成14〜平成15年日本進化学会監事
 平成15〜平成16年日本植物学会理事
 平成16〜平成17年日本植物生理学会評議員
 編集委員
  「Journal of Plant Research(平成9年〜平成12年)」editorial board,
  「Plant Science(平成11年〜平成14年)」section editor,
  「International Journal of Plant Science(平成11年〜)」editorial board,
  「Plant Cell and Physiology(平成17年〜)」editorial board.

5.業績等

 生物進化の分子機構解明は、生物学の大きな目標の一つである。進化研究の最初の段階として生物の系統関係を明らかにすることが必要である。そこで、分子系統学的手法を開拓し、陸上植物の4つの大分類群のうち、裸子、シダ、コケ植物の3つについて、系統概略を明らかにした(Stein et al. 1992, PNAS; Hasebe et al. 1994, PNASなど)。次に、植物の進化過程でどのような発生遺伝子ネットワークの進化によって植物の形態が多様化したのか、という発生進化学研究を世界に先駆けて開始した。そして、花の咲かない植物における、花形成遺伝子類似遺伝子の機能解明(Hasebe et al. 1998, PNAS)、花形成遺伝子の祖先機能の解明(Tanabe et al. 2005, PNAS)、花進化に必要だった突然変異の特定(Maizel et al. 2005, Science)を行った。さらに、進化研究の新しいモデルとしてヒメツリガネゴケに着目し、その発生進化学的研究(Sakakibara et al. 2003, Development; Tanahashi et al. 2005, Development)、ゲノム解析に基づく植物体制進化に関わる遺伝子進化の解明(Nishiyama et al. 2003, PNAS)を行い、現在、ヒメツリガネゴケ全ゲノム解析に取り組んでいる。 本研究領域へとつながる、植物と動物の違いがどのように進化したのかについて研究対象を広げ、その研究過程で動物と植物における細胞骨格系の違いを引き起こす分子機構を明らかにした(Murata et al. 2005, Nature Cell Biol.)。

6.受賞等

 平成 9年 第十一回日本植物学会奨励賞「分子系統学的手法を用いた維管束植物の系統推定」
 平成13年 第一回日本進化学会研究奨励賞「シダ植物の分子系統に関する研究」
 平成17年 第一回日本学術振興会賞「植物の分子系統と器官形成進化の分子機構の研究」
 平成17年 第一回日本学士院学術奨励賞「植物の分子系統と器官形成進化の分子機構の研究」