科学技術振興機構報 第193号

平成17年7月25日

東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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URL http://www.jst.go.jp

層状物質中の電子が示す異常な臨界挙動を発見

−高温超伝導など強相関電子物性の理解に向けた一歩−

 JST(理事長 沖村憲樹)の研究チームは、層状の結晶構造を持った有機物電気伝導体が、電気が流れない絶縁体から電気をよく流す金属へ転移する(金属絶縁体転移)際に、その電気伝導度の変化が既存の概念では説明できない異常な挙動を示すことを発見した。
 結晶中には1023個程度の電子がひしめきあっており、その結晶の電気的・磁気的性質を決めている。電子は負電荷を持つため互いに反発し合っているが、この反発力が弱いときには電子はほぼ自由に運動することができ、結晶は金属となる。一方、反発力が強いと(強相関電子系)、電子の運動は妨げられて停止し、絶縁体となる。層状構造を持った銅酸化物や有機物電気伝導体の結晶では、温度や圧力の変化により絶縁体が金属に変化する。この転移の過程で、高温超伝導のような非従来型の(従来の理論では理解できない)超伝導が発現することから、そのメカニズムを解明する鍵として金属絶縁体転移について盛んに研究が行われてきた。しかし「層状物質における金属絶縁体転移」の詳細な性質は未解明だった。
 本研究では有機物伝導体を対象に、低温環境下で圧力によって電子状態を精密に制御しつつ電気抵抗を測定し、金属絶縁体転移に伴う電子の臨界的な振る舞いを詳細に観測することに成功した。観測結果から、層状物質での金属絶縁体転移に伴う臨界的な振る舞いの定量性に初めて迫り、既存概念では説明できない異常性が明らかになった。この結果は、金属絶縁体転移近傍で見出される、超伝導を含む様々な電子状態の解明に重要な指針を与えるものと期待される。
 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「相関電子コヒーレンス制御」(研究代表者:永長直人 東京大学大学院工学系研究科教授)の一環として、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の大学院生賀川史敬氏、宮川和也助手、鹿野田一司教授によって得られたもので、7月28日付け英国科学誌「ネイチャー」にて発表される。論文題目は"Unconventional critical behavior in a quasi-two-dimensional organic conductor"(擬2次元有機導体における異常な臨界挙動)。


<研究背景>

 現代の物性物理学の大きなテーマの1つに、互いに強く相互作用する電子の集団−いわゆる強相関電子系−の研究が挙げられる。物性物理学の主役である電子は粒子性と波動性の両方を兼ね備えたものであるが、極論すればこの2面性こそが強相関電子系が示す多彩な現象の源となっている。電子の2面性を制御する鍵は、電子が負の電荷を持つことにより生じる電子間の反発力(電子相関)にある。例えば電気を流す物質(金属)において電子は波として振舞っており、結晶全体に広がっているが、これに電子相関が加わると、電子は互いに避けあうため波動性を失って局在し、その結果電気を流さない絶縁体(モット絶縁体)となる。これは、いわば電子の粒子性が顕著に現れている状態である。このように、電子相関を徐々に強くしていくと、波動性が顕著な電子(金属)は最終的には粒子性が顕著な電子(モット絶縁体)へとその性質を変えていく。電子の運動エネルギーと電子相関の強さが同程度の場合、ミクロに見れば電子は波動性と粒子性の間でせめぎ合い、マクロに見れば結晶の電気的性質が金属と絶縁体の間で揺れ動くことが想像されるが、詳細は明らかになっていない。 「電子相関の強さという1つのパラメータによって、金属と絶縁体という電気的性質が劇的に異なる2つの状態の間の移り変わり(金属絶縁体転移)が、どのように起こるのか?」。この問いかけは強相関電子系の物理の根幹を成す基本命題であり、半世紀近くに渡って今なお精力的な研究が行われている。特に舞台が層状物質(注1)になると、金属絶縁体転移近傍の多体電子系が高温超伝導(注2)などの魅力的な電子状態を示すため、層状物質における金属絶縁体転移の研究により強い動機付けを与えている。しかしながらまだ十分な回答が得られていないのが現状である。

<研究成果>

 結晶における電子相関の強さを制御する方法の1つに圧力がある。加圧によって原子間(または分子間)の距離を縮めてやると、電子の運動エネルギー(波動性)が強くなる。従ってモット絶縁体を加圧していけば金属化させることができる。そこで本研究では、圧力に対して敏感(柔らかい)、かつ、層状構造を持つ有機物電気伝導体κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Cl(注3)に着目した。この物質の圧力温度相図は当グループの最近の研究などから既に明らかになっており(図1)、常圧下ではこの物質はモット絶縁体であるが、圧力下では金属(低温で超伝導)になる。
 この相図には大きな特徴が3つある。 (i) 金属絶縁体転移は低温では不連続な変化として起こるため、金属と絶縁体の間には明確な境界線が存在する(図1の赤線)が、(ii) 高温では不連続な変化は消失し、すなわち金属と絶縁体の間には境界線はなくなる。そして本研究において最も重要なのが、(iii) 金属と絶縁体の境界がそこで途切れる、臨界点と呼ばれる特別な点が存在することである。これら3つの特徴は水の液体気体間の相転移(注4)における圧力温度相図にも同様に見られるものである。臨界点では金属と絶縁体の間に不連続性はなく、その変化が連続的であることが重要であり、臨界点近傍では電気伝導度が臨界的な振る舞いを示す。以下に示すように、本研究では圧力・温度を精密に制御することにより、層状物質における金属絶縁体転移の臨界点近傍における振る舞いを詳細に観測することに初めて成功した(図2(A), (B))。 図2(A)において、緑色の線は金属絶縁体転移に伴う伝導度の不連続性が低温側から臨界点(図2(A)中の黄色の点)に近づくにつれ消失することを示し、赤色の線は伝導度の圧力に対する変化が高圧側から臨界点に近づくにつれ、より急激な振る舞いをすることを示している。そして図2(B)においては、伝導度の圧力による変化率(圧力微分係数)の各温度における最大値が、高温側から臨界点の温度に近づくにつれ発散的な振る舞いを示す(図2(B)の赤色の線)。金属絶縁体転移の性質を定量的なレベルで理解するには、これらの臨界的な振る舞い(臨界現象)が従う関数形を知ることが重要である。一般にこのような臨界現象は温度や圧力のべき関数に従い、その"べき"のことを特に臨界指数と呼ぶ。観測された3つの臨界現象をそれぞれ温度や圧力のべき関数にフィットしたところ、3つの臨界指数(δ, β, γ)がほぼ(2, 1, 1)であることが明らかになった。 求まった臨界指数に該当する既存のユニバーサリティクラス(注5)はなく、層状物質における金属絶縁体転移が従来にはないタイプの臨界現象を伴う相転移であることを示している。これらの結果から、2次元面内に閉じ込められた強相関電子系という多体系は、電子という構成要素が今まで知られていないタイプの絡み合いをした集団であることが明らかになった。

<今後の展開>

 これまでに、様々な層状構造をもつ物質において多彩な電子相が見出されてきた。その中の多くの相の発現に、電子間に働く斥力相互作用が絡んでいると考えられている。強相関電子物理学が将来に渡って理工学の重要な分野であり続けるであろう所以である。本研究は、超伝導などの驚くべき現象が発現する2次元電子系での"相関"の異常な実態を明らかにした。これまでは、金属絶縁体転移近傍で発現する高温超伝導などの多彩な電子相のメカニズムを探る際に「その舞台となっている強相関電子系が、異常な臨界指数で特徴づけられる従来にないタイプの相関多体系である」ことの認識はもちろんなかった。今回の研究により、この多体系の物理学に新しい切り口が生まれ、さらにはこれまで層状物質で発見された非従来型の電子状態に統一的な理解の突破口が開かれることが期待される。

論文題目:“Unconventional critical behaviour in a quasi-two-dimensional organic conductor”
(擬2次元有機導体における異常な臨界挙動)
doi :10.1038/nature03806

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CRESTタイプ)
研究領域:「高度情報処理・通信の実現に向けたナノ構造体材料の制御と利用」

(研究総括:福山 秀敏 東北大学金属材料研究所 教授)
研究期間:平成14年度〜平成19年度

【用語解説】
図1 
図2 
図3 
図4 

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本件問い合わせ先:
  鹿野田 一司(かのだ かずし)
  東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授
    〒113-8656 東京都文京区本郷7−3−1
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  賀川 史敬(かがわ ふみたか)
  東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 博士課程2年生
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    FAX:03-5841-8808
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  金子 博之 (かねこ ひろゆき)
  独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
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